眼の前に今、ブラックホールにも似た闇の深淵が渦巻いていた。
そして、ふらりと立ち上がったアダヒメが血に濡れた手で指さす。
「フィー、あの先に……
「アダヒメちゃん! それより、手当を」
「大丈夫です、平気……わたしの歌が、必ず道を
まるで幼子を安心させるように、アダヒメが
喉が裂けるまで歌って血を吐き、それでも絞り出すように彼女は歌い続ける。我が身を千切るような歌が再び広がりだした。
だが、それを
『クク、クハッ! クハハハハッ! さあ来い、狩る者よ……我が
濃密な瘴気が、空に浮かぶ
常人ならば、吸い込むだけで
だが、魔素の
キジトラやリコリスも、再び身構えるや周囲のドラゴンに対峙する。
「行ってください、フィー。ここは私たちが。例えこの身が砕けようとも!」
「行けぇ、ナガミツッ! 今こそ貴様が、貴様たちこそが斬竜刀になる時っ!」
トゥリフィリは、視界が滲んで歪む間隔に抗った。
まだ泣いては、駄目だ。
泣き崩れそうな今を超えて、先に進まなければ。
だが、ナガミツにそっと背を押され、走り出す。
再び駆け出せば、もう止まれない。
仲間たちのためにも、止まる訳にはいかない。
「行こうぜ、フィー。キジトラたちの分まで、きっちり奴に叩きつける……斬竜刀として、俺が蹴り裂く」
「うん……うんっ! 行こう、ナガミツちゃん! キリちゃんも!」
振り向けば、キリコはそっと背伸びして、一度だけアダヒメを抱きしめた。
互いに小さくささやきあって、そして離れる。
三人は一つになって跳躍、一丸となって闇の中へと飛び込む。
あっという間に視界が黒く染まった。
底しれぬ暗黒の中に、黒いフロワロが無数に広がっている。
しかし、それもアダヒメの歌が響けばあっという間に赤くしおれていった。
そして、不思議な空間に水晶の床が広がっている。まるでそう、異世界を通り越して異次元……宇宙のような空間の中に、立体的な迷宮が広がっていた。
「ここが奴の根城か。……いいのか? キリ」
慎重に身構え、ナガミツは隣の少女を見下ろす。
だが、キリコもまた太刀を手にナガミツを見上げる。
「
「おう。じゃ、始めるかよ……俺たちの仕事を」
「ああ!」
拳と拳をコツンとぶつけて、そして二人が走り出す。
そのあとを追うトゥリフィリは、未知の不安に包まれながらも不思議と落ち着いていた。大小二振りの斬竜刀に導かれ、自分の手には竜殺剣がある。
今、全てを終わりにする
たとえ真竜が神を気取る
それは、この宇宙の全ての生命に誓えるトゥリフィリの覚悟と決意だ。
「ナガミツちゃん、前に出て! キリちゃんはフリーで遊撃! 討ち漏らしはぼくが!」
見たこともないマモノが襲い来る。
即座に攻撃を受け止めたナガミツが、違和感に顔を歪めながら蹴り返した。
それで怯んだ相手に銃弾を撃ち込み、トゥリフィリにも同じ感触が伝わる。
居合に構えて足を使うキリコも、どうやら気づいたようだ。
「つ、強い……外のマモノとは段違いだ。ナガミツッ!」
「ああ!
形なき異形とでもいうべき、無惨なまでにおぞましいマモノたちが迫りくる。ムラクモ機関のデータベースにも名のない、いうなればそれ自体が無数にして無限のフォーマルハウトだ。この空間自体がフォーマルハウトそのもので、その中の免疫細胞と戦ってるようなものである。
「なるほど、ぼくたちは侵入したバイキンってわけか」
それでもまだ、アダヒメの歌は聴こえている。
戦いながら駆け抜けるトゥリフィリたちの先を照らすように、割れ響いてたゆたい広がる。フロワロは赤に戻って、トゥリフィリたちの疾走に朱色の風と散った。
そして、眼の前に巨大な壁が現れる。
もはやお
見たこともないタイプで、このドラゴンを撃破せねばフロワロの壁は壊せない。
だが、迷わず走る三人を左右から追い越す影が叫ぶ。
「ここはお任せなのデース! ワタシ、本国で見たことありマス……これがいわゆる、デカルチャー! アタシノウタヲキケー! なのデス!」
「おキクちゃん、それエリヤも知ってるよぉ! オレガガンダムダー! ってやつだよね!」
漆黒の緊張感を木っ端微塵に粉砕する、それは長身の少女二人組だ。
ガーベラは今、例の巨大なパイルバンカーを装備している。
それも、左右両手にだ。
その姿はまさしく、激走する重戦車にも似て。
彼女の
小物のマモノは全て、エリヤの刃が一閃のもとに斬り伏せていた。
「おキクちゃん、エリヤもっ! 無茶だよ!」
「でもっ! 無理じゃないデス! フィー、それに……ナガミツ。ここは任せるデスッ!」
「キリちゃんも、見ててね……わたしとおキクちゃんがいれば、無敵なんだからっ!」
――インパクト。
吠え
同時に、宙へと無数の
右のパイルバンカーを全弾撃ち尽くすと同時に、それを捨てたガーベラがさらに左の連撃を叩き込む。
足を止めた彼女を襲うマモノが、無数に残像をばらまくエリヤに両断された。
「……ア、アレ? ちょっと火力が足りないデスッ! もう少し、あと一発だけ」
「おキクちゃん、だいじょーぶっ! 下がって……ナガミツにいが」
「俺がっ! ダメ押しっ、これでトドメだ」
パイルバンカーを巨竜に突き立てたまま、それを残してガーベラが離脱する。
それは、入れ替わりにナガミツが跳動するのと同時。
その飛び蹴りが真っ直ぐ、パイルバンカーを破壊した。そして、その中心の
渾身の蹴りが障壁ごと竜を貫いた。
そのまま勢いを殺して着地すれば、ズザザとフロワロの赤が撒き散らされる。
煙をあげて着地したナガミツに、すぐにマモノが殺到した。
だが、絶叫を張り上げる敵意は全て、無音の沈黙へと落ちてゆく。
ただ一度、チン! と鍔鳴りの音がして……既にナガミツの影には、キリコが背を合わせていた。
「よし、進もう……立てる? ナガミツ」
「誰に言ってんだ、誰に」
はるか先に小さく、次へのゲートらしき光が見えた。再び走り出した三人は、決して振り返らない。鋼鉄の乙女と錬金術の幼女が、今日ほど頼もしく思えることはなかった。
トゥリフィリはガーベラとエリヤへこの場を任せて、さらなる暗黒の深淵へと飛び込んでゆくのだった。