ポータルを出てすぐ、ナガミツは空を仰いで深呼吸。
吹き渡る風も突き抜ける晴天も、あの日の時代と全く変わらない。
ただ、仲間たちだけがいない地球。
いや、今はその名さえ忘れた最果ての未來……エデンだ。
「さて、一番近い町はカザンつったか? とりあえず行って、み、お? っととと」
不意にナガミツはバランスを崩して、荷物をぶちまけながら転んだ。
普通に歩き出そうとしただけだった。
すぐに自己判断プログラムが走り、現状の自分を正確に把握する。経年劣化による出力ダウンのみならず、全身の各関節が少し硬い。これは人間でいえば運動不足のようなもので、千年の眠りは
「くそ、俺のボディが動き方を半分以上忘れてやがる。ま、少し実戦を重ねれば」
ズタ袋へと、散らばったアイテムを拾いながら立ち上がる。
最後に、転がる赤い宝玉を追って、それに手を伸ばした瞬間だった。
突然、煙と光とが赤く広がり膨らんでゆく。
なにごとかと思わずナガミツは目を手で庇った。
閃光が過ぎ去り風が
「なっ……シ、シイナ! ああ、あれはそうか、卵みたいなもんだったか」
そう、そこにはかつて共に戦った少年の姿があった。
長い長い金髪はまるで少女然としてて、酷く線が細い印象だ。
整った顔立ちの中で、真っ赤な瞳が真っ直ぐナガミツを見詰めてくる。
「よ、よぉ? えっと、シイナ、元気か? お前、シイナからなにか聞いてないのか?」
全裸の少年は周囲をゆっくり見渡し、最後に自分を指さし小首を傾げた。
静かに春の風が吹いて、彼の金髪をなびかせる。
「いや、お前以外に誰がいんだよ、誰が。なあ、シイナ」
「シイナ、ママ。ナガミツたち、助けてやれって言った。頼れ? な?」
「な、じゃねえよ! とりあえずシイナ、なにか着ろ」
またシイナは、周囲を見渡し……今度は肩をすくめてみせた。
駄目だ、話にならない。
古代の彫刻家が削り出したかのような、その美貌は黄金の女神像にも似て。しかして全裸の痩せた少年、その正体はホムンクルスだ。錬金術によって造られた
しかし、ナガミツは知っている。
古い仲間がわざわざ、ナガミツのために持たせてくれたのだ。
そして、それがとある二人の想いの結晶でもあると今は感じられる。
懐かしさが込み上げたところで、シイナはくしゅっぷ! とクシャミを一つ。
「ほらみろシイナ。……ちょっと待ってろ、なにか
「シイナは、ママ。アゼルが、パパ。わたしも、シイナ? ママがほしいのか?」
「アホか! ったく、紛らわしい。……んー、そうだな」
とりあえず、アイテルが持たせてくれた荷物の中に毛布があった。それを取り出しつつ、ナガミツは新しいシイナに語り掛けた。
「二番目のシイナだから、ニシナ! これでいいだろ」
「わかった、わたしニシナ」
「んで? 千年経ってっけど、エリヤとかは生きてんだろ。なんかこう、連絡とれねえのか? ホムンクルス同士でこう、ビビビって」
「そんな機能ないし。プッ、ナガミツとはわたし、違うもん」
口に手を当て、シイナ改めニシナが笑った。
いちいちイラッとするが、なまじ美少女……ならぬ美少年なので、怒る気も失せる。それにしてもニシナは、見れば見るほど昔の仲間にそっくりだった。
「とりあえずこれを羽織って……ん? 今、なんか声が」
「800m先、音源アリ。言語、日本語。属性……悲鳴」
「なんで日本語が……って、悲鳴?」
「絹を裂くような女の悲鳴。若い娘、子供の声だぞい」
よろけて見えない空気につまずきそうになる。
そうとう
全裸でニシナもついてきて、そして追い抜き先を指さす。
「マモノ、発見。数は3……その先に人間、ルシェの少女が1」
その声を聴いた瞬間、ナガミツは腰の背後からナイフを抜き放つ。無数の血と汗に濡れて、多くのマモノや竜を
勿論、ただのナイフであり、それ以上でもそれ以下でもない。
そのことがわかるナガミツだから、親友がどれだけ卓越した技術と身体能力を持っていたかがわかるのだ。その力を借りるように祈れば、全身が戦いを思い出した。
「ナガミツ、あれはラビ。危険が危ない、げっ歯類」
「なんで知ってんだニシナ!」
「卵の頃から少しずつ、アイテルに情報を集めてもらってた。前史文明の滅亡とか、日本語の普及と地球政府とか、お湯を流してもベコン! と鳴らなくなったハイメタルシンクとか」
「あーもぉ、どうでもいい! お前、やれんのか?」
「もち!」
げっ歯類というには巨大に過ぎる、そのマモノは愛らしい見た目とは裏腹に殺気立っている。その牙が向かう先に一人の少女が逃げていた。
瞬時にナガミツは、要救助者と判断して加速する。
「振り返らず走れ! こいつらは俺に任せろ!」
「俺たちが、だぞ? そーれ、ホムホムホムンクルスパーンチ!」
ニシナの戦闘力は圧倒的だった。
あっという間に二匹まとめて、ラビが肉塊になって血だまりに沈む。無造作きわまりないテレフォンパンチなのに、何故か避けられないし当たると痛い、そういうのをナガミツは微かに覚えている。
そのナガミツはといえば、残る一匹のラビを慎重に処理していた。
パワーが落ちてるのもあるが、襲われたルシェの少女を守るほうにリソースを向ける。
いつだって人を守る……人の隣で戦う。
それは、人間でもルシェでも同じだった。
「あっ、あなたは」
「いいから振り向くなって! ……使わせてもらうぜ、キジトラ。お前と走ったあの時代……あの日々のモーションを!」
光が走る。
抜群の切れ味がラビを両断し、あまりに鋭利な切り口は出血することを忘れて左右に転がった。一拍の間を置いて、思い出したように地に濡れ大地に染みを作る。
まずまずの戦闘だったと自分の中で補正プログラムを走らせつつ、ナガミツは少女に近付く。
とても華奢で可憐な、それでいて強い瞳の光を瞬かせる美少女だった。
「大丈夫だったか? 俺はナガミツ、まあ……旅人みたいなもんだ。カザンを……なあ、おい? 本当に大丈夫だったか?」
「あっ、あ、あああああ、あのっ! その」
少女は真っ赤になって顔を両手で覆っていた。
それで改めて、ナガミツは全裸でドヤ顔のニシナに毛布を渡すのだった。