カザン共和国、そこはハントマンにとって聖地、そして心の故郷だ。
武具や道具の店は充実しているし、そこかしこでハントマンが情報交換をしている。毎日沢山のクエストが発布され、受注した者の何割かは帰ってこない。
そういう都市特有の熱量があって、マメシバは興奮を禁じ得ない。
活気と熱狂の中、自分もまた新たな物語が始まったのだと感じていた。
そう、先程仲間になってくれたプリンセスの少女のように。
「と、いっても……まあ、今は四人の小さなギルドだ。お金にも限りがあるから」
今、商店で混雑の中、スノウドロップの面々は買い物の真っ最中だった。スズランは武器すら持ってなかったので、まずは定番の鞭や防具などを、丁寧な説明でレオパが見定めている。
例のナガミツとかいう奇妙なローグは、助言はするが決して手を貸さなかった。
マメシバには、そういう態度がどこか彼なりの優しさ、厳しさなんだと感じられた。
「なんか……でも、ナガミツさんって、どこかこう……強さと一緒に、なんだろう」
マメシバが感じる、彼の第一印象は幽鬼、亡霊だ。失礼だが、まるで今という活況に溢れる世界で異端者だった。
ただ、それをマメシバは悪いと思ったこともなく、嫌ではなかった。
妙な寂しさも、一緒に冒険の旅をすれば打ち解けられると思っていた。
「っと、ふむ! こういうものも売ってるのか。……お祝いに、いいかもしれない」
マメシバ
騎士として自分を鍛え、多くの仲間と友情を
立身出世は二の次なれども、騎士として名声と栄誉を得て、故郷に錦を飾る。
大きな夢を抱く少年は、恋だけはまだ知らずに気にしたこともなかった。
だから、わからない。
女の子のことは詳しくない。
でも、こんな駆け出しのギルドに来てくれたスズランに、騎士としても仲間としても礼をもって
その手が、棚に並んだぬいぐるみの一つを掴む。
「こういうかわいいものが旅の道連れなら、どうかな……ん? あ、あれ?」
手にした犬とも猫ともわからぬ人形は、愛らしくてふかふかのもふもふだった。
しかし、マメシバの手ごとそれを包む、柔らかな手があった。
どうやら、同じ商品を二人同時に選んでしまったらしい。
そして、マメシバは見る。
長い黒髪の可憐な少女が、こちらを見てまばたきを繰り返していた。とても美しいサムライの乙女で、思わずマメシバはグワー! っと声を上げてあとずさる。
もうすでに今日は、歌姫スズラン、謎の美少女騎士ニーナときて、これである。
マメシバは今、これが都会、これが出会いかと混乱しつつ、意思だけは確かだった。
「どうぞ、このぬいぐるみを……お譲りします。僕は騎士、これは女性への敬意なれば」
迷いはない、損だとも思わない。
マメシバという少年は、愚直なまでに純真な心の持ち主だった。それが原因で痛い目を見たことも多々あるが、それは自分が未熟と思うタイプの若者だった。
そして今は、フォローしてくれるレオパもいるし、新しい仲間も増えた。
だから、常に自分の騎士道に正直でいられるのだ。
だが、キョトンとしてしまったサムライの少女は、逆にぬいぐるみを差し出してくる。
「むぃ! それはいけません。わたしのほうが遅れて手を伸ばしたのです。武士道ではこれを、譲られ甘えることはよくないことなのです」
「い、いや、でも……ああほら、他のぬいぐるみもありますし。こ、これとか」
予想外の言葉にマメシバは驚いた。だが、武士道を持ち出されると、自分も騎士道を語らねばならない。そうして別途に掴んだぬいぐるみはしかし、珍妙極まるものだった。
「むぃ……それはちょっと、かわいくないのです」
「です、よね。なんだろう、ミノタウロス? こう、
「小さい頃、絵本で読みました。世の中には恐ろしいマモノがいるのです!」
「あっ、それ読んだことあります、僕も! 迷宮の奥底に潜む、半人半牛の魔人」
「むぃー、あれは最高の最の高な物語でしたよねえ」
でも、なんやかやあってマメシバは最初のぬいぐるみを譲ってもらうことになった。なんというか、サムライの少女は見た目のきらびやかな印象に反して、滅茶苦茶強情なのだった。
でも、見知らぬ二人なのに話が弾む。
マメシバはなぜか、新しい友達ができたような気持ちだった。
「お待たせしました、マメシバさん。鞭というのは、難しい武器なのですね。これから頑張って練習してみます!」
スズランが、自分の武器防具を選び終えてやってきた。
すかさずマメシバは、謎のサムライ少女に背を押されて歩み寄る。
その両手には、かわいらしい犬っぽく猫らしきぬいぐるみと……マッチョなミノタウロスのぬいぐるみ。でも、マメシバは隣の少女が肘でつつくので、可愛い方を差し出した。
「こ、これさ……僕、こういうのよくわからないけど、プレゼント! ようこそ、スノードロップへ! 今日という記念の日に、プレゼントさせてください」
スズランは、驚きに目を丸くしたまま固まり、そして静かに瞳を潤ませた。愛おしそうにマメシバからぬいぐるみを、かわいい方の人形を受け取り、そっと抱きしめる。
「わたし、昔から夢見ていました……自分の歌でハントマンとして、世界中を冒険するって。マメシバさん、ありがとうございます。大切にしますね」
マメシバはシュボン! と、真っ赤に噴火した。素朴なぬくもりを感じるスズランの笑顔が、胸の奥底を穿ち貫いていた。ああ、よかった……喜んでもらえた。それ以上の歓喜が押し寄せて、旧知の仲のレオパにつつかれ突っ込まれてもニヤニヤしてしまう。
そんな時、突然ナガミツが驚きに固まり声を震わせていた。
「あ、ああ? ……マジかよ。なあ、そっちのサムライの女の子。名は?」
「むぃ! わたしはユイ、ギルド『ハバキリ』のリーダーとして、まあ、その……全然ぱっとしないんですが、頑張ってる感じです! フンス!」
「お前が……この時代の、キリコ」
「あっ! いえ、その……わたしはまだ未熟にて。母上が今のキリコ、わたしはその名を襲名していないんです。……襲名することはないかと。むぃ」
ユイの笑顔がわずかに暗くかげる。
ナガミツは首を捻ったが、それ以上何も言わなかった。
ただ、さっきから話してるサムライの少女、ユイと名乗った女の子は知っているような気がする。なにかこう、故郷で書物を漁っていた時期に、目にした家名があるような気がした、
でも、今のユイはどこにでもいる普通の女の子だ。
サムライ女子は少なくないし、彼女もそんな大勢の一人に見えたのだった、
今、この瞬間までは。
「みんな、逃げろーっ! 捕獲したマモノが暴れ出したぞぉ!」
突然、なごやかな空気が切り刻まれる。
瞬時に周囲の買い物客も、プロフェッショナルなハントマンの表情を引き締めた。
その時にはもう、マメシバはぬいぐるみをスズランに渡して走り出していた。
自然と身体が動いた。
依頼によってはハントマンは、マモノを生け捕りに捕獲して依頼主に渡すことがある。だが、その時のマモノが暴れ出せば、この都市は突然危険な猛獣の檻になるのだ。
「くっ! これがカザン、この国の日常! さすがはハントマンの聖地だ!」
マメシバの心に勇気が
とっさに走り出したのは、その気持ちが自分のハートに着火したからだと思う。
「そうか、捕獲したマモノが回復、最後の力で暴れ出した……であれば! ……!?」
気付けば、全力疾走するマメシバの横にサムライの少女がいた。彼女は、むいっと微笑むや、さらなる加速でマメシバを置き去りにしてゆく。
その瞬間、マメシバは唖然として呼吸も鼓動も忘れた。
装備の重さも違うから、とか。同年代に見えても実戦経験が違うから、とか。そういう脳裏の言葉が浮かんでは潰れて、それでもマメシバは民の悲鳴に必死で走り続けるのだった。