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 歌はたゆたう。
 その声は静かに全ての音を(おお)って広がる。
 胸に手を当て、想いを込めてスズランは歌った。この歌は、プリンセスを目指して彼女が初めて習得した曲だった。
 今、この歌を教えてくれたハントマンはどこでなにをしているだろう。
 女だてらに(本人は女だけじゃないよと笑ってたが)巨大な斧を振るうファイター。もう十年以上も前の話だが、とても大切なスズランの最初の記憶だった。

「お、おい、この歌……」
「なんだ? へえ、結構歌えるじゃねえの」
「突然言われて歌える度胸、まずまずだな」
「おお、生まれたてのディーヴァよ、その歌はエクセレント……激しくフォルテシモ!」

 スズランは夢中で歌った。
 そして誰もが、物珍しさから周囲に集まってくる。
 受付カウンターのお姉さんも、ふーんと頬杖をついて聴き入っていた。
 これが、プリンセスの歌。
 歌は空気の振動する固有の周波数である以上に、命ある全ての魂に響く。
 たとえ神話に語られる竜が現れたとしても、歌で迎えるのがプリンセスなのだ。
 歌い終えると、待っていたのは静寂。
 その中で、乾いた拍手が一つだけ響いた。

「いい歌でした……皆さんもそう思いませんか! まさにプリンセスの風格!」

 飛び出してきたのは、ルシェのナイトの少年だった。
 彼に続いて、同じく賞賛の拍手で線の細い男が現れる。こちらもルシェで、学者風のいでたちはヒーラーのようだった。
 二人は周囲をねめつけ、起き上がった先程の大柄なナイトを鋭く眇める。

「彼女にはプリンセスの資格が……いや、その気概がある。それを感じずしてなにが騎士道か!」
「と、いう訳です。文句がある方がまだいるのなら、どうぞ前へ……私たちギルド『スノウドロップ』がお相手いたしましょう。……ああでも、暴力はない方向で」
「だ、だよな、レオパ。でも、僕には響いた。よくわかんない歌だったけど、響いたんだ」

 スズランは驚いた。
 だが、隣のナガミツもニヤリと笑って拍手をしてくれる。
 それがなにより嬉しくて、ナイトの少年が手を差し出すので、手を重ねて椅子から降りた。その時にはもう、周囲のハントマンたちは散っていた。見世物は終わりとばかりに自分の仕事に戻ってゆく。
 スズランの、プリンセスとしての最初の一曲が終わった。
 手を引いてくれたルシェのナイトは、ガシャリと鎧を鳴らして叫んだ。

「僕の名は、マメシバ! これより、新たに誕生したプリンセスの騎士とならん! ……ゴ、ゴメン。でも、凄かった」

 スズランの物語が始まった。
 本当に、昔読んだ絵草紙(マンガ)のようなプリンセスのストーリー……なにより、スノウドロップと名乗った二人組の前に、そっと青年が歩み出る。
 彼はスズランの前に歩み出ると、懐から財布を取り出す。

「素晴らしきエチュード……実にベリッシモ! そう、まだ拙くとも、私にも響きましたよ」
「あ、あの……あ、ありがとう、ございます」
「少ないですがこれを。太古の昔、感銘を受けたアーティストには『カキン』という制度があったのです。さあ」

 数枚の金貨を握らせて、そのノリトと名乗った青年は去っていった。
 例の横柄に絡んできた大柄なナイトは、フンと鼻を鳴らして見下ろしてくる。

「あ、あのっ」
「フン、歌えと言われて歌う度胸だけはあるようだな。だが、マモノの前でもそうしていられるかな?」
「……うっ、歌います! 歌え、ます……多分」
「まあ、せいぜい自分の鎮魂歌(レクイエム)にならないよう気張るんだな!」

 一つのステージが終わった。初ライブで得られたのは、少ない称賛と認められた度胸だけ。
 それでも、歌えてよかったと思う。そして歌い続ける……これから、ハントマンのプリンセスとして。
 そうこうしていると、先ほどエスコートしてくれたマメシバが改めて向き直る。

「プリンセス、名前は? あ、僕はマメシバです」
「ほへ? えっ、えと、あの……スズラン、です」
「もしよければ、僕たちスノウドロップの一員にならないかな。実は今、メンバーを二人募集してるんだ」

 少年の純真な瞳に、赤面で狼狽(うろた)えるスズランの顔が映っていた。
 それは、少年自身の目の輝きで、ことさら眩しく思える。
 断る理由はなかった。
 連れのレオパと呼ばれていたヒーラーも、ナガミツに声をかけている。

貴方(あなた)も是非、私たちのギルドに……かなりの腕とお見受けしました。それに」
「いや、俺はポンコツだからなあ……それに、って?」
「非常に興味深い。私は古代の失われし旧文明も研究しているのですが……フフフ、貴方は人間ではありませんね? おっと、他言はしません。ですが、激しく興味をそそられます」

 なんだか難しい話をしているようだが、ちらりとナガミツがこちらに視線を送ってきた。迷うことなくスズランが頷けば、話は決まったとばかりにカウンターのお姉さんが書類を二人分用意しなおしてくれた。
 ここから、スズランの冒険が始まる。
 夢に見たハントマンとしての旅が、現実になったのだ。
 そう思っていると、平常運行になったカウンター前に一人の女の子が現れた。
 そう、長い長い金髪をツインテールに結った、ナイトの少女に見えた。

「やほー? なんか、懐かしい歌を聴いた気がするけど? あ、スズラン。服、あんがとね」

 それは、先に買い物にいっていたニーナだった。
 彼女は綺麗に畳まれたスズランの着替えの一着を差し出してくる。
 そっとマメシバから手を放して、それを受け取ろうとした。
 だが、不意にニーナはひざまずき、スズランの手を取るや(くちびる)を寄せる。
 瞬間、マメシバが飛び上がって声を張り上げた。

「あ、ああ、アッー! それは僕があ! うう、僕が……ちょっと待って、でも……誰この美少女……」

 騎士の礼をもって、鎧に身を包んだニーナはスズランの手にくちづけ。そして服を返して立つと、ナガミツに「じゃ、わたしもう行くね」とはにかんだ。
 そして、そっとスズランの耳元に小悪魔の(ささや)きを置き土産(みやげ)にする。

「ナガミっちゃん、今はフリー……彼女、いないからね? ガンバだよ、スズラン?」
「え、あ、はい? そ、そそそ、それって」
「わたしは応援しちゃうかな。でも、わたしはわたしでやらなきゃいけないことがあるから」

 そう言うと、立ち上がったニーナは去ってゆく。
 二人のやりとりを知らぬまま、ナガミツは彼を呼び止めた。
 その間ずっと、見せ場を奪われ魅了されたマメシバが煙を吹き出していた。

「おっ、ニシナ……ってか、ニーナ。もう行くのか?」
「うん。わたし、探さなきゃ……この時代にも、あの家の血が残っているはずだから」
「じゃあ、またな」
「うん、またねぇん」

 二人一組でスズランの前に現れた少年たちは、あまりにもあっさりと別れた。とても信頼関係を共有している、ある種ちょっとジェラシーなほどの仲に見えたのだが。その二人は、まるで「ちょっと散歩してくるわ、んじゃ」くらいの気軽さで別れた。
 それも不思議だったが、ナガミツの横顔を見上げれば自然と知れる。
 二人にはなにか、見えない(きずな)でつながってるような雰囲気だった。

「くっそー、なんだあのツインテ美少女騎士! ……ちょ、ちょっと、いや、かなりかわいかったよな」
「……まあ、鎧を着込むと体格や骨格はぼやけますからねえ。それに彼……強いですよ。ちょっと、そこらへんのナイトとはレベルが違いますね」
「ようし、僕も彼女みたいな立派な騎士になるっ!」
「ですから、女の子ではなく……ま、まあ、面白いからいいでしょう」

 レオパの言葉も意識の埒外で、マメシバはやる気満々に拳を握る。
 そんな彼に再度礼を述べて、スズランの冒険の旅が始まるのだった。

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