ハントマンの仕事は多岐にわたる。
この時代の何でも屋、エデンの頼れる仕事人……そのクエストの最たるものが、各地に点在するダンジョンの探索である。
スズランにとっても、初めての迷宮だ。
ハントマンになって一週間、スズランは大統領補佐官メナスからのミッションを受け、スノーホワイトの面々と『名もなき
「これが、ダンジョン……み、皆さんは慣れてるんですね」
先程からスズランは、おっかなびっくり後方をついて歩く。マメシバもレオパも、緊張した様子もなく普段通りだ。なにがあっても平常心、マモノを駆除しつつマップを書きながら先に進んでゆく。
一方で、スズランのすぐ後ろにはナガミツが警戒心を尖らせていた。
まるで、見守ってくれているかのようである。
「お! レオパ、水源がある。これはついてるな、少し休もう」
「少々お待ちを。まずは水質を確認しますので」
どうやら二人はなにかを発見したようで、スズランにもそれが見えた。
静けさに満ちた洞窟の中に、澄んだ泉が広がっていた。隣に歩み出たナガミツが、ぽつりとつぶやくように説明してくれる。
「こりゃ、ニーナが言ってた回復の泉ってやつだな」
「回復の泉、ですか?」
「さっきから歌いっぱなしで、スズランも喉が渇いただろう? こういう
「……ナガミツは、平気? その、わたしのフォローばかりで」
「うん? まあ、俺はちょくちょく食ってるからな」
そうなのだ。
先程からナガミツは、進む先の調査や後方警戒、マモノとの戦闘でも仕事をこなしている。決して派手ではないが、マメシバの脇を固めつつレオパを援護し、歌うスズランをマモノの攻撃から守ってくれていた。
そして、その都度ちょくちょく間食を口にしている。
今も、焼きしめたパンを食べていた。
「ま、こんな時代だからな。……燃費悪いんだよ、俺」
「はあ。あ、それでしたらこれを」
「お、ナッツか。いいのか? スズランのおやつだろ?」
「なんだか緊張しちゃって、おやつどころじゃないんです」
「そっか。ま、ありがたくもらうぜ」
小さな革袋を受け取ると、ナガミツはバリボリ豆を食べ始めた。
そして、二人も泉の前で仲間と小休止を取る。
レオパが頷く様子から、どうやら水質に問題はないようだ。そっとスズランも手をひたせば、冷たい清水に心が癒されていく。すくって飲めば、喉が潤いまだまだ歌えるとほのかな自信が込み上げていた。
だが、油断してはいけない。
この場はまだ、危険なマモノの領域……日の光さえ届かぬ地の底なのだから。
「補佐官の話じゃ、そんなに広いダンジョンじゃないって聞いてたけど」
「まあ、今の我々には丁度いいミッションでしょう。回復の泉もあって、マモノの強さや数もほどほどです」
「それに、ナガミツとスズランが加わったから、探索の幅がダンチだしな!」
マメシバとレオパは手慣れたもので、さらに奥へと進む話をしている。
二人はスズランにとって、頼れる仲間で大先輩だった。
その片方、レオパがスズランを気遣ってくる。同時に、彼は疲れた様子も見せないナガミツに瞳を輝かせていた。
「スズラン、そしてナガミツ。調子はどうですか? そう深い洞窟ではなさそうですが」
「ん? ああ、ぼちぼちかな。ただ、奥に少し強い気配がするぜ。スズランはどうだ?」
「洞窟だから歌が反響してしまって……う、うまくお手伝いできてないかもしれません」
だが、ここまでの戦闘でスズランは懸命に歌ってきた。たとえ今は拙くとも、今は全力で歌うし、なれない鞭で戦ってもみる。頼るべきは頼って、ナガミツにもおおいに助けられていた。
そのナガミツだが、まったく疲れた様子を見せない。
興味深そうにレオパがあれこれ問うが、普段通りに素直で難しい言葉が返ってくるだけだ。電源がどうとか、カロリーの消費抑制がどうとか、スズランには正直わからないことばかりである。
そうこうしていると、突然穏やかな空気が戦慄に震えた。
洞窟の奥から、敵意に満ちた
「っと、こりゃいるな……それも、デカいやつが」
すぐにナガミツが、今度は先頭に立って警戒心を広げる。こういう時、ローグの洞察力と機動力はありがたい。マメシバやレオパも、改めて装備を構えなおした。
緊迫感が張り詰めてゆく中で、思わずゴクリとスズランも喉を鳴らす。
「ま、やることは今までと一緒さ。ナガミツはスズランをフォローして。レオパは援護をお願い。前面には、俺が立つっ!」
今こそ見せ場とばかりに、マメシバはやる気満々だ。
実際今まで、彼の鉄壁の守りがパーティ全体を守ってきた。マモノの爪も牙も、直接はスズランには届かない。ナガミツもいてくれるので、たゆたう歌が恐怖に震えることはなかった。
そして、閉鎖された空間での反響にも、スズランは徐々に慣れ始めている。
歌は音楽、空気の振動……その周波数に気持ちを重ねる術が、少しずつ馴染み始めていた。
「さて、行こうか!」
意気揚々と、先へと続く暗がりの奥へマメシバが踏み出した。
その背が、銀色に輝く鎧姿が徐々に見えなくなってゆく。不安はあるにはあるのだが、スズランも勇気を振り絞ってあとに続いた。
つもりだった。
だが、気付けばナガミツに
同時に、マメシバの声が響いて突き抜ける。
「おおおおおおおおおお!? ちょい、ちょいまち、タンマ! タンマってば!」
すぐにマメシバは戻ってきた。
否、押し戻されてきた。
前面に盾を構えるマメシバを、巨大な影が圧迫していた。それでも果敢なナイトは、踏み止まろうと押し返して……それもかなわず、地面に両脚で
すぐにレオパの手から毒の力が走った。
基本的に野生の獣も人間と同じ生物、その中に異物たる毒薬を注入されれば弱ってゆく。
マメシバが巧くいなして突進をそらし、そこへ猛毒がじんわりと浸透していった。
「やりましたか?」
「レオパ、それ禁止! デカいなあ、ちょっとカザンでも話題になってたけど、これが洞窟にひそむ影……
燻る煙の中で、巨大は熊が振り返る。
これが依頼された討伐目標、猛る野獣に違いない。
野放しにしておけぬ危険なマモノだという説明を、今のスズランは肌で感じていた。
思わず息を飲むが、ひんやり冷たいナガミツの手がそっと放れる。
同時に、一度深呼吸をしてスズランも
そして、歌を広げて仲間を包む。
「その調子だぜ、スズラン。もう過保護に守るのは終わりだな。さて」
歌声に乗るように、風が馳せた。
マメシバが動きを封じて、レオパが回復の術で援護する。その先へと、ナイフを逆手に握ってナガミツが肉薄した。まさに疾風迅雷、瞬発力が爆発するようなスピードだった。
深い一撃が毛皮を
そこへマメシバの剣が続いて、そこから先はスズランにはわからなかった。
夢中で歌って、乱戦の中を逃げながら叫ぶように声を限りに張り上げる。
気付いた時には、苦戦の末に勝利し、スズランの歌もしっかり最後まで響き渡ったのだった。