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 その森は、夜空を焦がして燃えていた。
 実際に炎が包んでいる訳ではない。
 だが、暗い朱色が不気味にそこかしこで明滅(めいめつ)している。まるで、ロラッカ森林は(あか)き光に焼かれているかのよう。
 その正体をナガミツは知っていた。
 やはり、嵐がやってくる……自分が覚醒した意味が今、はっきりとわかった。

「うわっ、なんだ!? ここの空気、すっごい悪い!」
「マメシバ、注意を。この瘴気(しょうき)、私の知識にはないものです。そして、毒性は言うまでもありません」

 やはり、フロワロだった。
 夜風に赤い花びらを躍らせながら、そこかしこで毒々しく咲き誇っている。
 あの頃と少しも変わらない。
 竜災害で滅びる全ての命を嘲笑(あざわら)う死の献花。
 ドラゴンのテリトリーを表す猛毒の徒花(あだばな)、それがフロワロだ。

「マメシバ、レオパも! 気をつけろ、そいつに触ると――っと、大丈夫か? スズラン」

 隣でふらりとスズランが倒れそうになったので、慌てて肩を抱いて支える。
 まだまだルーキーな彼女には、フロワロの毒は危険かもしれない。というより、一般的な人類はこの瘴気の中では大幅に能力が制限される。
 子供や老人なら、フロワロに触れるだけでも命の危険があった。
 すくなくとも、ナガミツの時代ではフロワロとはそういう植物だった。

「ったく、邪魔だなあ。待ってろ、レオパ。ナガミツもスズランも」

 ナガミツは目を疑った。
 やれやれといった様子で突然、マメシバが盾を構えてフロワロに分け入った。
 そんなことをしたら、常人なら即死ものである。
 自殺行為にも等しい行進はしかし、なにごともなくマメシバを押し出した。彼はせっせと周囲を歩いて、視界にあるフロワロの全てを散らしてしまったのだった。

「はぁ、はぁ、ふうー! こんなもんだろ。あー、疲れた……レオパ、薬かなんかない?」
「パロの実でもかじっててください。……っと、ここにまだ生き残りが。ふむ、興味深い」

 ナガミツは唖然(あぜん)として固まってしまった。
 だから、とっさに抱き寄せたスズランが真っ赤になっているのも気付かない。
 それもそのはず、彼の中の常識が無理矢理更新させられた。
 アップデートされたメモリから漏れ出る言葉は、無意識に希望と可能性を感じさせる。

「なにそれこわい、エデン人類こわい……あ、ああ、そうか。……そうなんだな、フィー」

 あの輝かしくて眩しい、過酷ながらも楽しい時代から幾星霜(いくせいそう)……すでに星の名すら忘れた人類は(たくま)しかった。
 その理由をナガミツは、なんとなくだが察した。
 かつてムラクモ機動13班と呼ばれた若者たちの戦い……そして、世界各地で抵抗を続けたS級能力者(エスきゅうのうりょくしゃ)たち。その存在を星は記憶し、強き血を末裔(まつえい)たちに残した。
 あまりにも年月が経過し過ぎて、一度文明が滅んだ先のこの世界。
 そこにしっかりと、竜へと立ち向かう意思が血を(つむ)いでいるのだろう。
 実際、マメシバもレオパも、S級能力者とまでは言わずともなかなかの実力者である。そして、古き血が色濃く出た者たちは皆……ハントマンとして暮らしているのだ。

「しっかし、驚いたぜ……あいつらの血が、みんなの血が繋がってんだな。広がりこの星を覆って、こいつらの中にも」
「あっ、あ、ああああ、あのっ! ナガミツ、ちょっと……その、わたし、恥ずかしいです」
「だよなあ、羽々宮(はばみや)の直系の血が生きてんだ。他の連中の血筋も無数に枝分かれして……ん? あ、ああ、悪ぃ」

 身を硬くするスズランを、そっと立たせて身を放す。
 最初はフロワロの出す瘴気によろけたスズランだが、今はちゃんと自分の脚で立っていた。マメシバがフロワロを蹴散らしたのもあるが、それでも滞留する空気は毒され濁っている。その中でも、スズランは自分を落ち着けさせるように胸に手を当て深呼吸していた。

「び、びっくりしました……なんだか一瞬、意識が……そ、そそそ、それに、ナガミツ」
「お、おう。まあ、なんだ……人類ってやつはこれだから、なあ。ん? スズラン、顔が赤いな……熱でもあるか? フロワロの光の影響か?」
「こ、これはなんでもないですっ! そ、それより、先に進みましょう! ……酷く嫌な予感がするんです。あの花、まるで血の色です」

 スズランの言う通りだった。
 その赤は見る者を戦慄させ、遺伝子が記憶する本能的な恐怖を呼び起こす。
 それなのに、レオパは実に興味深そうにフロワロの花びらを回収した。それをバッグから出したガラスの試験管に入れて、コルクの栓で固く封じる。
 もちろん、レオパ自身も不快な不調を感じてはいるだろうが、命の危険はなさそうだった。

「なあ、ナガミツ。これって……道中、馬車で話してくれた、あれか? 例の……ドラゴンの話」

 バリボリとパロの実を頬張りつつ、マメシバが近寄ってくる。
 多少疲れたようでに、額の汗を彼は手の甲で拭った。だが、あのフロワロに触れたのに全く弱った様子がない。疲れたと本人は言っていて、多少は体力が奪われるようだが……エデンという名の地球はこの時代、やはりほぼ全ての人間にS級能力者の血が広まったとしか思えない。
 程度の差こそあれ、スズランも今は身を正していて、そのことを証明しているようだった。
 そして、ナガミツは先ほど馬車の中で語った話を確認する。

「そうだ。この花の名は、フロワロ。ドラゴンが自分の縄張りを主張する時に広がる、死の徒花だ。触れるだけで一般人は死に至る……んだが、まあ、その、なんつーかなあ」
「それな! なんか踏むとクラクラするんだけど、放ってもおけないしさ。あとはまあ、ナイトってみんなの壁にして盾だからな。悪路や毒沼を歩く技術(スキル)もあるってわけさ」

 レオパも貴重なサンプルの採取を終えたようで、立ち上がる。
 一行は互いに頷きを交わして、ロラッカ森林の奥へと急いだ。
 途中、ちょこちょことフロワロを見付ける都度、マメシバが盾で叩いて剣で切り裂く。そのことで彼自身も消耗していたが、この少年は気遣うナガミツにニヤリと笑う。

「いや、なんていうか……他のギルドも困るだろうしさ。それに……これってめっちゃ、騎士らしくない?」
「お、おう」
「疲れはするけど、倒れるレベルじゃない。ただ、こんなにはびこってるってことは」
「ああ。確実にこの奥に……竜がいる」
「いよいよ英雄物語みたいになってきたなあ。まあ、俺たちは俺たちができることをやればいっか。伝説の斬竜刀(ざんりゅうとう)? だっけ? ああいうのはその血筋の人に任せるとして、だ」

 ナガミツは意外だった。
 数百年の(とき)の果て、久遠(くおん)の彼方にいたるこのエデンでも……神話となって斬竜刀は生きていた。その一人が自分だとは名乗らないまでも、民話や伝承にその名は多く残って歌にもあると、隣のスズランが教えてくれる。
 そして、ハントマンの時代になってもまだ……ナガミツと対となる斬竜刀の血筋は健在だった。
 そんなことを知ったら、なんだか解析不能な感情が回路にパルスを走らせる。
 二度、竜災害を退けた。
 そのことは忘れられてはいなかったのだ。

「っと、ナガミツ。スズランもレオパも! 見て、みんな逃げてくる。怪我している!」

 進む先からぞくぞくと、ハントマンたちが退却してくる。その誰もが流血に汚れて、大なり小なり負傷していた。
 ナガミツはメナス補佐官から受け取った物資を広げて仮のベースキャンプを作る。
 ハントマンたちは皆、口々に呻いて呟き、絶望に沈んでいた。
 そう、やはりいるのだ。
 この奥に、竜が。
 テキパキとレオパが水や食料、薬品を配ってゆく。マメシバも軽傷の者たちから真剣に情報収集をしていた。そんな中で、ナガミツは気付く。
 隣を見下ろせば、不安げな瞳を潤ませつつ……スズランはただ前を、燃えるように赤い森の奥を見据えているのだった。

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