走る程に広がる、死と破壊の雰囲気。
ナガミツの脳裏に、あの日の東京が思い出された。そして今はもう、目の前を走る背中は思い出の中にしか存在しない。
今度は逆だ、自分の番だ。
いつも先頭を彼女は走っていた。
その背を追っていた自分が、今はそれをやるんだと心に結んだ。
「ナガミツ、皆さんも! あそこに人が!」
最後尾のスズランが叫ぶ。
すでにこと切れているハントマンなら、今まで何人も見てきた。
そして、そんな人たちを後続に任せてナガミツたちは奥へ向かう。
スズランの指さす先、フロワロのど真ん中に片膝を突く男がいた。
手に持つ
「助けにいかなきゃ、あのままじゃ」
「待ってスズラン! まずは俺がこの花を蹴散らす!」
マメシバがフロワロを剣で薙ぎ払い、皆の歩く道を作ってくれる。
だが、そうしてだどりついた時には、
物凄い瘴気の濃度だ。
ナガミツは、かつて現れた黒いフロワロを思い出す。
あれほどではないが、本来なら常人は呼吸もできないほどの
スズランの胸の中で、ファイターの男は悔し気に
「バ、バケモノだ……あれは……」
「喋らないで、傷口が開いてしまう。落ち着いて……大丈夫、すぐに助けます」
「なぜだ、どうして……あんなものは、
「いけない、これ以上は。血が、止まらない」
スズランは自分が血で汚れるのも構わず、アイテムを使って治療を試みる。
だが、その全ては最終的には全て無駄になった。
思わずナガミツはギリリと奥歯を噛む。
マメシバはスズランにかける言葉を探しているようだったが、静かに首を左右に振るレオパがそれを止める。
死は、もうすでにこの森の全てに満ち満ちていた。
「あ、ああ……寒い。死ぬ、のか……俺は」
「しっかりしてください、ああ……大丈夫、まだ。まだ諦めては」
「あれが、神話の時代……失われし、古代、文明を、襲った……ドラゴン」
沈黙が訪れた。
舞い散る赤い花びらの中央で、男は静かに息を引き取った。
スズランの懸命な処置が功を奏したのか、その死に顔は穏やかなものだった。そして、
「……進もうぜ。後続の連中が回収して
「は、はい。……今、ドラゴンって。竜、って? あの、歌や
「ああ。俺たち人類の、いや……あらゆる生命体の天敵、捕食者、それがドラゴンだ」
「現実、なんですよね、これ。それじゃあ、
ナガミツは、スズランにかける言葉がみつからなかった。
そして、それは必要なかった。
振るえる手で涙を拭うと、そっとスズランは立ち上がった。命を落としたファイターの瞳をそっと閉じさせて、顔をあげて前を向く。
そこには、怯えて竦む勇気が確かに燃えていた。
「昔の人たちだって、竜と戦った。勝ったからそれは歌になり、物語になった。だったら、わたしたちも……急ぎましょう、皆さん。これ以上の犠牲者を出しては」
マメシバもレオパも、重々しく頷いた。
驚きつつ、ナガミツはスズランを支えるように横に立つ。
この娘は、弱い。
それはハントマンとして、プリンセスとしての技量と力量の問題だ。それに反して、心の中に一本芯の通った強さをも感じた。
そして四人は走り出す。
森の奥、赤々と燃えるような光の中から絶叫が響く。
その
だが、ナガミツの仲間たちはひるまない。
真っ直ぐ、
やがて、それは揺らめくフロワロの光にその身をさらして現れた。
「チッ! リトルドラグ程度だったらよかったんだがな。こいつは……成竜、一級品のドラゴンだぜ」
ナガミツたちの前に今、全宇宙の支配者、その
強靭な脚に、広く大きな翼。
不気味に光る牙と爪。
なにより、その全身から発せられる問答無用な害意と敵意。
まさに、食物連鎖の頂点に君臨する不遜な王、ドラゴンだった。
仮にナガミツは、それを始まりの翼竜と呼称した。
典型的な飛竜、ワイバーンタイプだからだ。
「いいか、決して無茶するな! 一人で飛び込んだらアウトだ! 連携を密に――」
ナガミツの声を、竜の絶叫がかき消す。
同時に、
空気を引き裂き音を振り切る、それは音速の刃……ソニックブーム。
かろうじてナガミツは、皆を守ってナイフでその全てを叩き落した。
やはり、強い。
このパーティでは少し心もとない。
そして、マメシバやレオパは普段の連携もちぐはぐで、どこか怯えに屈して後手後手に回っている印象だった。それを責められるナガミツではない。
当たり前だと思うし、しかたがない。
数百年の
攻めあぐねて守勢に追い詰められていたナガミツは、その時歌を聴いた。
「スズラン、お前……!」
スズランが歌っていた。
音程はちぐはぐで、声は震えてかすれている。それでも、彼女は鞭を構えつつ心の底から歌声を振り絞っていた。
信じられないことに、彼女はブルブル恐怖に震えてなおも、歌っていた。
その力が、ナガミツたちの
調子っぱずれのなんてことはない、ただの流行歌が力を与えてくれた。
「上出来だぜ、スズラン! じゃあ、やるかよ……やるしかねえよな! マメシバ! レオパ!」
「ああ、ナガミツ! 僕が前に出てディフェンスに徹する!」
「私は毒術で援護を……ドラゴンとて生物、殺せぬ道理はありませんよね」
仲間の魂に火が付いた。
やはり、ナガミツの仲間たちは恐れに
だが、その着火剤となったスズランへと、容赦なくドラゴンが襲い掛かる。
誰もが振り向き駆け出した先で、始まりの翼竜はスズランの頭上で牙を剥いていた。
が、悲鳴と血をあげるのは竜の方だった。
「ハントマンギルド、ハバキリ! 3名、参陣! なのですっ! 皆さん、無事ですか!」
「そーれ、みんなを回復してこーい」
「ちょ、ちょっと、ニーナ! 私を物のように扱って! ああ、投げないでください!」
鋭い刃の一閃が、始まりの翼竜を退かせた。
そして、ナガミツは一瞬だけ錯覚する。
太刀を構えたその少女に。セーラー服の同志、もう一人の相棒の姿を。
ユイとニーナと、彼女が小脇にかかえていたノリトとが、戦線に加わった。勝機が微かに見えてきて、ナガミツは握るナイフに力が満ちるのを感じるのだった。