その一撃はまさに烈風、抜刀と同時に地上に三日月が輝いた。
「むいっ! 一閃、なのですっ!」
だが、薄皮一枚を切り裂いたにすぎず、フォローに回るナガミツが追撃の刃を叩き込んだ。ユイの居合は鋭く疾く、なにより正確な一撃だ。
そう、正確すぎる……素直な性根がそのまま太刀筋に現れていた。
なにより、教科書通りの剣技には不思議と異能の力を感じない。
「おいおい、どうなってんだよキリ! お前さんの子孫ちゃん、妙だぜ」
だが、あっという間に巨大な翼の風圧がナガミツを吹き飛ばした。
自分もまた、ユイのことは言えない。
今までのようなパワーとスピードは、フルコマンドで絞り出すことはできない。数百年の眠りでその剣は、はつれて錆びつき、それでも
それがナガミツの選んだ宿命で、使命だ。
「皆さん! 無理せず時にはガードを。怪我は私めにお任せください」
「サンキュ、ノリト! お前、変人だと思ってたけど、いい変人だな!」
「いやいやマメシバ君、照れま……って誰が変人だっーての!」
「よーし、前衛は任された! 僕がみんなの盾に、なるっ!」
数ではハントマンたちが圧倒しているが、竜が弱る気配はない。
始まりの翼竜は、傷付くほどに勢いを増し、怒り狂って暴れまわる。
マメシバはよく守ってはいるが、じりじりと押されつつあった。そんな彼を補佐するように、並び立つニーナの盾が前に出る。
「マメちょ、前列こーたい。回復しといでー」
「俺は大丈夫です、ニーナさんっ!」
「大丈夫なうちに回復しとかないと……死んじゃうよ? それがドラゴンってもんだから」
「は、はあ。ではっ!」
ニーナが前に出て、僅かに戦線が安定する。だが、いかなホムンクルスの女装騎士とはいえ、一人で竜の爪と牙を防ぐのは難しいようだ。涼しい顔をしているが、ニーナが無口なのは余裕がないからである。
すぐにナガミツは、武骨な短剣に毒を仕込む。
そっと小瓶から数滴、敵も生物なら毒薬も有効的なはずだ。
「っし、ニーナ! 5秒だけもたせろ!」
「おっけ〜」
跳躍、星のない夜を飛ぶ。
空中で身を捻りながら、ナガミツは必殺の刃を竜の背に叩きつけた。
久々に味わう手ごたえ、未知の生物である竜特有の防御力と、それを突き破る感触。何百年たとうとも、ナガミツたち斬竜刀は竜を逃しはしない。
一際甲高い絶叫が響き、悲鳴と共に始まりの翼竜は大きくよろけた。
その全身に徐々に、ナガミツのしこんだ毒がまわってゆく。
すかさずレオパが、追加で毒気を放ってナガミツを後押しする。
「やはり生物、竜といえども毒は通りますね……攻勢に出るなら今です、皆さん」
「むいっ! わたしは、斬竜刀に……母様みたいな、立派な
着地したナガミツが、思わず「おっ」と目を見張った。剣を捨てて盾でのディフェンスに集中するニーナもだ。
抜き放った太刀を大上段に構えるユイから、
彼女はそのまま、ドン! と一歩を踏み込んだ。
その一歩があっという間に、華奢な身をドラゴンに肉薄させる。
「これでっ、トドメなのです! むいいいいいいっ!」
大振りな一撃がまっ正面から叩きつけられる。
同時に「やったか!」と叫ぶマメシバに、静かにナガミツは首を横に振った。
渾身の一撃は今、金属音と共に光を宙へ浮かべる。
それは、へし折れて真っ二つになったユイの切っ先だった。それがすとんと落ちて、次の瞬間皆の視界が赤く染まる。
それは狂い咲くフロワロを紅に濡らす、
「……あ、え? わたし、は……今、完璧、に……ちょく、げき、だった、のに」
強烈な一撃を浴びせたユイが、そのまま竜の
その都度、本来ならば異能の血筋たる神秘の赤が周囲に降り注いだ。
「くそっ、まずい……だが、今なら! マメシバ! ついてこれるか!」
「マメちょ、出番だよん? 全力全開、ぶつけちゃってー」
「いきますっ! うおお、ユイさんを、はなせええええええっ!」
ナガミツが身を浴びせるようにして、竜の巨体にナイフを突き立てる。
もう、以前のようなパワーは出せないが……一点に集中して、一瞬だけならばそれなりに力を絞り出せる。このエデンでの暮らしにも慣れ始め、今の状態の肉体も操るコツがつかめてきていた。
なにより、頼りになる仲間がいる。
先程から最後尾で歌い続けるスズランの、その声が徐々にテンポアップしていた。
彼女にも、ここが勝負所だと伝わったのだろう。
そして、ナガミツの瞬間的な力に歌の想いが重なる。
「っし、ノリト! ユイを確保して下がれ! やるぞ、マメシバッ!」
ナガミツの
同時に、始まりの翼竜は大きくよろけて一歩退いた。
そのスペースに今、勇敢なる少年騎士が踏み込む。
震える手で、
「仲間を守る、仇を討つ! 死んでなくても、やられたらやりかえすっ! これがっ!」
離脱するナガミツは、ニーナの大きな頷きを拾う。
それは、竜が致命傷を浴びてユイを口から放した瞬間だった。
マメシバが両刃の剣を下段に構えて、己の肉体をバネに変える。日々こつこつと鍛えられてきた筋肉が、全力で横薙ぎの
ばっさりと真横に傷が走って、どろりと内臓があふれ出す。
その時にはもう、始まりの翼竜は終っていた。
そしてナガミツは知る……この激闘が、あくまでも災厄の始まりでしかないことを。
「ナイスだ、マメシバ。やるじゃねえか」
「いや、最初にナガミツが切り込んでくれたから……それより、ユイさんは!」
ユイは今、真っ赤な血の海に沈んでいた。その側では、ノリトが必死で応急処置を施している。
さすがのナガミツも、言葉を失った。
大小二振り、人の世を守って竜を斬る、それすなわち斬竜刀なり。
だが、その片方であるナガミツは弱り衰え、もう一人は異能の力も使えぬまま死のうとしている。そんな中、見上げれば夜空を無数の竜が飛び交っていた。
「ノリト、ニーナも。急いでユイを運んで逃げろ。ミロス連邦まで命が持てば、助かるかもしれねえ」
「んー、わかった。けど、ナガミツは?」
「嫌な予感がすんだよな……ちょっと、カザン共和国の様子を見てくる」
その言葉に、マメシバやレオパは笑って頷いてくれる。
なにより、息を切らして肩を震わせながらも、スズランが強い瞳でナガミツの背を押してくれるのだった。