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 レンガ造りの瀟洒(しょうしゃ)な二階建て……スズランは、今日から我が家となる建物の前で驚きに目を丸くした。カザン共和国の一等地に、ギルド『スノウドロップ』と『ハバキリ』の拠点が出来上がっていた。
 周囲も驚くべき速度で復興が始まっている。
 特に、この地で生まれ育った者たちの働きには目を見張るものがあった。
 奪還されてから一日で、過去の活況を取り戻したように街がいきいきとしている。

「おー、結構立派なもんだな。俺が見たときゃ、フロワロまみれだったが」

 隣のナガミツも、顔をあげて感嘆の声をあげる。
 その時、前髪で隠れていた左目が見えて、スズランはさらに驚いた。

「ナガミツ、その目……」
「ん? ああ、ちょいとえぐれただけだ。右目は生きてる、問題ない」
「……ノリトやレオパに見てもらっても、駄目? なんだよね」
「しゃーないさ。それだけの価値がある戦いだった。今、そう実感しているつもりだ」

 ナガミツは出会ったあの日よりも、さらにボロボロになっていた。そして、普通の医術では彼の体力は癒せても、傷は治せない。失われた肉体の機能は、二度と戻ってはこないのだ。
 三年という月日の残酷さに、改めてスズランは驚かされる。
 だが、特に気にした様子もなくナガミツがドアを開く。
 一階のエントランスはそのままリビングに通じていて、個人の寝室は二階にあるようだ。仲間たちが忙しそうに家具を配置している。

「んー、やはりソファはあちら側がベリッシモ! ……ん、お、重い!」
「ノリト、わたしに任せるです! あっちに運ぶのです」

 ヒョイと片手で、キリコがソファをノリトごと運んでゆく。
 マメシバやレオパも、本棚に資料を並べたりしていた。
 今日からここがスズランたちのホームだ。そして、ここから全てが始まる……このエデンを竜災害から救う、長い長い冒険の旅が。
 小さく心の中で、ヨシ! と気合を入れる。
 そんな彼女の横で、ナガミツが階段に向かって歩き出した。

「やほー? ナガミっちゃん、スズランも。部屋、軽く片付けといたよん」
「おう、ニーナ。珍しいな、真面目に働いてるじゃないか」
「わたしはいつでも真面目だよん。めちゃ律儀だし、義理固いじゃんね」
「うーん、どうだか。で? 俺たちの部屋は?」
「ああ、こっちこっちー」

 私服でもやっぱり、ニーナは同世代の少女にしか見えない。
 よく見れば骨格レベルでは男性なのだが、それも華奢(きゃしゃ)なので気付かない者も多いだろう。
 そんな彼に案内され、スズランはナガミツと共に二階に上がる。
 廊下の左右にずらりとドアが並んでて、そのいくつかはすでに持ち込む予定の家具や小物が積み上げられていた。
 荷物を避けつつ奥に進むと、フフンとしたり顔でニーナが振り返る。

「こっちがナガミっちゃんの部屋。でー、その隣がー、スズランの部屋!」
「おう。……どした? スズラン」

 ナガミツが顔を覗き込んでくる。
 どうやら、頬が熱いのは赤面していたらしい。
 慌ててニーナを引っ張り声を(ひそ)める。
 廊下の隅で問い詰めれば、背後でナガミツは小首を傾げていた。

「ニーナ! ど、どどど、どうしてナガミツの隣にわたしが」
「あ、一緒の部屋がよかった?」
「そうじゃなくて! ……もぉ、よしてね、こういうの」
「にはは、照れない照れない。嬉しくなかった?」
「それは、その、なんというか……嫌じゃ、ない、けど」

 ナガミツは気にした様子もなく、自分に用意された部屋のドアを開く。
 その隣が、スズランの部屋だ。
 壁一枚隔てた部屋とはいえ、同じ屋根の下……こういうおせっかいは正直困るが、この短い日々でスズランはニーナの性格が嫌というほどわかっていた。

「ま、気にすんなって。な?」
「気にするよぉ……」
「わたしにできるのはここまでだからさ。あとはスズラン次第。こんな時代だからさ、後悔だけはしないようにねぇん」

 それだけ言って笑いながらニーナは行ってしまった。
 内心、嬉しくないといえば嘘になる。だが、スズランのほのかな恋心は、激しく燃える情熱の炎ではないのだ。あくまで控えめな、秘したる炭火のようなぬくもり。
 ただ、ナガミツの隣にいたい、隣にいてほしい。
 彼の支えになれればと願う、ささやかな想いだけは確かだった。
 とりあえず、自分も部屋に入ってみる。

「素敵、まさかカザンで自分の部屋が持てるなんて」

 南向きの窓が奥にあって、広くはないが手狭というほどでもない一室。備え付けのベッドとテーブル、椅子が二つ。他に家具や調度品の類はなく、皆が自分で用意している意味がちょっとわかった。
 今は少し殺風景だが、自分もあとで見繕(みつくろ)ってみようと思うスズラン。
 彼女はそのまま、歩いて十歩とちょっとの窓に向かう。
 外の空気を入れると、街の声と歌とが風に乗って流れ音で来た。

「いい天気。本当に、わたしたちがやっちゃったんだ。カザンを取り返した」

 もはや、廃墟となった街並みはどこにも見当たらない。そこかしこで忙しく人々が行き交い、皆が笑顔で汗を流している。
 そして、気付けば隣の窓にナガミツの横顔があった。
 彼はなにも言わずに、隻眼を細めてカザンを静かに眺めていた。
 声をかけていいのか戸惑うくらいに、不思議な寂しさが感じられた。

「ま、こんなもんだろ。なにか買いに出るか、スズラン」
「わわっ、き、気付いていたんですか!?」
「いや、すまん。ただ、街はいいなと思ってよ。人の営み、文明の(あか)り、そういうものを俺たちは取り返したんだ。まだカザンだけだけどな」
「は、はい。……そうだ、わたしたちがやったんだ」
「さて、俺はいいが女の子にこの部屋は殺風景過ぎる。日が暮れる前にちょっと出ようぜ」

 どうやら部屋の間取りは全部同じらしい。
 窓を閉めてドアから出れば、改めてナガミツが歩き出す。その背を追いかけ、なにがほしいかとスズランは考え込んだ。その途中で、なんだかゴスゴスでロリロリなカーテンを張ってるニーナや、ノリトのピアノを運ぶキリコとすれ違う。
 自分はなにを、と思いつつ、ふと部屋に彩りがほしくなった。

「なにか植物、花を……鉢植えかなにかを買いたいです」
「よし、そうだな。俺は」
「ナガミツは、なにか飾ったり持ち込んだりしないの?」
「……んー、じゃあ、まあ。俺も花を買うかな」

 ――でかい鉢にいっぱいのクローバーを。
 意外なことを言いながら、ナガミツは静かに微笑(ほほえ)んだ。
 幸運を呼ぶ四葉のクローバー、その可能性を秘めた白い花を、太古の人類はシロツメクサと呼んだのだった。

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