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 翌朝早く、大統領府にスズランたちは呼び出された。
 新進気鋭の新米ギルド『スノウホワイト』と『ハバキリ』を前に、大統領代行の立場となったメナスが神妙な顔で話し始める。
 復興が始まってまだ数日なのに、カザン共和国の街は燃えるような活気に満ちていた。
 それが、この大統領府にまでかすかに聴こえてくる。
 だが、今は目の前のメナスの言葉にスズランは集中して身を硬くするのだった。

「まずは諸君らの活躍と労をねぎらいたい。カザン奪還作戦、素晴しい働きだった」
「いえ、メナス代行。これが我らハントマン……狩る者の使命にて。どうかお気になさらずに」

 一同の先頭で慇懃(いんぎん)(こうべ)を垂れるのはアダヒメだった。
 このエデンでも有名な名家、湯津瀬(ゆつせ)の姫君……地ノ湯津瀬のいかず後家などと言われているが、彼女の礼節は完璧で、その所作はあまりに洗練されていた。
 とうがたった年齢でも見た目は若々しく、実年齢を知る者は少ない。
 そんな彼女がそっと促すので、どこか億劫(おっくう)そうに一人の男がスズランの横から前に出た。

「君がナガミツか。三年前も何度か会ってはいたが、驚いたよ。この三年をずっと、このカザンを守るために」
「俺ぁ、そのために造られた斬竜刀(ざんりゅうとう)だ。……今はなんか、竜斬包丁(りゅうきりぼうちょう)なんて呼ばれてるがな。なんだっていいさ。俺は守った、あんたらは取り返したんだ。ここからだろ?」
「ああ、そうなのだ、それで両ギルドに今朝は早くから来てもらった」

 メナスの声が深刻さを帯びる。
 一方で、これといって感慨を感じさせぬナガミツは普段通りの平常運航だった。そんな彼の偉業に、スズランは小さな誇らしさを感じる。
 無事にカザンを奪還できた、これは仲間たちがいてくれたからだ。
 特に、ギルド『ハバキリ』の二人……キリコの名を受け継いだユイとその保護者、アダヒメの力は大きかった。マメシバもレオパも、他の仲間たちも力を紡いで束ねた一戦だった。
 だが、その足元を三年前から固めていたのは、ナガミツだ。
 カザン共和国を蹂躙したドラゴンとマモノが、なぜ次の土地へ……ミロス連邦へ攻め込んでこなかったのか。橋が失われても、奴らは空を飛べるのだ。
 その答えが全て、ナガミツの全身に刻まれた傷なのだった。

「実は昨夜遅く、救援要請の使者がこの地に訪れた。アイゼン皇国からの使者だ」

 ――アイゼン皇国。
 それは、このエデンでも屈強な軍事国家として存在感を知らしめる強国である。ソウゲン王をいただく専制君主制の国で、内外に多くの問題を抱えつつも思うままに繁栄していた超大国である。
 そんなスズランの知識も、一般常識でしかない。
 それも、三年前の話だ。
 今はどうなっているのか。
 そもそも、カザンのハントマンに頼らねばならぬほど逼迫(ひっぱく)しているのか。
 スズランはメナスの次の言葉を待った。

「……いにしえの時代、今では神話となった旧世紀の文明にこうある。特別なドラゴン、その名は帝竜(ていりゅう)と」

 飛び抜けて危険な個体、帝竜と呼ばれるドラゴンが存在するらしい。このカザンに居座っていた手負いの竜王もまた、そう呼ばれるドラゴンだったという。あっという間にカザンを制圧し、ナガミツが三年かけて弱らせなければ倒せなかった竜……まさに竜の中の竜、帝王たる竜。それが帝竜である。
 思わずスズランが息を飲めば、ゴクリとマメシバも言葉を飲み込む。

「その帝竜が、アイゼン皇国に現れた。全軍を投じて討伐に向かっているが、戦況は厳しい。そこで、我がカザン共和国のハントマンの中から、特に竜戦闘に秀でた精鋭を派遣してほしいとの話だった。……そこに控えているのは羽々斬(はばきり)の巫女。戦力として申し分ない」

 一瞬、ビクリ! とキリコが身を震わせた。
 だが、彼女は改めて身を正すと、腰の剣に手を寄せ静かに決意を述べる。

「かあさまより受け継いだこの使命、必ず果たしてみせまする。どうか、代行……わたしたちをアイゼン皇国へ。そうお命じください」
「あ、ああ。それが本来のお前たち羽々宮(はばみや)の役目であろう。……よもや、本当に竜災害が起きるなど、誰も信じてなかったがな。だが、今はこれが現実だ」
「……我ら羽々斬の巫女、民と国を竜から守るために戦いまする。どうかご安心を」
「そうだな、頼むぞ凶祓(まがばらい)! 式典や祭事にかまけていた時代は終わった。今後は――!? グッ、な、なっ!」

 突然の行動だった。
 誰も止められなかった、止められる速さではなかった。
 なにより、唯一止められたかもしれぬアダヒメも同じ選択をしていた。そんな彼女を遠ざけるようにして、突如ナガミツがメナスに詰め寄った。潰れて隻眼(せきがん)になった、その瞳に怒りの炎が燃えているのをスズランは見た。
 ナガミツはボロボロの手でメナスの襟首を掴んで、人間とは思えぬ膂力(りょりょく)で吊るしあげた。

「なにを勝手言ってやがる。平和なこの何百年、お前たちは羽々宮を、湯津瀬を……どう扱ってきた? 古い名家、祝典や祭事だけの、血筋だけの人間だと思って」
「グ、ガッ! ナガミツ君、落ち着きたまえ、それは」
「俺がこの国を守っていた三年の間、キリの……ユイの母親がどれだけの竜を斬ったと思ってんだ」

 すぐにキリコが止めに入ろうとしていた。
 それに先んじて、気付けばスズランはナガミツに飛び込んでいた。身を浴びせるようにして、メナスをくびりあげる腕に抱き着く。
 ナガミツの怒りに燃えた瞳が、スズランを見てわずかに憤りをかげらせる。
 そう、ナガミツの憤慨、激怒は当然だった。
 それは、遠い国の御伽噺(おとぎばなし)、太古の神話として伝わる中で、形骸化した。ひさしく竜災害を忘れた人類にとって、羽々宮と湯津瀬の両家はお祭りのシンボルでしかなかった。
 それはわかる。
 でも、今はその現実がひっくり返されたあとの時代、常識の三年後なんだ。

「待って、ナガミツ。……駄目だよ、キリちゃんもアダヒメ様も困っちゃう。それに……それにね、ナガミツ。守るべき人を傷付けちゃ駄目だと思う」

 メナスのひきつり凍った表情。
 それを睨んで、燃える激怒の感情をぶつけるナガミツ。
 そう、始めて見た……ナガミツがこんなにも感情をあらわに、(たけ)る自分を一般人に向けるのを。だから、止めなければと思った、そういう気持ちがスズランをナガミツの腕にしがみつかせていた。

「ス、スズラン」
「ナガミツ、その人を放してあげて。正直、わたしには難しいことはわからない、けど」

 そう、わからない。
 スズランの知ってる話は全て、太古の伝承や伝説でしかない。それでも、短い時間ながらもユイと凄し、アダヒメとも交流を持った。そんな中、竜災害という天変地異にも等しい災厄の中で、ユイはキリコの忌み名を継ぐ道を選んだ。
 そしてアダヒメは、そんな彼女を守るために立ち上がったのである。

「ナガミツ、ナガミツにとってキリコ……羽々斬の巫女って」
「ああ、クソッタレなシステムだ。人類の営みをデジタルに見ても意味はねえがなあ」
「ちょ、ちょっと、言葉が難しいかも」
「悪い、ちょっと昔を思い出しただけだ。……竜と戦うのは俺たちだがな、メナスさん。竜災害に抗い生き抜くのは、この文明の人類全員なんだ。それは覚えててくれ」

 この日、アイゼン皇国への援軍として、二つのギルドがカザン共和国のハントマン代表として旅立つことになる。
 そして、スズランは知った。
 この竜災害を、エデンの人類は繰り返し乗り越えてきたのだと。
 そして感じた……キリコを気遣うナガミツのその優しさが、臆病で弱気な自分を奮い立たせてくれるのだと。

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