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 新たな旅が始まった。
 アイゼン皇国まで赴き、居座る帝竜(ていりゅう)を討伐するのだ。そのためには、トドワ山岳を通って山越えをする必要がある。
 二つのギルド『スノウホワイト』と『ハバキリ』の面々は慎重に旅路を進んだ。

「へー、じゃあまだ記憶は曖昧(あいまい)なんだ。大変だなあ、ノリトも」
「いえいえ、マメシバ。これが不思議とヒーラーとしての医術は覚えているから不思議です」
「身体は覚えてる、ってやつだな」
「あと、カキンは家賃までとか、そういった大切な戦訓もしっかりと」
「……そ、それは別に、忘れててもいいやつじゃない?」

 スズランは驚いた。
 幾度も戦闘はあったし、その都度(つど)マモノを倒して素材を回収した。
 その間もずっと、仲間たちは気負った様子もなく、さしたる緊張感も伝えてこない。三年間眠っていたのは同じなのに、どこか成長した仲間たちに置いていかれているような錯覚すら感じる。
 もちろん、スズランも以前よりは成長している。
 ただ、自分の伸びしろが気になるのも確かだった。

「ん? どした、スズラン。先に進もうぜ」
「うん、ナガミツ。……もっとわたしにも、力があればなあって」

 思わずこぼした愚痴(ぐち)のような言葉に、とっさにスズランは手で口を覆った。
 だが、ナガミツはきょとんとしたような顔こそ見せたものの、笑わなかった。

「なんだ、そんなことを悩んでるのか?」
「そんなこと、かなあ……なんだかちょっと、つい気になっちゃう。例えば」

 ふと気付けば、ナガミツが歩調を合わせて隣を歩いてくれてる。
 その足取りに少し甘えて、スズランは視線の先の麗人に目を細めた。
 湯津瀬(ゆつせ)のアダヒメは、スズランが知る限り完璧なプリンセスに見えた。彼女の歌、声、言葉……圧倒的な歌唱力。どこか楽しげに踊るような鞭さばき。
 敵わないと思った。
 今はまだ、とも胸に刻んでいたが、やはり不安になる。
 すると、まなざしに気づいたアダヒメが歩み寄ってきた。

「どうしたのかしら、スズラン? わたしの顔になにかついていて?」
「い、いえっ! その……」
「気にすんなよ、アダヒメもスズランも。なんか、ちょっとした新米ハントマンの流行病(はやりやまい)みたいなもんでな」

 ナガミツの言葉に「あら」とアダヒメも微笑む。
 実は、スズランが気にしているのは自分と周囲の格差だけではない。実力不足は承知の上だし、その劣等感を卑屈に燃やす必要はない。むしろ、より高みを目指すモチベーションになる。
 だから、不安でも前に進むしかないし、仲間たちを守って戦いたい。
 それはそれとして、合流時からナガミツとアダヒメの親しさが気になっていた。
 そして、ナガミツはそんなことを気にもかけずにアダヒメへと声をひそめる。

「ところでよ、アダヒメ。あのキリコな、ユイなんだけどよ」
「承知しておりますわ。……あの子にはきっと、巫女の力がまだまだ眠っています」
「いや、そりゃいいんだ。俺だって信じてる、疑いはしねえ。けどな」

 スズランにも聴こえていたが、気にせずナガミツは言葉を選んだ。
 やっぱりアダヒメとの距離が近い。それでいて、スズランが思うような仲には見えないし、もっと複雑で深い関係に思えた。

「なあ、アダヒメ……話したくなかったら別にいいんだが。あの、キリの父親って」
「そっ、そそそそそ、そんなことはなくてよ! ……キリ様に言ってはいけませんよ?」
「やっぱりか。ま、お前はずっとキリに、羽々斬の巫女に寄り添ってるんだもんな」
「無数の輪廻を繰り返す中、何度かつい……でも今世は過ちを犯したのかもしれませんわ」

 なんの話かさっぱりわからない。
 だが、厳しい山道はピクニック気分を許してはくれない。
 キリコの声が聴こえて、瞬時にスズランは駆け出した。

「むいっ! 次なる敵です! 一刀の元に斬り伏せるのですっ!」

 キリコの抜刀音を、絶叫と暴風とがかき消してゆく。
 身構えるスズランの前にも、巨大な翼が影を落とすのが見えた。悠々と空へと舞い上がった、それはまるで鳥のようなドラゴン。大昔の本で見た、太古のエデンの支配者……恐竜の中でも翼竜と呼ばれる古代生物にも似ていた。

「マメシバ、キリコの援護を。私がノリトと支援します。腕の一本や二本、どうか気にせずに!」
「いやいや、気にするってレオパ。勘弁してくれよな」
「それだけ言えるなら大丈夫ですね。……おや? スズラン、前に出過ぎでは」

 恐怖を飲み込む。
 逆に今、奮い立たせた闘志に呼気が熱い。
 スズランは誰よりも先にキリコの横に並ぶと、胸に手を当て自分を落ち着かせた。
 その頭上に、恐るべきドラゴンが浮かんでいる。
 そして、急降下で落ちてくる。

「むむいっ!? スズラン、危ないのです!」
「大丈夫、大丈夫……大丈夫なんだよ、キリコ? わたし、やってみる!」

 うじうじ考えていても(らち)が明かないし、まだまだ未熟な自分には頼っていい仲間がいた。だからこそ、ほんの少しの勇気で自分の仕事をする。自分にしかできない、あのアダヒメとは違う歌を選ぶ。
 その言葉を(うた)に編み込めば、紡がれるメロディに空気はさざなみとなって広がった。
 瞬間、飛び出すキリコにゆらりと陽炎(かげろう)のような闘志が燃え上がる。

「力がみなぎるですっ! おばさまとは違う、歌……真っ直ぐすぎる旋律が、むいっ!」

 キリコの剣は刃こぼれが酷く、ひび割れ欠けていた。
 それでも、その白刃は狙いたがわず竜の翼を切り裂く。もはや切れ味がどうこういうレベルではない。ただの鉄屑にキリコの馬鹿力が乗れば、スピードとパワーが鉄塊をハンマーへと変える。
 そして、影が走った。
 スズランの歌にアダヒメのコーラスが寄り添い、その折り重なる調べがナガミツを跳躍させた。

「ナイスだぜ、キリ! スズラン! ついでにアダヒメも!」
「わたしはついでではありませんわ! でも、なんて素朴で可憐な歌」

 キリコが翼を叩き割ったので、竜の機動力と運動性は大きくそがれていた。
 それでも激昂(げきこう)に吼えるくちばしが、スズランを狙って落ちてくる。スズランはそれでも、回避や防御よりも歌い続けることを選んだ。
 それは、もうこの戦いが終わっているから。
 曲の終幕と同時に、スズランの頭上で今……ナガミツのナイフが敵を切り裂き、その傷口にトラップを捻じ込んで爆発、撃滅し終えたのだった。、

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