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 山越えも後半戦にはいり、なだらかな下り坂が夜の(とばり)に消えてゆく。
 強行軍は危険と判断して、一同はキャンプを張って山での一夜を過ごすことにしたのだった。
 そして、スズランの意外なスキルが大活躍をみせる。

「ん−、美味(うま)いっ! 野宿でこんな御馳走(ごちそう)にありつけるなんてなー」
「スズラン、女子力高いぞ? 今度わたしにも料理おしえてねぇん」
「むいっ! これは身体が温まるです」

 なんてことはない、素朴で平凡な田舎料理(いなかりょうり)だった。山の獣を捕まえさばいて、野菜と一緒に味噌で煮込む。丁寧にあくを取ってやれば、どんな獣でも脂のいい香りを湯気に入り混じった。臭みのある獣にも、よく効く香草をスズランは持ち歩いていた。
 だが、特に難しい料理ではないし、故郷では皆が母親に仕込まれるものである。

「ディモールト・グラッツェ! あまりにもデリシャス!」
「まあ、ノリトまで……ありがとうございます。ナガミツも、おかわりはどう?」

 無心で(うつわ)の中身を流し込んでいたナガミツが「ん」と右手を差し出してくる。綺麗にたいらげられた空の器に、スズランは心なしかウキウキと二杯目をよそった。
 先程より大盛りにしたら、ナガミツは不器用に顔をゆるめて微笑(ほほえ)む。

「悪ぃ、助かる。なにせ燃費が悪くてな。あと、美味しい」
「う、ううん。ナガミツも今日は沢山頑張ったから。まだまだあるから、ゆっくり食べてね」
「ありがてえ。カロリーを取るにしても、美味い飯は気持ちが落ち着くからよ」

 ナガミツはどうやら、人間ではないらしい。もちろん、スズランたちルシェでもない。本来はもっと効率的なエネルギー補給の手段があったらしいが、それは古代文明と共に失われて久しいそうだ。
 だから、人間と同じように三食食べて、間食も挟んでの旅路になる。
 そういえばとスズランは思いだした。
 いつも自分を守るように歩くナガミツは、頻繁に携行食を……チョコレートやナッツ、干し肉などを口にしていた。

「で、だ……レオパが詳しいか? なあ、アイゼン皇国ってなどんな土地だ?」

 ナガミツは食べる手を止めて、すでに食後のお茶をすすっているレオパに語り掛ける。
 皆の視線が集まるのを待って、レオパは静かに語り出した。

「世界になだたる軍事強国ですね。ソウゲン王が治める平和な国です。たしかキリコはアイゼンの出でしたよね」
「むいっ! かあさまとアダおばさまと暮らしてたです。かあさまは忙しくて、でも帰ってきてくれると剣の稽古を見たり、お土産(みやげ)をくれたりしたです!」
「とまあ、天ノ羽々宮(てんのはばみや)地ノ湯津瀬(ちのゆつせ)をはじめとする高家が多く存在する土地柄ですね。文明的な生活レベルも高いのですが……貧民たちとの格差問題等、問題を抱えてもいます」

 スズランもちょっと聞きかじった程度には知っていた。
 アイゼン皇国は非常に豊かで平和な大国、そして軍事力に秀でた国家でもあった。そのアイゼンがハントマンたちのカザン共和国に救援を迎えるというのは歴史的なできごとである。アイゼンの人間は自尊心が高く、おのが武を誇る傾向があるからだ。

「あとねー、美食の国でもあるよん? おいしーものいっぱいあるもんね。……豊かな一部の人間しか食べられないけど」
「そうなの? ニーナ」
「そそ、貧民街なんかは大変な荒廃っぷりでね。特権階級への恨みつらみが溜まってるって話だけど」

 そんな二面性を抱えつつも、エデンでも有数の超大国として君臨してきたアイゼン皇国。しかし、竜災害に今は苦戦している。あのアイゼンがそうなのだから、カザンが陥落したのもうなずける話だった。
 スズランが脳裏に本で見たアイゼンを浮かべていると、お茶のマグカップが渡される。
 ノリトは他の面々にも熱い茶を手渡し、荷物からリュートを取り出した。

「まだ記憶がもどらなくて、よく思いだせないのですが……小さなころ、両親につれられてアイゼンの年始祭(ねんしさい)に行ったことがある、気がします。湯津瀬の歌と、羽々宮の舞い」

 確かこうだったと、ノリトがリュートの弦をつまびく。
 ポロロンと楽器が歌い出せば、突然キリコが立ち上がった。彼女は焚火を囲む一同から離れると、紡がれる和音の流れに泳ぎ出す。
 神楽(かぐら)とでもいうのか、その舞いは少女のあどけなさを厳粛に引き締めさせた。

「かあさまから習ったです! かあさまは世界中の祭で舞い、民の平穏と平和を願っていたです」

 食後のちょっとした余興にしては、なかなかに神々しい光景だった。
 ノリトが奏でる調べは、スズランもよく知っている。田舎の小さな村の祭にも、羽々斬(はばきり)の巫女が訪れたことが何度もある。スズランも、ぼんやりと歌と踊りを覚えていた。
 その記憶が自然と、唇に(うた)をくちずさむ。
 気付けば自然と身体がリズムを刻んで、記憶の底から歌が溢れ出ていた。

「そうそう、この歌なのです! アダおばさまの歌と、かあさまの踊りと、みんなが喜んでくれるのです!」

 だが、そのアダヒメは黙って踊るキリコに目を細めていた。
 そこに、彼女の母親の面影を感じているのかもしれない。アダヒメは静かに、しかし確かに小さなハミングをくちずさみながら、スズランの歌に寄り添ってきた。
 どことなく悲しげな、懐かしむようなハーモニーにスズランは驚く。
 そう、アダヒメと共に舞いを奉納していた女性はもう、この世にはいないのだ。スズランたちが眠っていた三年間、再び本来の巫女としての宿業を背負わされ、その人は戦いの中に散っていったのだ。
 歌と踊りが終ると、マメシバたちから盛大な拍手があがる。

「くっ、エモい……どうやら楽器の扱いまでは忘れていないようですね、私は」
「だからいちいち財布を取り出すなってーの、めっ!」
「い、痛い、痛いですよニーナ……カキンさせてほしい……」

 そのあとのやり取りで笑いが起こって、その夜は和やかにふけてゆく。
 後片付けに鍋と食器を近くの小川で洗って、それからみんなで焚火を囲んで小一時間話した。他愛ない話題に花が咲いて、気付けばスズランも仲間たちとの親睦が深まってゆくことに嬉しさが止まらない。
 そして、食後のお茶の最中でも、やっぱりナガミツはビスケットを頬張っているのだった。その彼が、そろそろという時間に意外なことを言い出す。

「夜通しの見張りは俺がやる。まあ、省電源モードみたいな、っていってもわからないか。体力の消耗を抑えて長時間見張りをやれる、そういうふうにもできてるんだ、俺」
「じゃあ、女性陣でテントを使って。俺たちは外で寝るからさ」
「マメシバ、全員に毛布を。あなたの荷物に入ってるはずですが」
「じゃあ、お言葉に甘えてー、って、ちょ、ま、待ってアダ! 痛い痛い!」
「ニーナはわたしとこっちですわよ? キリさまとスズランでテントを使ってくださいな」

 こうして、新たな冒険の旅は最初の夜を超えてゆく。
 すでにうつらうつらと舟をこいでたキリコを起こして、スズランは皆に礼を言ってテントに入る。二人で使うには十分な広さだし、アダヒメが用意してくれたのか(くし)や油取り紙、タオルなどこまごまとしたものも用意されている。

「じゃ、じゃあ寝ようか……キリちゃん? ふふ、もう寝てる」

 小柄なキリコを毛布でつつんでやり、自分も寝床につく。
 外では男子たちが、寝入るまで色々まだまだ話してるみたいだった。自然と耳をすませば、睡魔に引っ張られながらも仲間たちの笑い声がはっきり届いてくるのだった。

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