翌朝、スズランたちはサイモン村を立った。
シオンはぎこちなくも丁寧な挨拶で見送ってくれた。
その姿が見えなくなると、いよいよ街道はアイゼン皇国へと真っ直ぐ伸びてゆく。
同時に、マモノたちがすぐに行く手を遮り、フロワロがその影を赤く染める。
あっという間に戦闘になったが、スズランは妙に落ち着いている自分に驚いていた。普段のように動揺もしなかったし、身が
自然と流れる歌は、アダヒメが旋律を寄せて合わせるほどに透き通っていた。
「あ、あれ……歌えてる? いつもよりずっと、歌が広がってる」
「スズラン、そのまま。いい歌ですわ、そのリズムにわたしを導いて頂戴な」
「は、はいっ! アダヒメ様!」
信じられないほどに、いつもより声が豊かに膨らみ熱くたゆたう。
自分がプリンセスとして成長しているのかと思えば、それを過信だと思っても歌は正直だった。以前よりも高いレベルで空気が震える。否、震えるように踊っている。
歌とは、声とは、大気を通して聴いてる全てを連舞に誘う調べた。
「あれ? なんかスズランの歌が変わった……前よりもっと、力が込み上げる!」
「むいっ! 凄く凄い歌なのです! これなら――
キリコがボロボロの太刀を抜くなり光になる。
遅れて逆巻く疾風を連れて、彼女は敵中を駆け抜けた。
僅か一歩の、翔ぶがごとく居合の一撃、それはスズランには見えない一瞬のできごとだった。だが、キリコが刃こぼれした太刀をクルクル回して鞘に戻すと同時に、無数のマモノが血柱に変わる。
だが、そんな彼女は実は素手での格闘術の方が素養があるらしかった。
「おーおー、派手に斬り散らかしてまあ。……まだ素手では怖いか? キリ」
「むいっ! ナガミツ、わたしはまだ、技と血に身体がついてこれないのです。ですから、もう少し母様の太刀で戦うのです!」
「ま、いいけどよ……それ、買い換えた方がいいぜ? アイゼン皇国にゃ武具屋も充実してるしよ」
出番のなかったナガミツがナイフをしまいつつ、ぽんぽんとキリコの頭を撫でる。
だが、キリコはプウゥ! とふくれっ面で唇を尖らせた。
「母様の太刀がいいのです! これはまだまだ斬れるのです!」
「いや、つーか……力技で斬ってるだろ、それ。お前の命にもかかわる、その太刀はもう眠らせてやんな」
「いーやーでーすーっ! 嫌なのです! これは母様の形見なのです」
「そんな剣使ってりゃ、身体が格闘戦用に仕上がる前に死んじまうぞ? なあ、キリ」
こんな時、ナガミツが凄く優しい目をしているのをスズランは知っている。
キリコが幼く見える分、逆に極端にナガミツが老成して見えた。だが、そんな光景に胸を騒がせていると、いつもナガミツは視線に気づいて笑って見せるのだった。
その笑みが自分を安心させるだけのもので、どこかスズランには切ない。
「でもさぁ、キリさあ。その剣、もう死んでるって。寿命だよ、ボロボロだし」
「ニーナも言うですか! わたしにはこの剣が一番です! 無手の体術で戦えるようになるまでは、この剣で戦い続けるのです!」
「いやだから、それ……ま、いっか。誰にでも思い入れの得物ってあるもんねえ?」
ニーナがナガミツを見上げてニシシと笑った。
そういえば、ナガミツも不思議な武器を手にしている。これといって特徴のない武骨なナイフだが、このエデンでは鍛造できない不思議な金属でできていた。
かつての親友、マブダチから貰ったものだという。
いつも寝る前は、ナガミツは嬉しそうにナイフを手入れしていたのを思い出す。
「きもちわりーな、ニーナ。こりゃ、使いやすくていいナイフなんだよ。キリのマザコン刀と一緒にすんな」
「むいーっ! マザコンではないです! わたしはただ母様が大好きなだけです! ……たとえ、母様がわたしを嫌っていても」
「ま、いんじゃねえか? 相手が自分をどう思ってるかも大事だけどよ、キリ。自分が相手をどう思ってるかも同じくらい大切だからよ」
「ナガミツ……」
「ま、それはそれとして、アイゼン皇国行ったら買い換えようや。それ、さすがに限界だぜ」
「むいむいーっ! ヤです! ヤなのです!」
周囲でもくすくすと笑いが込み上げる。
その頃にはもう、マモノは全滅していた。
そして丘を越えると、ゆったりとした下り坂が大きな城塞都市へと続いている。
目的地のアイゼン皇国だ。
その姿を見ると、キリコが走り出して皆を振り返る。
「アイゼン皇国には羽々宮のお屋敷があるです! みんなを招待するです!」
「だってよ、マメシバ。レオパもスズランもいいか? あと『ハバキリ』の連中も」
「我々は構いませんが……しかし、いいのですか? こんな大所帯で」
「……アダヒメとキリしかいないからな、もうあの家には」
ナガミツの言葉に静かにアダヒメも頷く。
その大豪邸を継承したキリコは、自分でもまだまだ母親の死を受け止められていないようだった。あるいは、知ってて目を背けているのか。
だが、そんな彼女の不遇の時代はもうすぐ終わる。
巫女としての力の使い方,血の権能がようやくわかったのだ。
キリコは羽々斬の巫女の力を、武器に伝えることができない。
ならば、直接その身でその拳で、相手に叩きつければいいのである。もっとも、今はまだまだ体力も体格も未熟で、そのうえパワーのコントロールができない。
だが、羽々斬の剣ならぬ羽々斬の
「さて、先を急ぎましょう。……私の記憶の断片も、もしかしたらアイゼン皇国にあるかもしれませんので」
荷物を背負いなおして、ノリトがキリコを追う。
他の面々も、ゆっくりとなだらかな坂を下り出した。
そして、すぐに異変に気付く。
エデンになだたるアイゼン皇国から、生気や覇気を感じない。まるで、歩く先にある都が死の街かのようだ。鍛冶屋たちが腕を競って、そうして生まれた名刀や名具を売る商人たちが声を張り上げる。そんな光景が今は感じられない。
「……お待ちを、キリコもノリトも。妙ですね……この静まりかえりようは」
早速レオパが警戒心を尖らせる。
確かにスズランも、異様な雰囲気を感じる。
まるで死都……聞いた話とは逆に、死者の念や暗い憎悪が漂ってくるのだ。
思わず立ち尽くしていると、ポンとナガミツが背を押してくれる。
「ま、百聞は一見に
「は、はいっ! ……ふふ、変なの」
「ん? 俺が変か、スズラン?」
「だって……百聞は一見に如かず、ですよね? そこまで言えるなら最後まで覚えててもいいのに」
「ああ、だよな。なんかまだ、メモリの整理が終わってなくてよ」
また難しいことをナガミツは言った。
でも、それがスズランを安心させる言葉だと知れれば顔が熱い。
つとめて赤面を悟られないようにしながら、スズランは長い長い坂をナガミツとゆっくり歩いてゆくのだった。