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 闇を広げる竜域の深淵……ヒヨロン神水洞(しんすいどう)
 その奥へと走るキリコは、緊張に身を硬くしていた。
 覚悟はあるし、決意もある。
 なにより、巫女としての使命、宿業(しゅくごう)ともいえる歴史を背負っているのだ。
 そんなキリコの背を、ポンと軽くナガミツが叩く。

「そう身を硬くするなよ、キリ。やることは一つだ、それに」
「む、むいっ! ……それに?」
「こっちにゃ、アダヒメが第三皇妃からもらってきた秘密兵器があるからよ」
「秘密兵器、ですか?」

 ナガミツは走りながら、懐から何かを取り出しキリコに見せてくれる。
 隣を走るスズランも、その透き通る輝きに感嘆の声をあげる。

「わあ、綺麗……ナガミツ、これは?」
「適当なガラス玉でもよかったんだけどよ。こいつは真球(しんきゅう)、平たく言えば水晶の完全な球体だ。どうも、こいつをある場所に設置することで龍脈の力を借りられるらしい」
「龍脈……レイラインとも呼ばれる、風水とかのあれですね」
「そゆこった。っと、あれが例の台座か? マメシバ、先行してくれ」

 すぐにマメシバが無言で突出し、闇の中へと消えてゆく。
 その背に追いついた時、地面にはマモノの死体がいくつも転がっていた。ここにきてキリコは、仲間たちの毎日の成長をひしひしと感じる。
 最初は、みんな自分より弱いと思っていた。
 だから守らねばと思ったし、羽々斬(はばきり)の巫女としての宿命だと思った。
 だが、今は違う。
 元から強いナガミツはもちろん、マメシバもスズランも驚くほど成長していた。ともすれば、キリコに勝るとも劣らぬハントマンになりつつある。

「おっけ、安全確保。台座ってこれか? ナガミツ。なんか胡散臭(うさんくさ)い話だなあ」
「まあまあ、焼け石に水でもいいのさ。竜を斬るためなら、なんでも試してみるもんだ」

 目の前に今、明らかに人の手で象られた岩盤が燭台(しょくだい)のように立っている。
 間違いない、これが恐らく真球を飾るための台座だろう。
 ナガミツは、まるでこれからかじるリンゴをひとまず拝むような気軽さで、真球を台座の上にポンと置く。
 瞬間、静かな振動と共に絶叫が鳴り響いた。
 それはまるで、血を吐くような激痛の怒号だった。
 ビリビリと洞窟内が震える中、マメシバがスズランを守りつつ頷きをよこす。キリコも頷きを返して、はっきりとその殺意を感じた。
 この奥に、帝竜(ていりゅう)デッドブラックがいる。
 今、真球の力で龍脈を断たれて、激昂(げきこう)に怒り狂っているのだ。

「んじゃ、行くか。マメシバ、スズランを頼む。お前が抜かれたら終わっちまうからな」
「おう! 背中は任せてくれよな」
「わたしも歌います。気持ちを込めて、自分の歌を精いっぱい」

 そして、最後にナガミツはキリコへと振り返った。
 その片目がふと遠くを見るように細められる。
 不思議とその表情を見ると、キリコは胸の奥が切なくなる衝動に狼狽(うろた)えた。
 だが、ナガミツはキリコの頭をポンポンと撫でると、僅かに口元を歪める。

「キリ、お前と俺とがアタッカーだ。頼んだぜ? 俺になにかがあっても、迷わずデッドブラックを斬れ。それが俺たち、斬竜刀の仕事、使命だ」
「斬竜刀? それは、確か」
「おいおい、そんなことも忘れちまったのか? ……まあ、長い年月が経ってるからな。ここはエデン、あの日のあの時の地球は歴史と神話の彼方ってか」

 寂しそうに苦笑しつつ、ナガミツは自分に気合を入れると走り出す。
 皆がそれに続いて、キリコも駆け出した。
 その先に、恐るべき邪悪な帝竜が鎮座している。
 怖いが、逸れ以上に恐ろしいことがある。
 母が命を賭けて守った巫女の使命を、自分が失敗したら? 宿命を果たせず、伝統を守れず、なにより竜に屈してしまったら?
 だが、今はその迷いを振り切り走る。
 不意に開けた部屋に出て、頭上から害意の塊が降ってきた。

「グオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアア!」
「こいつがデッドブラックか! ……ナガミツ、こいつなんだか」
「ええ、なんだか苦し気ですね。先程の真球の影響でしょうか」

 驚きつつもマメシバはパーティの先頭で守りを固める。スズランも、どこか呻き苦しむデッドブラックを慰めるような歌を紡ぎ出していた。
 そう、巨大な目の前の竜はまるで息が上がったように身を震わせている。
 今が勝機と、キリコはナガミツに合わせて前へと飛び出した。

「しめたっ! やっこさん、本当に弱体化してるぜ! なら、今だっ!」
「むいっ! ……母様、わたしに力を……勇気を貸してほしいのです!」

 祈り願って剣を抜く。ボロボロに刃こぼれした太刀が(きら)めき、キリコの技を乗せて光を走らせた。剣閃の瞬きと共に、デッドブラックが悲痛なうめきに揺れた。
 そこにナガミツのナイフが続いて、流れは確実にキリコたちの攻勢を後押ししていた。
 だが、それも一瞬のことで……反撃に転じたデッドブラックの猛攻がハントマンを襲う。

「まずいっ! スズラン、少し下がって! 俺が二人を守るっ!」
「マメシバ、待って! 次の歌を……まだ、もう少しだけ歌わせて」

 猛烈な吹雪が全員を襲った。洞窟内の湿った空気が凍り付いて光を乱反射させる。ダイヤモンドダスト、無慈悲な氷の刃が嵐となって四人を包んだ。あっという間にキリコも全身を切り刻まれる。
 そんな中で、荒れ狂う空気にかみ殺した振動を感じた。

「クソッ、用意したトラップが……っ、おおっ! 動けよ、俺の手足! 動いてくれっ!」

 猛烈な吹雪の絶対零度に、ナガミツの悔し気な声が走る。
 瞬間、マメシバより先にキリコは前に出た。マメシバがスズランを優先して守っているのは感じていたし、事実そのための最適な立ち位置がナガミツからは遠すぎた。
 キリコは、襲い来る牙と爪を太刀で受け止める。
 瞬間、ほんの一瞬の刹那……懐かしい声を聞いた気がした。

『今までごめんなさいね、ユイ……貴女(あなた)は貴女の剣を、拳を頼りに竜を狩りなさい』

 幻聴かと思える声と共に、バリン! と太刀が砕けた。すでに限界を超えたボロボロの刃が、デッドブラックの一撃で粉々に砕ける。それは、竜のもたらす絶対零度の冷気とは違って、静かに舞い散る粉雪のように輝いていた。
 瞬間、キリコの中でなにかが振り切れた。
 今まで抑えていた衝動が、一気に爆発する。

「母様……むいいいいいいいっ! むいむいむいむいむいむいむいむいむい! むいぃぃぃぃぃっつ!」

 両手が燃えるように熱く、握った拳の痛みを全く感じなかった。舞い散る刃の破片を拾うように、キリコの拳が空を切り裂く。型も技もない、ただの駄々っ子のような乱打。だが、その一撃ひとつひとつがデッドブラックを圧してゆく。
 最後の一撃で渾身のアッパーを放つと、天井高く血を吐き天を仰いで竜は止まった。

「今だっ、キリコ! 歌に乗れ、盾に頼れ! そして、こいつを! 膝だっ!」

 スズランの歌が背を押してくれる。我武者羅(がむしゃら)吶喊(とっかん)するキリコを、マメシバがフォローしてくれている。そしてナガミツが、大口を開けてたじろぐデッドブラックへとなにかを放った。
 それは、爆薬が満載されたトラップだった。
 それをキリコは空中でオーバーヘッドキック、デッドブラックの口に放る。
 そしてそのまま両手で竜の頭を押さえて、顎門(あぎと)へと渾身の膝蹴りをブチ込んだ。
 デッドブラックは体内での爆発で全身を膨らませて破裂したあと、動かなくなった。

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