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 潮騒(しおさい)の集落、港町ゼザ。青い空と青い海とが、吹き渡る風でナガミツを洗う。
 どこまでも晴れ渡る蒼穹(そうきゅう)の彼方で、水平線はほのかに(あか)く輝いていた。その不気味な明滅だけが、誰の心をも不安にさせる。
 町の中は一見して平和だが、行き交う誰もが怯えを隠しているようだった。

「さて、船は確保できた訳だが……おい、アダヒメ」

 桟橋(さんばし)の上でナガミツは振り返る。
 目の前には今、プレロマのエメルが用意してくれた立派な船が帆をあげんとしている。三本マストのクリッパーで、貴重なものだ。
 そして、カモメが歌う中で和装の麗人もまたその船体に目を細めていた。

「ナガミツ、船で海路をお願いできますか? わたしはキリ様と共に陸路を」
「いいのか? 優雅に船旅って訳にはいかないが、陸路も砂漠越えだぞ」
貴方(あなた)は仲間と海を渡りなさいな。わたしたちもまた、砂の海を越えていきますわ」
「どっちもどっち、か……竜もマモノもうじゃうじゃいるだろうさ」

 そして、どこもかしこもフロワロに汚染されている。鮮血のように真っ赤な徒花(あだばな)は今、吹き出す瘴気でエデンを包み込もうとしていた。
 こればかりは、ハントマンたるナガミツたちにしか掃除できない仕事だ。
 ナイトのマメシバやニーナがいてくれるので、さほど消耗することもなく蹴散らすことができる。緑に満ちた水の星を取り戻すため、文字通りその身をぶつけて散らすしかないのだ。

「よし、いいぜ。俺たちで船は使わせてもらう」
「ええ。ネバンプレスで会いましょう」

 珍しくアダヒメが、握った小さな拳を差し出してきた。
 だからナガミツも、同じ様にしてコツンとグータッチを返す。
 もしかしたら、これが今生(こんじょう)の別れになるかもしれない。そして、ナガミツが海の藻屑(もくず)と消えても……アダヒメの輪廻の旅は終わらない。生まれなおして彼女の戦いは永遠に続くのだ。
 そう、全ての竜を狩り尽くすまで、ずっと。
 アダヒメ自身が選んだその凄絶な生き様に、ナガミツは敢えてなにも言いはしなかった。
 そうこうしていると、買物を終えた仲間たちも集まってくる。

「凄い船……大きい」
「スズラン、海は初めて? 俺たちは何度か海のクエストも受けたことあるけどさ」
「鎧の重さでマメシバは溺れそうになったんですよ。懐かしいですねえ」

 スズランやマメシバ、レオパも空を仰いで船を見上げる。すでに船員たちは食料の(たる)を詰みこんだりと、忙しく働いていた。船出には絶好の好天で、白い波濤(はとう)もさざなみとなって静かに寄せては返す。
 ふと、ナガミツは見惚(みと)れてしまった。
 初めて見る海に瞳を輝かせる、スズランの横顔に。
 まだまだ未熟で純真なプリンセスが、とても綺麗だと思ったのだ。

「ナガミツ、ちゃんと守ってあげるのですよ? よくて?」
「お、おう。仲間、だからな。あいつらが……俺の最後の仲間だ」
「……ナガミツ」
「自分の身体だ、自分が一番わかってる。まあ、自己診断プログラムもエラーだらけで正確にはよくわからねえけどよ」

 へらりと笑って、ナガミツは腕組み頷く。
 すでにもう、斬竜刀(ざんりゅうとう)としての切れ味は(はつ)れて消えた。今はその残滓(ざんし)が、辛うじてナガミツを竜斬包丁(りゅうきりぼうちょう)として前へ押し出す。ギリギリで戦えているのは、本当に仲間たちのおかげだった。
 そんな彼女たちの隣をまだ、歩ける。
 いつかその歩みが止まっても、連れ添う仲間たちのために這ってでも進むつもりだ。
 この身が朽ち果てるまで、その遠くはない未来が訪れるまで……全ての竜を狩り尽くす。そういう意味ではナガミツにとっては最後の旅であり、アダヒメにとっては無限に続く旅路の中の一瞬だった。

「ま、いいでしょう。それと……気付いていますの? スズランの気持ちに」
「ああ! 一生懸命に毎日、一人前のハントマンになろうと必死だ。ひたむきで健気で」
「ナ・ガ・ミ・ツ?」
「……悪ぃ、けどよ……俺には、スズランの気持ちには向き合えない」
「それでいいのです。ただ、むやみに泣かせるようなことはいけませんわ。よくて?」
「へいへい。守るし、守り切る。それに、もうあいつは守られるだけでもないからな」
「ええ。人は学び鍛えられて育ってゆく……ずっといつも同じわたしとは違って」
「あれだな、昔キジトラが言ってた『序盤からすげえ強いんだけどレベルアップしても強くはならないキャラ』だな。っと、キリたちも帰ってきたぜ」

 キリコやニーナ、そして腕組み難しい顔のノリトもやってきた。どうやらプレロマであれこれ調べたようだが、ノリトの記憶は戻らないらしい。ただ、彼が音楽を愛する優秀な学生だったことだけは知れた。
 ノリトの記憶が消えても、プレロマの同窓たちの思い出は消えない。
 ただ、色々と忘れていた黒歴史が発掘されたらしく、彼は死んだ魚の目をしていたが。

「あっ、ナガミツ! アダおばさまもみんなも!」
「おう、キリ。悪いが船は俺たちが使わせてもらうぜ? それと」
「むいっ! 話は聞いてるです。わたしたちは砂漠を超えて向かうのです! それと!」

 手を振り駆け寄ってくるキリコのダッシュが、次第に加速して本気の突撃になる。そのまま繰り出された飛び蹴りを、ナガミツは一寸の見切りで避けつつ身構える。
 言葉はそこからはいらなくなった。
 しばしの別れを、キリコも肌で感じていたのだ。
 そしてナガミツも、その別れにキリコの成長を願っていた。
 自然と組手が始まり、周囲の水夫や町人たちも集まり出した。

「むいむいむいむいっ! ここ数日でまた、わたしは強くなれたのです! ナガミツのおかげで!」
「はは、基礎の型がしっかり生きてるし、身体も出来てきた。けどまあ」
「そうなのです! わたしはまだまだ未熟! でも」
「ああ! 今度また会ったら、その時見せてくれよ……お前の、このエデンの斬竜刀の力をよ」

 敵意も憎悪もない。
 それどころか、拳を交えて蹴り合う中に互いのリスペクトを感じる。
 ナガミツは、この時代のキリコになったユイに、遥かなる過去の友人を重ねていた。彼女もまた、突然の竜災害で彼であることを奪われ、巫女の宿業(しゅくごう)を背負わされた。
 それでも、ぐずり苛立ちながらもあの時のキリコは立派に斬竜刀に成長した。
 それを今のキリコに、ユイに期待してもいいとナガミツにはわかるのだ。
 彼女が巫女の血を剣に宿せずとも、その手が、握った拳が必ず竜を討つと。

「ハァ、ハァ……むいーっ! やっぱりナガミツにはまだまだ敵わないのです」
「おう、そりゃそうだ。そんな短期間で強くなられたら俺だって(へこ)むわ。でも、強くはなってるぜ? だから、とりあえず別行動になるけど……わかるな?」
「むいっ! ナガミツが教えてくれた基礎練、毎日欠かさずやるです! 身体も鍛えて、筋肉モリモリのマッチョなナイスガイになるのです!」
「あ、いや……つーかナイスガイて。お前さんも女の子だろうによ。見せかけの筋肉じゃない、引き絞られた肉体に研ぎ澄まされた体幹、そして勝負勘を養うこった。キリならできる、やってみせろよ」

 キリコはブンブンと大きく頭を縦に振って頷いた。
 そして、やおら突然に羽織をインナーごとまくり上げる。

「むーいっ! 見てくださいです、ナガミツ! 最近は腹筋もほんのり割れてきたです!」
「ちょ、ばっかお前! みんな見てるだろ、隠せ! つーか、はしたない!」

 笑いが港を包んだ。
 目に見えぬ不安に飲み込まれていた民の誰もが、むいむいやかましいキリコに頬を崩す。それが、それこそが羽々斬(はばきり)の巫女が、そして斬竜刀が守るべき全てだった。
 そうしてナガミツはアダヒメたちと別れ、船上の人となったのだった。

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