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 波乱な空の旅路を終えて、ナガミツたちはプレロマへと到着した。
 意外な再会に今はしかし、旧交を温めている余裕はない。なにより、純粋な憎しみと怒りの権化(ごんげ)であるヒュプノスのエメルには、そんなことなど期待してはいけないかもしれない。
 それでも、ナガミツはかつて共に戦った、自分を導き使いこなした女傑を忘れない。
 そして、エメルもまた以前とは少し違う雰囲気で一同を会議室に招いたのだった。

「まずは労をねぎらおう。ご苦労だった……さぞかし大変だっただろう。そんな中、数多の困難を超えて来てくれたこと、感謝する」
「……へえ? まさか、エメルからそんな言葉を頂戴するなんてよ? なあ、アダヒメ」
「明日は槍が降りますわ。それも線状降水帯レベルで豪槍が無限に」

 エメルを挟んで、太古の昔に共に戦った二人は笑った。
 エメルもまた、そんなナガミツとアダヒメを交互に見上げてニヤリと唇を歪める。
 相変わらず竜に対しての憎悪を隠しもしないのに、今の彼女からは不思議な温かさが感じられた。冷徹な指揮官にしてムラクモ機関の総長代理、鋼の意思で狩る者たちを率いたヒュプノスは、少しだけ雰囲気が変わっていた。
 だが、エメルはすぐに表情を引き締める。

「全員座ってくれ。リツ! ナミ! これより緊急会議を開始する。資料を」

 すぐに二人の小さな学士が会議室の前方へと集まった。ナガミツの生まれた時代だったら、そこにはスクリーン状のモニターがあって、コンピューターのデータが絶え間なく表示されただろう。
 今は黒板にチョークが走り、マグネットで地図や報告書が張り付いている。
 ナミと呼ばれた少女がその地図を張りなおして書き足す中、リツが喋り出した。

「まずは現状を報告させていただきます。このエデンは今、無数の竜によってほぼ完全に制圧されてしまいました。その証拠に、フロワロと呼ばれる毒の花が惑星全土を覆っています」

 それはナガミツたちも見てきたし、微力ながら全力で駆除してきた。帝竜(ていりゅう)も倒したし、フロワロの影響で活性化したマモノも駆逐してきた。
 カザン共和国からミロス連邦、アイゼン皇国を解放できた。
 ほんのわずかな面積だが、人類は……ナガミツたちハントマンは、自分たちの生きる土地を奪い返していた。今この瞬間も、同胞たちが戦っている。
 その最前線にいる自覚を覚悟に変えて、ナガミツはリツの言葉に耳を傾けた。

「この未曾有(みぞう)の竜災害に対して、エデンの人類は一つに団結して挑む必要があります。というか……一つになれねば間違いなく、人類は滅びます」

 リツの言葉尻を拾って、資料の束をめくりながらナミが言葉を挟む。

「カザン共和国の執政官、メナス様からのメッセージは確かにお受けしました。今こそ世界協定……エデンの全ての国々が歩調を合わせる時です。それが失敗すれば――」

 その時こそ、エデンは……地球という名を忘れた星は消し飛ぶ。
 海も大地も真っ赤なフロワロに染め上げられ、竜が生命をむさぼるだけの家畜惑星と化すのだ。事態はすでに、ナガミツが生きていた西暦時代よりも深刻である。
 エデンの人類文明は、明らかに過去の西暦よりも後退している。
 ハントマンとして戦う者たちの戦闘力だけが頼りだ。
 近代科学の粋を極めた2020年代の人類ですら苦戦した、首の皮一枚で勝利をもぎ取ったのが数千年前だ。そして、今はそれを奇蹟だ神話だと信じるレベルの人類たちが果敢に戦っているのである。

「その、ちょっといいでしょうか」

 居並ぶ学士の一人が手をあげた。
 エメルが発言を許可すると、初老の男は書類の束を手に立ち上がる。

「部下のファロに命じて、船を手配してあります。ネバンプレスにも是非、世界協定に加わっていただかねばならないかと。エメル様、御采配を」
「ふむ、確かに……だが、ルシェ王が素直に首を縦に振るかどうか」
「彼らとてフロワロに苦しんでおりましょう。もはや、セクト争いをしている余裕はありません。人間もルシェも、同じエデンに生きる民……希望は持てるかと」

 そこで初めて、ナガミツは知った。
 この時代ではすでに、ルシェは地球人類の亜種として共存しているのだと。たとえそれが些細な見えない壁で互いを隔てても、同じ空気を吸って同じ大地に立っている。西暦時代は幻の民、ともすればマモノと同等の扱いでもあったのだが……ふと、マリナやカルナのことが懐かしくなって、ナガミツは腕組み頷いた。
 遥か太古のアトランティス大陸で生きていたといわれるルシェもまた、久遠(くおん)(とき)を経てこのエデンに血を残していたのである。その証拠であるアダヒメが立ち上がって周囲を見渡した。

「そういう訳でしたら、わたしたちがネバンプレスに(おもむ)きますわ。わたしもまたルシェ、それにレオパやスズランもいてくれます。ルシェ同士、腹を割って話すこともできましょう」
「うむ、そう頼むつもりだったが……行ってくれるか? ハントマン諸君」
「もちろんですわ、エメル。この身はすでに竜殺装置。全ての竜を狩り尽くすまでわたしの輪廻は終わりませんの。そして、それをわたしは貴女(あなた)に願ったんですわ」

 こうして会議はエメルを中心に、よく働くリツとナミの手で具体的な未来を描き出していった。あとは、この未来予想図を現実にするのがナガミツたちの仕事である。
 船は用意できるが、陸路でもルシェたちの国ネバンプレスには辿り着ける。
 問題は、陸路も海路も倒すべき竜の巣窟であることだ。
 そのことを説明しつつ、エメルが命令に等しい要請を口にする。

「そういう訳で、貴様らには二手に分かれて海と陸の竜を駆逐してもらう。ちょうど四人と四人、二つのギルドだから都合がいいだろう。危険度はどっちも同じ……負ければ溺れて死ぬか土に還るかだ」

 当然だが、ナガミツたちの返事は決まっていた。なにより、ナガミツより先にマメシバやキリコが勝手に承諾してしまった。頼もしいやら無鉄砲すぎるやら……だが、ナガミツに異存はない。
 最後の旅が始まる。
 立ちふさがる竜はこれを全て、撃滅、勦滅(そうめつ)する。
 リトルドラグ一匹すら残さず、完全に駆除して殲滅する。

「よし、では今日はゆっくり休め! 会議を終了する。……ナガミツとアダヒメ、貴様ら二人は残れ。その、なんだ、まあ……う、うん、えっと、は、話がある」

 エメルが見た目通りの不器用な子供に見えた。それでも会議が終って、学士たちは新しい仕事を得て出てゆく。事情を察したレオパがナガミツに視線で頷いて、マメシバやキリコ、スズランといった仲間を外へと連れ出してくれた。
 そして、白熱の議論が行き交っていた会議室に静寂が訪れる。
 次の瞬間、エメルはナガミツに抱き着いてきた。
 体格差があり過ぎて、ナガミツは抱擁されたことに最初は気付けなかった。

「よく目覚めてくれたな、斬竜刀(ざんりゅうとう)。馬鹿者が……こんなにボロボロになってまで」
「おいおい、調子が狂うぜ。エメル、あんたはいつも通りどっしり構えててくれよ。俺は全ての仲間と約束した。最後の最後まで竜からこの星を……世界を守るってよ」
「それでもだ! 私には貴様に、貴様たちに報いる(すべ)がない。アダヒメ、貴様もだ」

 ナガミツの胸で泣き出したエメルは、確かに以前よりも柔らかくて温かかった。ナガミツはだから、そっと抱き返して頭をポンポンと撫でる。
 呆れた様子を一瞬見せたが、アダヒメも笑顔をこぼした。

「エメル、この身の呪いはわたしが望んだもの……貴女がくれた祝福を得て、わたしは最後の瞬間まで竜を撃滅しましょう」
「……何周目だ、アダヒメ。貴様は……私の呪いで何度の転生を繰り返しているのだ」
「幾千幾万、そのあたりからは数えていませんわ。でも、エメル……わたしは感謝しているのです。いつもいつでも、いつまでも……わたしはキリ様をおそばで支えられるのですから」

 ナガミツは驚きを受け止め、意外だと思う自分に当然だと呟いた。
 憎しみのヒュプノスであるエメルもまた、何度も消滅と発現を繰り返す中で学んだのだ。否、感じてきたのだろう。(かな)しみも(いつく)しみも、そして自分の非情な罪をも。だからナガミツは、今は黙って小さな女の子を抱きしめるのだった。

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