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 船での旅が終ろうとしている。
 ナガミツたちを乗せたクリッパーは、静かに入港して()を降ろした。
 ここは帝国領バ=ホ、一定の自治を許されたいわゆる直轄領である。ここからは陸路になるが、砂漠を超えるよりも消耗は少ないだろう。
 今まさにこの時、仲間のキリコたちが砂の海を進んでいるだろう。

「俺たちの方が先についちまうかもな。って、おいマメシバ。なんて顔してんだよ」

 船を降りたナガミツが振り返ると、年相応に不満げな表情の騎士が一人。マメシバはどうやら、先日立ち寄ったマレアイア群島国での話が気になるらしい。
 それでも彼は、相棒のレオパに背を押され上陸する。
 カモメが鳴く潮騒(しおさい)の港は、青空の下で働く水夫たちが忙しそうだ。
 この上なく好天な上に、風も穏やかでナガミツも痛みを感じない。これが痛みかと、今は人間への理解度が実感になってむしろ少し嬉しいつもりでもある。

「なあ、ナガミツ。やっぱり俺たち……」
「その話はもう、何度も船でしただろ? 今は世界協定の締結を後押しする方が先だ」

 そう、何度も話し合った。
 若く血気盛んな一面もあるマメシバは、その都度(つど)ナガミツに諭され納得はしていた。基本的には実直で生真面目で、そして利発的な少年である。
 同時に、頭で理解したとて、心に(くすぶ)る優しさは燃え続けているのだ。

「でも、こうしている間も帝竜(ていりゅう)が、ドレッドノートが島の人たちを」
「……ああ、わかってる。けど、女王たちも無防備ってわけじゃねえ。それに、あの妙な塔に近付かなければ被害は減らせるさ」
「減っても、なくならないんだ! ……わかってる、ナガミツの判断は正論だよ」

 実は、先日マレアイア群島国に立ち寄った時、ナガミツたちは女王に謁見を許された。そこでは労をねぎらわれ、ささやかな祝宴で歓待されたのだった。
 だが、一介のハントマンをもてなしたのには理由があったのだ。
 実は、森の奥にフロワロが茂る中、古代の巨塔が並んでいるという。そこに今、恐るべき帝竜が棲みついてしまったというのだ。
 ――ドレットノート。
 太古の言葉で『勇猛なる者』という意味の、凶暴で野蛮なドラゴンだという。
 その討伐を引き受けはしたが、ナガミツがそのミッションを一時保留にしてほしいと話したのだ。もちろん、いつかは倒す。あらゆる竜を狩り尽くす、これはナガミツの存在理由でもある。
 だが、今は無理だ。

「悔しかったら、強くなろうぜ? 今はまだ危険だ。俺がちょっと斥候(せっこう)に出たけどよ、かなりマモノのレベルが高いし、複雑な迷宮だった」
「でも、俺たちなら……俺だって、前よりずっと強くなってる! 装備だって!」
「仕事の順番を間違えるなよ、マメシバ。それにな」

 以前も、ゴウガ竹林の強敵である帝竜オルグドラゴニスをあえて避けた。ナガミツはハントマンとしての職歴は浅いが、何百年も前から竜を狩ってきた戦略眼がある。伝説の『狩る者』と呼ばれても、常に警戒し盤石な体制をもってあたるのが当然だと思っている。
 少しでも不安要素があれば、負ける。
 竜への敗北はすなわち。不可避の死だ。
 今は無理に強敵に挑むよりも、世界協定の締結を優先するべきだと判断したのだ。

「ネバンプレスには、キリコたちに行ってもらえば……そのための別行動でもあるんじゃないか? なあ、ナガミツ。俺、耐えられないよ。俺の中の騎士道がそう(ささや)くんだ」

 今のマメシバが俯き奥歯を噛んでるのを見ると、不思議とナガミツは昔の仲間を思い出す。遥か過去、大昔……ナガミツと共に斬竜刀として戦った、あの時代の羽々斬(はばきり)の巫女を。
 無鉄砲で、義務感と責任感の塊で、そして苛立ちを抱えながらも民のことばかりを考えていた。姉の全てを詰め込まれた少年は、竜とみれば見境なく挑んでゆく時期もあった。そんな彼女の……彼のことがふと脳裏をよぎる。

「ゴメン、ナガミツ。もう、ケリのついた話だったよな。むしかえしちゃってさ、俺」
「いや、いいんだ。俺も気持ちは同じ、みんなも一緒だ」
「はは、だよな……少し頭に血がのぼってるんだ、俺。先に行ってる! 宿を取ってくるからさ! レオパたちと買物にでも行っててよ」
「おう」

 マメシバは鎧をガシャガシャ歌わせ走り去った。
 彼とて年頃、子供というには騎士の自覚が強くて、大人というには騎士の矜持(きょうじ)が重すぎる。でも、それは誰もが同じだ。ナガミツだって、起動直後は自分を組織の備品と称していたのだ。
 そして、人は変わる。
 成長できる。
 それを教えてくれた少女の想いが、今もナガミツの中に熱い。
 だからだろうか、レオパに続いて降りてきた少女の気持ちに気付けないでいた。それは彼女自身もわかっているのだが、そのことすらナガミツは察することができない。

「ナガミツ、あのね」
「お、おう、スズラン。大丈夫だ、あいつだってわかってはいるんだ。それに、俺だって」
「うん、それはわたしもレオパも同じ」

 レオパも荷物をまとめつつウンウンと頷く。
 ナガミツはそれも、痛い程に感じていた。
 痛みという感覚、その多様さと心身への影響……そういうものが最近は、知識ではなく実感で感じられるのだった。
 レオパはナガミツにまあまあと笑顔で向き合い、ポンと肩を叩く。

「ナガミツ、あなたは正しいですよ。的確な判断、正論だというのはマメシバも理解しています」
「ああ、それは俺もわかってる……へ、変な話だけどよ、感じている」
「ただ、正しさというものは時として、人を救えません。正しさだけでは誰も救えないんですよ」

 レオパが珍しく意味深な発言をして遠くへ視線を放る。水平線を見詰めながら、彼はまるで回想の中に膿んだ傷をもっているような横顔を見せた。もしかしたら過去に、レオパも苦い経験があるのかもしれない。
 正しさだけでは誰も救えない。
 それこそ正論かもしれないし、真理とも言える。
 それでも、ナガミツにも譲れない想いはあった。
 感情という概念が自分にも宿っている、それも遠い昔の時代に仲間たちが……なにより、一人の普通の女の子が教えてくれた真実である。

「……わかってる。俺もマメシバもわかっているんだ。でもよ」
「で、でっ、でも! わたしなんかがこんなこと言うの、変かもだけど」

 突然、レオパの前に出てスズランが迫ってきた。彼女は精一杯に背伸びして、ナガミツの鼻先に顔を近付けてくる。

「ナガミツ、わたし思うの……それでも、正しさという星を見上げて手を伸ばさないと、誰だって前に進めないんじゃないかなって」
「正しさは、星か。プリンセスらしいな、いい詩篇(うた)じゃねえか」
「今は届かない星でも、ちゃんとナガミツもマメシバも手を伸ばしてる。その光を目指して前に進んでるって思う。上手く言えないけど……正しさはちゃんと大事で大切なことなんだって」

 あうあうと要領を得ない言葉だったが、その熱がナガミツの胸を打つ。
 正義を貫くとか、大義を掲げるとか、そういうことは経験もないし望んでこなかった。ただ、人のために隣を歩いてきた。障害があれば一歩前に出て隣人の盾になってきたのだ。
 そんなナガミツの数百年に、数秒の一言が刺さって溶けて交じり合う。

「帝竜は……ドレットノートは、いつか必ず潰す。けど、今は」
「うん。今は、できることを精いっぱいやろう? レオパも。そして多分マメシバも同じ気持ちだよ」

 その時、波止場の向こうで手を振り叫ぶマメシバが見えた。

「おーい、みんな! すっげー宿取れちゃったぜ。今夜は少し贅沢しよう!」

 無邪気に全身で笑うマメシバにもう、覚悟のしこりはなかった。彼の騎士道は時として正しさにぶつかるし、正論に口を(つぐ)むことしかできない時もある。それでも彼は、そんな自分を仲間ごと信じていると、今のナガミツには頭ではなく心でわかるのだった。

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