ナガミツたちは確実に、ネバンプレスへと歩を進めていた。
途中で新しいポータルを発見し、半日がかりで四人で再起動に成功した。そこからさらに進んで、一行は帝国領の監視キャンプまでたどりついていた。
ここまでくれば、ネバンプレスはもう目と鼻の先である。
だが、思わぬトラブルにナガミツたちは巻き込まれた。
「よぉ、お前たちはハントマンだろ? ネバンプレイスに向かってるらしいじゃねえか」
不意に、帝国兵の一団に声をかけられた。
これから世界協定の
「本国に向かうならまあ、なあ?」
「ああ、俺たちに通行料くらい払ってもバチは当たらねえ」
「そうそう。俺たちが毎日監視の目を光らせてるから、お前たちは旅ができるんだ」
面倒なことになってきた。
だが、ここでことを起こせば今後に響く。ネバンプレスにも世界協定に加わってもらうための、いわばナガミツたちは使節団でもあるからだ。
それは皆もわかっていたし、一番大人な対応を選んだのはレオパだった。
「これはこれは、兵隊の皆様。毎日本当にお疲れ様です。これは少ないですが」
なにかを言おうとしたマメシバを手で制して、温和な笑顔でレオパが財布から硬貨を数枚取り出す。兵隊たちが一晩酒場で騒げるだけの金額だ。
納得はできないが、今はナガミツもしかたないと思う。
ハントマンにとっては、決して少ない金額ではない。
こりゃ、今夜は安宿で夕食も必要最低限だな、そう思ったその時だった。
「ああ? お前ら、例の『スノウドロップ』ってギルドだろぉ?」
「帝竜も
「それとも……そうだな、そこのプリンセスの姉ちゃんに付き合ってもらおうかな」
「あー、いいねえ! 歌とお酌で俺たちを癒してくれよ、お・ひ・め・さ・ま!」
兵隊たちはニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら、レオパの渡した金銭を地面に投げ捨てた。同時に悲鳴が響いて、スズランの細い腕を兵隊の一人ががっちり掴んで引っ張る。
まずい。
ナガミツは冷静を装いつつ、対処の選択肢を高速で演算した。
基本的にナガミツは、人型戦闘機は人間に対して危害をくわえることができない。それは、ナガミツを生み出した西暦の時代が神話になった今でも変わらないのだ。ナガミツたちは常に、人の隣を共に歩む者。全身ガタがきてるのに、本能的な基本プログラムは今でもナガミツにそのことをしっかりと自覚させていた。
おやおやと笑顔を崩さず、レオパが金を拾おうとしたその時だった。
「レオパ、拾わなくていい! ……この人たちに拾わせるんだ。それと!」
剣こそ抜かなかったが、マメシバは
ナガミツはそこに、意外でもあり当然と信じれる驚きを感じていた。
マメシバは礼節にのっとって、声こそ厳しいが
そう、あのマメシバが頭を下げたのだ。
血気盛んで元気の塊で、騎士道をなによりも憧れ重んじるあのマメシバ少年が。
「どうか、一時の滞在をお許しください。それと、彼女を……スズランを放してやってください。誇り高き帝国の兵士が、このような無礼は……あなた方の
頭を下げて懇願するマメシバの手が震えている。握った拳の、その中に食い込む爪の痛みがナガミツには伝わってくるような気がした。
だが、
もんどりうって倒れるマメシバに、罵倒が浴びせられる。
「へっ、ナイト気取りかよ! このガキがっ!」
「所詮ハントマンなんざ、無宿無頼の
「ま、とりあえずこのネーチャンは借りてくぜ?」
「よーし、野郎共! 今夜は派手に騒ごうぜー!」
やはり駄目かと、ナガミツは一瞬で身構えた。
人間とは、醜く卑劣な一面を抱えている。種族として、生命体としてそういうふうにできているのだ。夢や希望といった眩しさも、エゴと欲から生まれるものである。だから、同じ様にこうした無礼や無情の態度も吹き出しあふれる。
昔からずっと知っていた。
それでも、そのことを律して前を、上を向く人間をもうナガミツは知っている。
胸の中で彼ら彼女らが生きている限り、ナガミツは人間への失望に抵抗し続けるのだ。
だが、さすがにこれはと思ったその時だった。
「……ナイト気取り、じゃない。俺はナイト、騎士道に
マメシバは立ち上がると、剣を抜いた。
盾を構えて、しっかりとした足取りで兵たちに向かってゆく。
その気迫に、相手は動揺も露わで足並みが乱れていた。
「スズランを放せ! そして、恥を知れ! 帝国兵の誇りと尊厳はどこに捨ててきた!」
「え、あ、お、う……ま、まあ待て、待てって。俺たちは穏便に……もっと通行料を」
「金か! まだそれを言うか! レオパが、友が差し出した気遣いを討ち捨てたお前たちが! まだ金の話をするのか!」
一触即発の空気が弾けて爆ぜた。
そして、その中で破裂した怒りの持ち主はマメシバではなかった。
「ふーん、やるじゃん。マメシバのそゆとこ、アタシは好きだなあ」
聞きなれた声に振り返った瞬間、ナガミツは見た。
走って跳躍と同時に、スズランを拘束する兵士に渾身のドロップキックが炸裂する。そのまま空中で一回転してズシャリと着地するのは、金髪をツインテールに結ったナイトだった。
「ッ! ニーナさん!?」
「やっほー、おひさ! ……こんな連中、マメシバが手を出すまでもないよ」
「でも」
「マメシバの剣は竜とマモノを切り裂き断ち割る。マメシバの盾はあらゆる脅威から仲間を守る。こういう三下相手に振るっていいもんじゃないからさあ」
ニーナは剣も抜かず、盾も背負ったままで兵士たちを殴った。しかもグーで。慌てて応戦する兵士たちを、千切っては投げて無力化してゆく。
その隙にナガミツは、咄嗟に突出してスズランを抱き寄せ下がった。
背中で聞いたのは、頼りになる友の声。あの日二手に分かれて今、二つのギルドはネバンプレスを前に合流の時を迎えていた。
「んー、怪我人が出てますねえ。私は医者なので、治療してさしあげましょう。……その前に。レオパの金を自分で拾え! 久々にド
「むい! わたしは
砂煙の彼方、灼熱の砂の海を越えて今……ギルド『ハバキリ』の四人がナガミツたちに並んだ。向こうも大変な旅路だったらしく、皆がボロボロである。
だが、薄汚れた着物のままでも、アダヒメの声は凛として響いた。
「恥を知りなさい! その上で……女を欲するならわたしがお相手しますわ。我が歌は竜を滅して魔を断つ歌……スズランに手出しなど許さなくてよ!」
アダヒメの言葉に、兵士たちはほうぼうに逃げ出した。正直、ナガミツはほっとした。腕の中で振るえるスズランは無事だし、並んだアダヒメがポンと背を叩いてくれる。
こうして合流した『スノウドロップ』と『ハバキリ』は、その夜の宿で再会を祝して語らったのだった。