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 ネバンプレスにて、無事にナガミツたちはルシェ王への謁見(えっけん)を終えた。
 世界協定の締結に際して、王は条件を出してきた。ナガミツたちには新たな試練が課せられ、今はその苦難に挑戦するために宿で身体を休めている。
 皆が寝入った深夜、宿の中庭でナガミツは自分の状態を確認していた。

「現状。稼働率31%……まずいな。システムの自己修復率が下がっている」

 もうすでに、人型戦闘機としてのナガミツは耐用年数の限界を超えていた。かつての斬竜刀(きゅうち)の切れ味も失われてひさしく、その技はゆっくりとキリコに受け継がれつつある。
 だが、新たに斬竜刀ならぬ『斬竜拳(ざんりゅうけん)』の道を駆けあがる彼女がナガミツには眩し過ぎた。
 この竜災害もやがて伝説になり、いつか神話になる。
 その時の主役は、外法(げほう)ながらも太刀を取らぬ無手の巫女による英雄譚だ。
 日々弱ってゆくナガミツには、仲間のハントマンAくらいがせいぜいだろう。

「まあでも、それも悪かないぜ。な、そうだろ?……フィー、キジトラ」

 星空を見上げて、独り言ちる。
 もはや外装も破損状況が厳しく、片目も失われた。マントに身を隠しつつ、仲間たちには極力不安を与えないように気遣う日々が続いていた。
 終りの日は、近い。
 だが、それは明日ではない。
 まだまだ遠いその日を遠ざけながら、一匹でも多くの竜を狩る。
 それが、エデンで最古の『狩る者』の使命だとナガミツは自分に言い聞かせてきた。その心が折れることはない。()じれて曲がって削れても、決して折れないと思い出が保証してくれている。
 そんなことを思いつつ、そろそろ床に入ろうかと思ったその時だ。

「ん? あれは……ノリト? なにやってんだ、アイツは」

 宿に戻ろうとしたが、ふと見慣れたパジャマ姿の青年が歩み寄ってくる。その手には、リュートが握られていた。彼は庭石の一つに座ると、どこかぎこちない様子で楽器を構えた。
 そして、静かな夜に染みわたる旋律。
 ノリトにこんな特技があるとは、ナガミツは知らなかった。
 同時に、昔のノリトを思い出す。
 太鼓を叩くゲームで、親友とガチバトルをしていたノリト。
 気障(きざ)でかっこつけで、それでいてオモシロキャラだったノリト。
 初音ミクの大ファンで、都庁や国会議事堂で出会う都度(つど)、推し活をしていたノリト。
 それがもう、遥か数百年も昔の過去、歴史ですらない忘却の時間なのだ。

「いい曲じゃねえかよ、へへ。……人間ってやつはすげえな。継承される血筋、受け継がれる意思。その間を取り持ち、隣を歩くのが俺たちなんだけどよ」

 ふと、その時に宿の二階で一室に光が灯った。
 それは、カーテンと窓が開かれ柔らかく広がってゆく。
 その中に立った影は、ノリトの音楽に即興の(うた)を乗せて歌う。
 スズランの声が、静かに優しく皆の眠る夜に浸透してゆく。
 まるで子守歌のような、しっかり聴こえるのに(さあしゃ)くようで、(つぶや)くようなのに胸に鳴り響く。思わずナガミツは、拍手しつつ二人の前に歩み出た。

「あっ、ナガミツ……ご、ごめんなさい、真夜中に。不思議な音楽が聴こえてきて、気付いたらつい。ノリトもごめんなさい、でも我慢できなくて」
「いえいえ、お気になさらずにプリンセス。とても素敵な歌でした。そう、夜露に揺れる一輪の月見草のような」

 うわ、気障なとこまで遺伝してるとナガミツは苦笑した。そのナガミツが中庭に一緒にいたことに気付いて、ノリトは照れくさそうに演奏の手を止める。

「故郷のプレロマで、友人たちが……覚えていないんですけど、昔友人だった方々が教えてくれたんです。どうやら俺は……私は、ギターやリュートが好きだったようで」
「だろうな。で、どうだ? なにか思い出せたか?」
「いえ、なにも。ただ……この手は全てを覚えていてくれたみたいですね」

 そう言って、ポロロンと楽器の弦を歌わせるノリト。
 スローテンポのアコースティックは、確かにあの日に巡音ルカが歌っていた歌だ。ノリトという男、推したら最後、どこまでも誰でも推す男である。たしか、キジトラがいつも対戦格闘ゲームでナガミツをハメ殺すプロレスキャラの必殺技と同じ名前だと思う。
 ダブルラリアット……ガチバトルで親友は手加減をすることがあったが、手を抜いたことは一度もなかったのが懐かしい。

「今夜、夢を見たんです。不思議な夢でした」

 演奏しながら語るノリトの声に、スズランのハミングが重なる。それ自体がもとから一つになるための空気の振動に思えた。ナガミツも、よく昔のノリトやアヤメがカラオケで歌ってた記憶が浮かび上がる。
 避難民のためにと、二人は東京中を駆けずり回ってカラオケボックスの機材を集めたのだった。

「なんかこう、賭博場のような? いえ、薄暗くて小汚いのに、沢山の光があふれてて。多分、なにかの社交の場、闘技場? そんな雰囲気の中で私は二人と遊んでいました」
「ゲーセンだな、そりゃ。ったく、都庁にも国会議事堂につくっちまうからな、あいつ」
「そう、ナガミツともう一人……バンダナの男がいて、それはもう愉快痛快で」
「遊びの天才だったからな。あれはもう、才能を超えて神の悪戯(いたずら)としか思えねえよ」

 そっと、腰の相棒に手をやる。
 武骨でなんの変哲もないナイフが、ナガミツの手に体温を感じさせた気がした。
 そんなものはないけど、かつては存在したのだと訴えているようだった。
 スズランも興味深そうに窓から身を乗り出す。

「素敵な夢ですね……やっぱり、男の子同士っていいですよね」
「うん? ああいや、それはなスズラン。ニーナが聞いたら誤解していじられるぞ」
「そ、そうなんですか? ナガミツ。でも、男の子たちの遊びって、混ぜてくれても空気が違う、やっぱり女の子なわたしはお客様な感じってありましたよ」
「あー、そういや逆もあったぜ? 女の子同士の場だと俺、居心地悪いこともあった」

 そんな話をしていると、ノリトがシャラランとリュートを鳴らして立ち上がる。
 彼は月夜の光にキメ顔でドヤった。

「今の旅はスズラン、遊びではなく戦い、そしてお客さまではなくお姫様です。皆で守り、守られて戦いますよ……マイ・プリンセス。ほ、ほらっ! ナガミツも! 早く!」
「えっ? いや俺、そういうガラじゃねえしよ」
「こういうのはノリが大事なんです! いいから早く!」

 ノリトが姫君に仕える騎士のように、片膝を突いて頭をたれる。
 なんだかなあと思いつつも、ナガミツもしぶしぶそれに(なら)った。
 そんならしくなさが、スズランを赤面に見悶えさせた。
 だが、ありゃ? と思ってナガミツは素朴な疑問を呟く。

「つーか、ノリト。ギルド『ハバキリ』にはアダヒメがいるじゃねえか」
「ナガミツ、いけませんよ? 音楽には沢山のジャンルがあるのです。スズランの透き通るようなクリスタルボイスもあれば、アダヒメ様のような力こそパワー! みたいな歌もあるでしょう。好みの問題ですヨ」
「なるほどな! それだったら俺でもわかるぜ。まあアダヒメのやつは……あいつの歌は――」

 その時だった。
 宿の向こうからバキボキと指の骨を鳴らす声が聴こえてきた。

夜更(よふ)かしする悪い子はだれかしら? キリ様以外はわたし、許さなくてよ? よくて?」

 アダヒメの全てを聴いてたかのような言葉に、ナガミツとノリトは全力疾走で自室に戻った。だが、メモリの整理のためにベッドで休眠状態に移行したナガミツは、しばらくアダヒメとスズランが歌い合う子守歌に優しく包まれるのだった。

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