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 かくして、『スノウドロップ』と『ハバキリ』の冒険が再び始まった。
 かに、思えた。
 だが、実際に彼ら彼女らが手を付けたのは、過酷な鉱山での労働だった。ルシェ王はデ=ヴォ砂漠に居座る帝竜(ていりゅう)フレイムイーターの討伐を世界協定締結の条件にしてきた。
 しかし、今のナガミツたちは真逆の方向、北のメルライト鉱山だった。

「むいっ! むいむいっ! とにかくドンドン掘り進むのです!」
「おーい、キリよう。最初から気張り過ぎると、息があがっちまうぞ?」
「大丈夫です! はやくみんなに、メルライト鉱石の装備を使ってほしいのです!」

 無手の体術を開眼しつつあるキリコは、言ってみれば人間掘削機(ブルドーザー)である。薄暗い中、ランプを掲げるナガミツはその馬鹿力に感心していた。
 それに、しばらく離れていた期間での成長に驚く。
 ふと、自分に力の使い方、力を技へと昇華させる術を教えてくれた男を思い出した。

「ガトウのおっさんも、こういう気持ちだったのかもしれねえな」
「むいむいーっ! あ! ナガミツ、拳に違う手ごたえがあったです」
「おっ、でかしたキリ! ちょっと待ってろ、どれどれ」

 力仕事はキリコがあらかた片付けてくれたから、ここからはまたナガミツの出番である。
 そっと岩盤に手を当て、コツンと額をぶつける。
 消えつつあるセンサーの解像度をフルパワーで引き揚げ、その土地の声を聴く。
 下たる水の音。
 地中をうごめく生物の息遣い。
 その先に、まったく地質の違う鉱脈の存在がなんとか感知できた。
 そこから自分でさっさと掘れたのは、今は昔の話だった。

「おーし、方角はあってる。ドンピシャだぜ、キリ」
「むいっ! 引き続きガンガン掘るです!」

 さすがに周囲の鉱山労働者も(あきれ)れている。というか、ハントマンの、キリコの膂力と胆力に若干引いている。小さな両の拳が、岩を砕いて土を消し飛ばす。その圧倒的な突進力に、気付けば見物人の小山が出来ていた。
 そして、その中から一人の女性が歩み出た。
 細身にビキニアーマーだが、細腕に不釣り合いな巨斧(グレートアクス)をかついでる。

「ありゃ? へー、なんともまあ珍しい……ナガミツじゃん?」

 突然の声に聞き覚えがあって、思わずナガミツは振り向いた。
 そこにはなぜか、あの時行方不明になったかつての仲間がいた。

「え……チサキか? お前どうして……は? わ、訳がわからねえ」
「まーまー、細かいことは置いといてだな、兄弟」
「誰が兄弟だ、気色悪ぃ! ……でも、久々だな。会えてうれしいぜ」
「っしょ? いやねえ、あんまし寒いから防具を新調しようと思って」

 その女の名は、チサキ。両性を併せ持つ体に宿った、不可思議な存在である。以前、初めて東京が竜災害に襲われた時、ムラクモ機関の構成員で『狩る者』だった。
 東京タワーでの決戦時に、13班のために血路を開いて以降……消息不明。
 でも、確かにナガミツは時折その話を聞いていた。
 恋人だった少女は、今もどこかでぶらぶらしてるよと笑っていたのだ。
 そのチサキが、数百年ぶりに目の前に現れた。
 これは驚かずにはいられない反面、妙な安堵感に呆れてしまった。

「チサキ、お前はどういう原理でこうして……いや、それより」
「そそ、野暮なことは言いっこなしだぜー? で? ははーん、あれが当世(とうせい)の巫女様か」

 重機と化したキリコの小さな背を見て、チサキは感慨深そうにうんうんと頷く。目を細めるその瞳の輝きには、どこか優しく温かい光が満ち満ちていた。

「まー、いいんじゃない? ……あの子の母親の件には、アタシも責任を感じてるのさあ。……あの竜災害から三年とちょっと。大丈夫、今回の人類も必ず打ち勝つってばよ!」

 にまにまと笑って、チサキは腕組み頷く。
 だが、そんな彼女に驚きの声をあげる少女がいた。

「え……? あ、あなたは! も、もしかして、わたしの村を小さい頃にまもってくれた……あの時の、ハントマン、さん?」

 皆に食事と飲み物を持ってきたスズランが、その場で固まっていた。
 振り返るチサキは、その姿を見て無駄にイケメンなスマイルを返す。

「誰かと思ったら、あー、あの時のお嬢ちゃんか。どう? プリンセス、してる?」
「え、あ、はい……皆さんに助けられて、なんとか」
「よかったじゃんね! 誰かの助けを受けとるって、ちょっとした特種スキルだし」
「でも、あの、ハントマンさんは」
「あんときゃ名乗らなかったかー、チサキだよ」
「チサキさん……もう十年も前なのに、なんていうか、当時のままで」
「歳を取るってのは、今を生きる人類の特権だからね。……それにしても、綺麗になったねえ。うんうん、スタイルもいいし、なによりあの日のままの瞳の光。……じゅるり」

 慌ててナガミツは、チサキの首根っこを掴んで坑道の奥へ追いやる。その先は、全く勢いを衰えさせずにキリコが岩盤を掘削(くっさく)していた。
 声をひそめて、ナガミツはチサキに釘を刺しておく。

「スズランには手を出すなよ? そういえば思いだした……お前、割と見境ないやつだった。シイナと同じイキモノだったんだよなあ」
「酷いな、アタシはそんな、そんな……そんなだったかな? ワハハ!」
「ちょっと申し訳なく思ってくるぜ」
「あ、そでしょ! アタシに謝れー、あとなんかおごれー?」
「シイナに悪いって意味だよ、アホが。……っ、ん、ぐ!」

 昔の記憶が脳裏をよぎる。
 だが、古びたメモリの影像はノイズ交じりで音も酷い。
 なにより、最近は昔のことを思い出すだけで頭の奥が焼けるように痛んだ。
 だが、そんなナガミツの頭をポンポンと撫でながらチサキは笑う。

「随分長く、戦ってきたね。ずっと見てたよ……そして、これからも」
「チサキ、お前は」
「アタシはどこにでもいて、どこにもいない。そういうもんなんだよね。でも、アタシは確かに覚えている。ナガミツはフィーを最後まで守ったし、フィーは竜殺剣でフォーマルハウトを打ち倒した。……名前さえ忘れたこの星で、アタシは全部覚えているよ」

 昔からそうだが、このチサキという人物がナガミツは不思議でならなかった。キリコのような、神代の昔から続く血筋でもない。さりとて、普通のS級能力者(エスきゅうのうりょくしゃ)でもない。同じ(とき)を生きたものにしか認知できず、公的な記録には全く痕跡を残さない、それがチサキだった。
 本人は自分を『影のようなもの』と言って笑う。

「さて、っと。なんか、上手く炭鉱夫生活やってるみたいじゃん? それも、今日で終わり」
「むいいいいっ! むいぃ! ……出たです、ナガミツ! これはメルライト鉱石の鉱脈を掘り当てたのです!」

 思わずナガミツがそちらを向いた、その時にはもうチサキは消えていた。探して追おうにも、炭鉱夫たちが我先にと圧してきて、その人混みの中でもまれて動けない。
 ただ、大きなバスケットを持ったままのスズランは不思議と笑顔だった。

「さっきの方、チサキさんっていうんですね。また、会えるでしょうか……確かに幼い頃、わたしの村を救ってくれたのはあの方でした」
「さて、どうかねえ……けど、スズランにその気があれば会えるさ。あいつはそういう奴だから、さ」

 お祭り騒ぎでキリコが胴上げされるのを見ながら、ナガミツは心に結ぶ。
 この世には、科学や論理で解決できない存在がある。実際にあるのだから、しょうがない。それは時として残酷で冷酷で薄情……そして同じだけぬくもりや優しさに満ちている。
 チサキは旅人、この世界の時間や空間を無視して彷徨(さまよ)流浪(るろう)の人なのだ。
 そう自分に言い聞かせつつ、遂にフレイムイーター討伐への狼煙(のろし)をあげる時が到来するのだった。

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