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 世界協定は無事に締結を迎え、ハントマンたちに新たな旅が開かれた。北海航路の海図を得たことにより、あらゆる場所に船で行き来することが可能になったのだ。
 そして、世界が広がって最初にやることは一つだけだった。
 そう、まずはフロワロの駆除……格下のマモノやドラゴンも駆逐してゆく。そうして最初の一週間は、あっという間に過ぎ去っていったのだ。

「疲れた……あれ? ナガミツは?」

 極寒(ごっかん)の大地で今、二つのギルドはニギリオの宿を訪れていた。消耗品の補充も兼ねた、一休みというところである。
 露店風呂に行こうと部屋を出たところで、レオパやノリトと合流したが、ナガミツの姿がない。レオパが少し心配そうに、声をひそめて話す。

「……宿につくなり、少し疲れたから寝ると」
「あ、あれ? また? 最近のナガミツ、なんか隙あらば寝てるよね」

 この時、マメシバはまだ気付けなかった。
 (とき)という砂は黄金よりも貴重で、そして無限ではない。ナガミツの砂時計にはもう、残された時間が少ないのだとは思わなかったのである。

「まあでも、スズランがついてるから大丈夫でしょう。まずは我々も戦塵(せんじん)を払って暖まらねば」
「ノリトの言う通りだよ、マメシバ。この時間は露天風呂が男湯だから、夕食前に堪能しておきましょう」

 こうして三人は、そぞろに雑談を交えながらナガミツを心配し合った。
 ここ最近、ナガミツは小休止の都度寝ることが多くなった。間食も増えたし、だからといって不調には見えない。そう見せていないだけだが、その戦闘力は頼もしかった。
 そして、そんな彼を憂いているのはマメシバたちだけじゃなかった。
 スズランがいつも、ナガミツの背中を濡れた視線で見詰めていた。
 もしや二人はとも思ったが、アダヒメから関わらないであげてと言い聞かせられていた。

「まあでも、きっとスズランが寄り添ってるから大丈夫さ。それに、そのスズラン姫を守るのがナイトたる俺の役目!」
「張り切ってますねえ、マメシバ」
「私なんかはもう、毎日フロワロ相手にぐったりですよ。詩篇(うた)の一つも浮かばないです」

 浴衣姿(ゆかたすがた)の三人は、他の湯治客や従業員とすれ違う都度(つど)会釈(えしゃく)を交わしながら廊下を進む。外の景色へ目をやれば、雪原がどこまでも続いて静かに粉雪が舞っていた。
 思えば、随分遠くにきたなとマメシバは絶景に目を細める。
 そうして暖簾(のれん)をくぐれば、奥からカポーンと木桶の音が響いた。
 すぐに皆が皆、浴衣を脱いで温泉のぬくもりを求め歩く。

「お、いっちばーん! レオパもノリトも、早く早くー!」

 まさしく風光明媚(ふうこうめいび)、湯気に煙る露天風呂は素晴しい景色だった。軽く雪化粧したそこかしこに、懸命に冬を耐える木々の姿がある。視界は悪いが、出た瞬間からマメシバは寒さも忘れて周囲に見入った。
 そして、なぜかぼんやりと人影が浮かぶのを見た。
 誰かが湯船につかっているらしい。

「あちゃ、先客がいたか……ども、こんばんは。失礼しますね」

 マメシバという男、ナイトとしての礼儀と品格には妥協を許さない男の子だった。ちょっとした日常生活の合間でも、騎士たるものの言動には気を付けている。
 それに、今はリラックスして同じ一夜を温泉で過ごす客との挨拶も自然に出た。
 だが、岩を積み上げ囲んだ湯船の中で、聞きなれた声が振り返った。

「あれ?  マメシバじゃん。おつおつー! まあ、まずは身体洗えなー?」
「ええ、ええ。公共の浴場ではまず身を清めて……って、あ、あれ? ええええあおー!!」

 そこには、いるはずのいない華奢(きゃしゃ)な少女が立ち上がっていた。ニーナである。今はいつものツインテールをほどいて、長い長い金髪を頭の上で丸く纏めていた。
 湯煙にかくれるそのシルエットの平坦な細さに、思わずマメシバは回れ右で猛ダッシュ。
 今まさに入ってこようとするレオパとノリトを脱衣所の方へと押し出した。

「おや? どうしたんですかマメシバ、そんなに慌てて」
「い、いや! ちょっと時間をずらそう! 実は今」
「ん、ニーナですね。まあ、問題ないでしょう」

 なぜ、どうしてそうなる? マメシバの制止を振り切り二人は洗い場へと向かった。
 ニーナもなぜか、気にした様子もなく湯船から上がってくる。
 思わず両手で顔を覆ったが、ついつい指と指の間から視線が彷徨い出る。湯気でほとんど見えないが、間違いなく仲間のハントマン、ナイトのニーナだった。

「ありゃ? マメシバどした? 真っ赤じゃん。まだ温泉入ってないのに、のぼせた?」
「そ、そんなことより! 前! 前を隠してください! あと、今の時間は男湯です!」
「そそ、知ってるよん? だから入りにきたんじゃん。キリちゃんとアダヒメおばさんは内風呂の女湯に行ったよん? にふふ」

 心臓がバクバクして、今にも口から飛び出しそうなマメシバだった。そんな彼の赤面した姿に、ニチャアとニーナが薄気味悪い笑みを浮かべる。
 そして、細く白い腕が伸びてきて、マメシバの胸に触れた。

「わ、めっちゃ心臓ドキドキじゃん? どしたのかなー? にひひ」
「あ、いや、これは! と、とにかく、恥じらいとかをですね、ニーナさん」
「えー、今まで一緒に旅してきた仲間じゃん? 騎士同士仲良くやろーぜー」

 慌てて洗い場に逃げて、手ぬぐいに石鹸(せっけん)を泡立てる。
 湯上りのニーナの手は、なぜか少しひんやりと冷たかった。確か、彼女は自分のことをホムンクルスだと言っていた。だが、マメシバには頼れる仲間で、憧れの先輩で、種族なんてそこにはなんの意味もなかった。
 とりあえず落ち着こうとして、全身をまずは洗う。
 レオパもノリトも、なんの違和感も感じず整髪料(シャンプー)のボトルを融通していた。
 この異常事態になぜ……そう思っていると、背後から耳元に(ささや)くような声。

「マーメシーバくーん? 背中、流してあげよっかー! 大サービスだぞー」
「ちょっとニーナさん! さすがにまずいですよ! って、レオパ、ノリトも! 何を笑ってるんですよ! は、破廉恥(はれんち)だ……」

 だが、問答無用でシイナは石鹸を手に取ると、自分の手ぬぐいでマメシバの背を流し始めた。目の前の曇った屈みに、真っ赤な自分の顔と、その後のニーナが映っている。
 そして、ある異変に気付いた。

「おっ、古傷だらけだねえ。男の勲章ってやつだねー」
「い、いや、それを言ったらニーナさんの方が」
「わたし? ああ、自己再生するから傷跡なんて残らないぞい? ……なんにものこらないんだよね、ホムンクルスって。はい、流すよー! 次は髪洗ったげる」
「いや、そこまではさすがに……ん? え、あ、おおう……あ、あのぉ、ニーナさん?」

 なにかが背に当たった。ぷにぷにと柔らかくて、しかしツルペタなニーナの胸のふくらみではない。その感触をマメシバは知っていた。だって、マメシバにもついているから。

「あのぉ……ニーナさんて、もしかして」
「ん? わたしは男だぞい? 二代目シイナも男の娘(オトコノコ)ォ!」
「ええーっ! じゃあ、どうして女性の恰好を」
「んー、趣味? マメシバくん、女装は男にしかできないから、一番男らしい行為なのだよ、フッフッフ」

 絶句した。同時に、ホッともした。
 レオパとノリトが肩を震わせつつ笑いをこらえてる姿を見るに、二人は前から知っていたようだった。というか、マメシバだけがニーナを女性だと思っていたのだった。

「はあ、言ってくれよそういうことは。それでも、合点がいった。それでテント使わないんだ、野営の時」
「そだよー? またスズランを驚かせちゃいけないしねー?」
「我々は医術を学んでいるので、骨格を見れば多少は」
「でも、ニーナは常に鎧姿ですしね……ッ、ププ! まあ、ドンマイですよ!」

 問い詰めようにも、レオパのまなざしが酷く優しい。それがまた痛い。ノリトにいたっては都合よく記憶喪失だからと逃げるのだった。
 それでも仲間との信頼は揺らがないし、一番楽しそうにしているニーナが笑顔なので、まあいいかと納得してしまうマメシバなのだった。

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