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 帝竜(ていりゅう)フレイムイーター、撃破……とはならなかった。
 改めてナガミツたちは、ドラゴンの人智を超えた生命力に驚かされた。顔が半分吹き飛ばされたにも関わらず、最後の余力を振り絞ってフレイムイーターは逃げ出した。
 そしてもう、両ギルドには追撃するだけの余力は残っていなかった。
 残念な結果にはなったが、ナガミツたちの報告にルシェ王は賞賛を持って(ぐう)してくれたのだった。そして今、王城は久々の勝利で祝祭の宴に活気づいている。
 だが、素直にはしゃげる気分のナガミツではなかった。

「くそっ、逃がしたか……俺に以前の力があれば。なんて、言ってもせんないことだな」

 一人バルコニーで、ナガミツは炭酸水を飲みながら夜風に当たっていた。
 背後からは、まるで大勝利を祝うかのような音楽と歌声が聴こえる。
 歌っているのはどうやらアダヒメのようだ。その声音は並ぶ詩こそ勇ましく勝利をつづってたゆたうが、本心は彼女も同じだろう。
 きらびやかに弾むリズムも、どこか悔しげに聴こえてくるのだった。
 そして、背後で声がする。

「ナガミツ、お疲れ様。えっと、このへんあたりは食べられるかなって」

 振り向くと、料理を盛り付けた皿を持ったスズランがいた。彼女も、今回の討伐が完全勝利とならなかったこと。撃破したと思ったその瞬間の油断を悔いているようだった。
 ナガミツはそんな彼女をねぎらうように微笑(ほほえ)んだ。
 微笑んだつもりの不器用な笑顔に、スズランも(ほお)を崩すのだった。

「サンキュな、スズラン。よっ、と。スズランも食ったか? 食べないとこの先もたないぜ?」

 数ある肉や魚、野菜や果実の中からナガミツはりんごを手にする。それを素手で二つに割って、片方をスズランに差し出した。
 最近は経口食からのエネルギー変換率もだいぶ悪い。
 それでも、果実のあじわいは一瞬だけナガミツから疲れを優しく奪った。
 ほのかに頬を赤らめながらも、バルコニーの手すりに皿を置くとスズランもりんごを頬張る。会話はなかったが、祝祭の喧騒から離れた二人だけの時間が静かに流れていた。

「……竜って、やっぱり凄いんですね。完全に倒したと思ったのに」
「ああ。昔もこんなこと、何度かあったな。奴らは……この宇宙で最強の生物なのさ。摂理(せつり)と言ってもいい」
「ウチュウ……?」
「星の海だ。星々がまたたく波濤(はとう)の向こう、暗黒の世界から奴らはやってきた。らしい」
「らしい?」
「詳しいことはエメルとかアイテルに聞いてくれ。……ただ、これだけは言える。断言しろと昔の仲間たちが胸の奥でささやくんだ」

 まるごとりんごを半分食べ終えて、行儀悪く指をなめてからナガミツはスズランに向き合った。瞬間、楽団の演奏もアダヒメの歌もそっとどこかへ遠ざかる。
 びっくりして固まってるスズランの頭を、ポンとナガミツは撫でた。

「竜は、殺せる。奴らがどれだけ超常の上位存在であっても……倒せる敵なんだ」
「そう、ですよね。……ナガミツはそれを昔からずっと。ニーナも」
「ん? あいつは例外だ。友人? っていうか、悪友の忘れ形見みたいなもんでな。っと、(うわさ)をすれば? おーい、ニーナ。お前もこっちで――」

 隣のバルコニーに、ワインボトルを片手にニーナが現れた。普段の鎧姿ではなく、今夜は派手に露出の激しい黒のドレスを着ている。
 スズランがはわわと照れつつ、ナガミツの腕に抱き着いてきた。
 次の料理を手に取りつつ、素直にナガミツは少し下がって影の中にスズランと二人。
 そうして何事かと思っていると、意外な人物が現れた。

「ニーナさん! あ、あの!」

 馬子にも衣裳というが、あまりにも普段とのギャップがあってナガミツは目が点になった。それはスズランも一緒で、それほどまでに正装のマメシバは燕尾服(えんびふく)が似合っていなかった。だが、祝宴だからとルシェ王が用意してくれたものである。
 ナガミツやスズランはほどほどの地味なものを選んだので、あまり違和感がない。
 だが、竜殺しのナイトに夜の花、未来の希望を求める貴族たちは多かった。

「ん? どしたん、マメシバ」
「この剣のことです」
「あー、デュランダルかー。めちゃ斬れるっしょー?」
「素晴しい名刀です。……やっぱりこれは、ニーナさんが」

 その剣は、本当に何でもない場所に埋もれていた。拾ったのも偶然で、拾い物にしてはあまりにも業物(わざもの)過ぎた。デュランダル……ヨーロッパの始祖と呼ばれたカール大帝こと、シャルルマーニュの腹心である十二勇士の一人、ローランが持つ聖剣である。
 今はその伝説も御伽噺(おとぎばなし)でしかなく、誰もが忘れた神話のようなものだった。
 だが、その剣は確かに存在した。
 まるで、ナガミツたちに掘り出されるのを待っていたかのように。

「これはニーナさんが使うべきです! 俺はまだまだ、ナイトとしては未熟!」
「えー、そうかなぁ。いいじゃん、マメシバ使いなよ。わたしはもう、伸びしろないしさ」
「え、でも……伸びしろ?」
「わたし、ホムンクルスなんだ、って言って通じるかな? 人造人間なの」
「なんと! あ、いえ、でも、貴女(あなた)みたいな強い騎士が使ってこその聖剣では」
「ホムンクルスはさ、成長しないんだ。だから、馬鹿姉(ばかねえ)もわたしも最初から強くて、これ以上は強くならないんだよ」

 そう、ニーナはホムンクルス……小悪魔な悪友シイナが、稀代の錬金術師との間に設けた愛娘。否、息子なのである。その姿は、前世紀のシイナと瓜二つだった。
 誰かが教えてやらないと、女性にしか見えないところも一緒である。
 そして、ナガミツもスズランも他の仲間も、そのことをマメシバに告げていなかった。

「でも、これは稀代の業物です。俺なんかより」
「俺なんか、なんてゆーな、いい?」
「……レオパから聞きました。これは、遥か太古の聖剣だと」
「まあでも、今はただの剣じゃん? 聖遺物がどうとかってのも胡散臭(うさんくさ)いし」

 シイナはにへらっと笑って、ボトルから直接ワインを飲む。お行儀が悪いことに、そのままプハー! と口元を手の甲でぬぐって、ボトルをマメシバに突き出した。
 さっきからデュランダルを抱きしめてたマメシバは、突然のことに驚く。

「まーまー、飲みなよ。マメシバさー、真面目すぎ」
「そ、そうでしょうか」
「うん、馬鹿真面目。まあでも、そこがマメシバのいいとこじゃん」

 うんうんとナガミツの隣に密着しているスズランが頷いた。
 マメシバは実直で真摯、誠実なナイトだ。ナイトになるために生まれてきたような少年だし、特別な血筋や異能をもたずとも日々の鍛錬でどんどん強くなっている。
 ナガミツは時々、昔の恋人、最後の彼女のことを思い出す。
 凶祓(まがばらい)の血筋の巫女だとか、最新鋭の斬竜刀(ざんりゅうとう)たる人型戦闘機とか、魔女だとか錬金術師だとかホムンクルスだとか。そんななにものも持たぬまま、その少女は竜災害を(しず)めて駆け抜けた。
 ニーナもそのことを思い出してるのか、手すりに身を預けて天を仰いだ。

「マメシバさあ、もっと自信もちなー? フレイムイーター戦、凄くよかったじゃん」
「……でも、逃しちゃいました。もう一撃、あと一撃……なのに、俺は」
「そこは気にしなくていいじゃん? 立派にプリンセスを、仲間を守って守り切ったんだし」

 ドギマギしながらワインを飲んだマメシバの、その手から再度ニーナはボトルを奪ってニシシと笑う。そういうところは本当にシイナ譲りにナガミツには見える。

「おっし、も少し食べよっかな。なんかさー、色々おじさん言い寄ってくるから、さあ……マメシバ、隣にいてよ。便利だし」
「えっ? お、俺なんかが!?」
「だから、俺なんか禁止ー! あ、それともあれかあ! わたし、マメシバに今夜のお相手斡旋(あっせん)したげよか? かわいい女の子、たっくさん来てるもんね」
「い、いや! そういうのは俺は!」
「にふふ、真っ赤になってる。かーわいー! とりま、行こ? お肉とか食べたいな、わたし」

 そうして再び二人はパーティ会場へと消えた。
 ナガミツもスズランも、無言で視線を交えて「そろそろ普通気付くのでは?」と苦笑をこぼす。こうして、世界協定が正式に結ばれた夜がふけてゆくのだった。

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