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 ナガミツたちは今、微動に余震が続く中を歩いていた。ゴ=ファ砂漠の奥深く、ジョマロン山岳へ上り坂は続く。道中、全ての探知機を指定された場所に設置した結果、その先へと道は開かれたのだった。
 しかし、先程から断続的に続く自身が誰にも恐怖の震えをもたらす。
 アダヒメが突然歌い出したのは、そんな時だった。

「おい、アダヒメ! その歌は」
「ナガミツ、知ってるの? 不思議……わたしも知ってる、ような、気がする」
「ああ……昔の仲間、アヤメってアイド――プリンセスがいてな。そいつが最後に歌った曲さ」

 周囲の緊張感を払拭(ふっしょく)するように、大らかで深く広く歌声がたゆたう。
 そのメロディに踊る(うた)が、ナガミツに太古の昔を思い出させた。まだ、このエデンが地球と呼ばれていた時代……東京での二度にわたる大決戦、その最後の局面だった。
 血を吐くように歌うアダヒメに、その少女は震えながら並んで叫んだ。
 知名度の低いローカルアイドルから、ラジオのパーソナリティーとして働く傍ら……彼女はいつも歌っていた。
 絶唱(ぜっしょう)、それは明日を歌う人間賛歌。
 ただのなんでもない普通の女の子が、歌でナガミツたちを救ったのだった。
 ただ、その思い出も今はノイズ交じりで欠損が酷く、顔も思い出せない。
 それでも、歌だけは忘れない。
 忘れようとも思い出せる。

「……どうかしら、スズラン? この歌は遠い友の、仲間の歌ですわ。震えは消えて?」
「は、はいっ。あの、どうしてわたしはこの歌を」
「知ってるように思えるなら覚えられるでしょう。この歌はあなたがこれから歌い()ぐのです」
「わ、わたしが……確かに、一度聴いたら忘れられません。で、でもっ」
「いいのよ。いいの。あなたの中であなたの歌にしなさいな。……さて」

 突然、アダヒメは着物の(すそ)から(むち)を取り出した。
 そう、砂漠だろうが船上だろうが、和服姿なのがアダヒメというプリンセスだった。そして、彼女は鞭を構えて叫ぶ。

「キリ様! ノリトもニーナも! ナガミツたちと先に進みなさい。ここはわたしが」

 同時に、ぐらりと足元が揺れた。
 そして、ハントマンたちの前に信じられない光景が覆いかぶさってくる。
 今までそそり立つ岩盤だった峰々が、巨大な落石を振りまきながら脱皮してゆく。そう、脱皮だ。年月という名の累積された土砂を脱ぎ捨てて、今まさに帝竜(ていりゅう)が目覚めようとしていた。
 その姿に思わずナガミツは、仲間たちを(かば)いながら絶句する。

「……嘘、だろ。昔やったザ・スアヴァーよりでけぇ!」

 そう、圧倒的な質量。
 例えるなら、山そのもので、山を脱ぎ捨てた瞬間からより巨大に膨れ上がる。それが闘争心に全身の血と肉をパンプアップさせた、地形レベルの超弩級帝竜(ちょうどきゅうていりゅう)の姿だった。
 あまりに巨大すぎて、視界にその全身を入れることができない。
 今はただ、(きら)めく鱗と甲殻に覆われた巨大な尾がしなる光景しか見えない。
 だが、その圧倒的なプレッシャーを前にアダヒメは歌った。

「さあ、竜よ! ドラゴンよ! わたしの歌をっ、聴きやがれませっ!」

 たった一人で、アダヒメは飛び出した。その手がまるで、タクトを振るう指揮者のように残像を刻む。風切る鞭の斬撃が、降りかかる岩粒の全てを弾いてナガミツたちを守った。
 しかし、次の瞬間には巨大過ぎる尾の一撃が降ってくる。
 それをステップでかわしつつ、アダヒメは肩越しに振り返った。

()きなさい、スズラン! ナガミツも、皆も! ……キリ様も!」
「でも、アダヒメ様……」
「全ての歌を自分の歌に。そのためにも、進み続けなさい! スズラン!」

 次の瞬間、意外なことにナガミツは驚き目を見張った。
 あのスズランが「は、はいっ!」と首肯(しゅこう)に叫んで、ナガミツの手を取ったのだ。そしてそのまま走り出す。激震に揺れて砕けてゆく山道の、その先へと踊るように()せる。
 他の仲間たちも続いて、山頂を目指して走った。

「おば様! また後程! この先にいるです……このおっきい竜の頭が、本体が! むいいいいいいいっ!」
「レオパ、アダヒメさんに薬を何個か」
「いいですか、アダヒメさん! ここにパロメディスを1ダース! 高いんだから無駄にしないでくださいね!」
「んじゃーねー、おばちゃん。……いくよ、みんな。先頭はわたしにお任せちゃんだよっ!」

 ニーナが突出して道を切り開く。
 すでにひび割れ砕けて散りゆくその山道に、進むべき見えない道を刻む。
 ニーナが盾と剣で飛び散る岩盤を防ぐ中、ナガミツは走った。
 スズランに手を引かれて、引っ張られるように、背を押されるように疾走(はし)った。
 瞬間、自分が今見てる少女の背中に過去がフラッシュバックする。

『いくよ、ナガミツちゃん! みんなを信じて。みんなが信じる自分を信じて!』

 メモリ破損であらゆる機能が失われてゆく中、しがみつくようにすがって守った記憶がある。その色あせてノイズ(まみ)れになってしまった思い出が胸を打つ。
 その時、失われて久しい力が腹の底から込み上げた。
 一時的な機能不全の副産物なのか、消えゆく蝋燭(ろうそく)の最後の(ともしび)なのか。
 だが、確かにナガミツは自分の出力が現状を裏切り高まる気配を感じて身を任せた。

「なるほどな、これが……これがっ! 人間たちのいう火事場の馬鹿力かよ! 人類怖ぇな、おい!」

 気付けばナガミツは、手を引くスズランを抱き上げ、そのまま加速していた。
 背後の仲間たちのために、先頭に立って進路を確保する。すでにここはもう、竜の上。山脈の中に眠っていた超弩級帝竜の背の上を今、駆け抜ける。

「ひ、ひあっ! ナガミツ!」
「黙ってろ、舌を噛むぞ!」
「でも、それでも……黙ってなんていられないんです、ナガミツッ!」
「なら歌えよ、スズラン。お前の手にしたお前の歌を。お前だけの歌を、今」

 すでに途絶えて久しいアダヒメの歌声は、土砂と濁流の向こう側に遠ざかった。
 ナガミツには確信があった。
 アダヒメは死なない。
 死ぬはずがない。
 ――死ねない。
 たとえここで死んだとしても、このエデンのどこかに生まれ直す。全ての竜を狩り尽くさぬ限り、無限に転生を繰り返す呪いこそが彼女の業苦(ごうく)であり切り札だ。
 滅竜(めつりゅう)輪廻(りんね)、エメルによってもたらされた超常の運命はアダヒメを縛り続ける。この世に竜が存在する限り、彼女は竜災害に対するカウンターとして生き(かえ)り続けるのだ。

「ナガミツ、前っ! な、なんだ……山頂が、動く! 長く伸びる!」
「おーし、キリちゃん、ノリト君! イッテヨシ! ここは、お腹はわたしが引き受けるよん。ナガミっちゃん、歌を……歌うスズランを守ってねぇん」

 振り返って剣を抜いたニーナが、あっという間に見えなくなった。
 そして、あの歌が再び響き渡る。
 ただ一度、たった一度だけ聴いたアダヒメの歌を、スズランはほぼ完璧に歌い継いでいた。その声は時空を超えて、ただ一人のルシェの少女の声色に深みを与えて広がる。
 ――Seveneth-Heaven。
 人の手で生まれて祝福されし人造歌姫、そして滅竜の輪廻に足掻(あが)いて藻掻(もが)く歌姫から今……たった一人の普通のプリンセスにその歌は託された。
 そして今、目の前にゆっくりと鎌首をもたげる巨躯(きょく)がナガミツたちを影で包むのだった。

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