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 夕方、午後六時。
 一週間を巡る土曜日と日曜日の狭間を、ウィスタリアRJは砲声と爆音で迎えた。
 超弩級補給基地ならではの、夕刻を告げるサイレンが鳴った。その響きを合図に、海賊達とMARZは戦闘に突入。無機質な空気の振動が途切れる前に、早速一機のマイザー・イータが中破して引き下がる。

《先ずは一機っ! リーイン、あのデルタがこっちの小隊長だと思う……僕がっ!》
《オッケー! 背中は任せて、エリオン! 第二波は第二小隊に回すしかないわね、ある意味っ》

 もうもうと砂塵が舞い上がる。市街地の外という事も手伝って、真っ先に戦闘に突入したMARZウィスタリア分署第一小隊は、遠慮なく全力で海賊へと激突した。その騒乱の渦中から、敵の第二波が突出してくる。
 謎のスペシネフを中心にその数、四。

《先制するぞ、シヨ! 兎に角、体でぶち当たってけ。ここを通せば俺等の負けだ》
「う、うんっ。ここは、通さないっ」

 シヨが左右のレバーを倒して、ターボスロットルを全力で押し込む。Vコンバーターが唸りを上げて、テムジン421号機が全速力で疾駆した。マインドブースターが光の雲を引く。
 敵は文字通り四散し、一度四方に散開した後、二機のテムジンを中心に包囲を狭めてきた。
 質と量、共に劣る戦いに緊張漲るシヨ。だがそれは、MARZとしての任務では常だと自分に言い聞かせる。鳴るな歯の根……しかし、迫る髑髏のマークがガチガチと音を立てさせた。

「ルイン君、どれから……ええと、こんな時は確か……」
「足を止めんな、固まってるとまとめてやられっぞ。俺ぁ視界がきかねぇからよ、お前が――」

 不意にレーダーに映る光点の半分が急加速した。二機のマイザーが変形で突っ込んでくる。互いに背を庇うように立つ、シヨとルインの乗機を爆風が襲った。二機編隊による爆撃を起点に、最後の一機が突進しながら右手のレブナントを三斉射……吹き飛びながらもシヨは、懸命に機体を制御する。
 教本を思い出す暇も、それを生かす術もないまま。まるでそれ自体が一つのイキモノのような、統制された連携攻撃にシヨは翻弄された。そして気付けばルインと分断され……目の前に特異なシルエット。

《あーっとぉ! 第二小隊の方が分断されてしまったぁーっ! カメラ寄って、寄りなさいって!》

 熱砂に手を突き立ち上がるテムジン421号機の前に、まるでマントのように移送用シートを棚引かせるスペシネフが佇んでいた。慌ててシヨは操縦桿を握り直し、同時に口元を手の甲で拭う。衝撃で口の中を切ったらしく、鉄味が咥内に広がった。

《先ずは狂犬クンからやらせてもらうね。キミは……ま、いいかな》

 ハスキーな声音は、どこか嬉々と弾んで聞こえる。子供の声に躊躇うも、ダメージチェックを終えるやシヨは愛機にスライプナーを構えさせた。敵機の、スペシネフの遠く向こう側では……三機のマイザーに蹂躙される相棒の姿があった。

「おっ、おとなしく武装を解除してくださ」
《各機、散開。ボクにも少し遊ばせてよ……艦長席に座ってるだけじゃ、退屈っ!》

 警告を発するシヨの視界が奪われた。突然のブラックアウトに混乱するも、シヨは冷静に相手の動きを思い出す。その身を隠すように纏ったシートを、相手は脱ぎ捨てると同時に投げ付けてきたのだ。焦れる気持ちをM.S.B.S.が拾って、テムジン421号機は左手で布切れを振り払う。
 取り戻した視界は色彩を失っていた。
 目の前で、モノクロームに塗り分けられたスペシネフが背を向ける。それはまるで、突然の闇夜に浮かぶ白骨のよう。乗り手と同じ色の……否、彩りの無い影が無防備な背中を晒した。

「わっ、わたしが相手ですっ! すぐに抵抗をやめて……」
《はいはい、後でね。今ボク、すっごくいいとこなんだから。ふふ、いっくよぉ!》
《シヨッ! 俺はいい、そいつを抑えろ。頭さえ潰せばこっちだって……チィ!》

 ルインの声が悲壮を帯びた。三機のマイザーが交互に代わる代わる、距離を変え手を変え、ルインのテムジン422号機を啄ばんでゆく。シヨは意を決して、スライプナーにブリッツセイバーを起動させた。
 既にもう、半歩で斬り掛かれる距離。ダブルロックオンを示す表示に、シヨはレバーを握り直す。警告は与えた。二度も。だからもう……やるしかない。だが、そんなシヨに構わずスペシネフが翼を広げた。同時にルインに群がるマイザーが舞い散る。
 それは、羽根を毟られたかのような骨格だけの翼だった。

《ばいばい、狂犬クン……キミのニュース、毎回ボクは好きだったよ。じゃ、ね》

 化石のような翼に虹色の皮膜が走る。同時に、苛烈な光が迸った。その対なす光芒は真っ直ぐにテムジン422号機へと吸い込まれ、片方が右肩へと直撃する。遅れて地を蹴ったシヨの斬撃は、相手の死角を衝いたにも関わらず避けられた。

《422号機、沈黙! 第二小隊、現状を維持せよ! くりかえす、現状を維持せよ!》
《第一小隊は敵勢力の半数を無効化! 鎮圧次第、第二小隊の救援に向われたし!》
《タチバナ三査、聞こえるか? リタリーだ。何としても街への侵入を許すな……頼むぞ》

 ゆっくりと相棒の、ルインのテムジン422号機が片膝を突く。右腕が脱落して、無音で砂煙を立てた。
 交錯する通信の中を、シヨは呆然と立ち尽くしていた。次の言葉を聞くまでは。

《っと、ギリギリ避けたか。各機、トドメよろしく。ボクは街で適当に物資を調達するから》

 再びマイザーが空へと舞い上がり、手負いのテムジンへとロックオンを重ねる。同時に振り向くモノクロームの死神が、シヨを無視して街へと目を向けた。乗り手と同じく、左目を眼帯状のスコープで覆った頭部……そこにあしらわれた髑髏のマークがシヨを圧する。

「い、いかせないっ。海賊さん、わたしが」
《悪いけどボク、WVCのニュースは欠かさず見てるんだよね。キミじゃ無理、無駄、無意味――》

 刹那、広域公共周波数を絶叫が突き抜けた。
 ゆらりと、テムジン422号機が立ち上がる。残る左腕が強張るや、真っ先に飛び掛ったマイザーの近接攻撃を胸元に浴びながらも。自ら踏み込んで致命傷を避けつつ、ゆっくりと左手を伸べる。第二世代型の707系とは思えぬ力が、握るマイザーの頭部を握り潰した。そのまま咆哮と共に片手で、遥か遠くへと敵機を投げ捨てる。
 シヨは、いつもの暴走を始めたルインの背中に、黒い靄を見たような気がした。

《っ! そうこなくっちゃ。エース様か狂犬クンとやりたいと思ってたんだ……嬉しいよ》

 モノクロームのスペシネフが、まるで地を這う影の様にルインへと滑り寄る。シヨを置き去りにして。
 その間にもルインは、獣のように吼え荒んでいた。驚きながらも攻撃をやめないマイザーを前に、足元に転がる右腕を蹴り上げる。そのままスライプナーを空中でもぎ取るや、手近なマイザーへと投げ付けた。

《艦長っ、こいつぁ……これが噂の、MARZの狂犬! エノア=コーニッシュ!》
《本当に707系のパワーなのか!? 次は……おっ、俺だ! うわああああっ!》
《各機、ウィスタリア側へ離脱。物資の調達よろしくね……面白くなって、きたっ!》

 ガツン! マイザーの細い腰へとスライプナーが突き立つ。次の瞬間にはもう、体を浴びせたテムジン422号機が銃把を握っている。トリガー、スイッチ……零距離でニュートラルランチャーを浴びたマイザーが、ガクリとその場で崩れ落ちた。
 損壊して尚、悲鳴のようなVコンバーターの駆動音を響かせながら。ルインは我を失いながらも敵を獰猛に求めて彷徨った。その徐々に黒ずんでゆく機体の前に、モノクロームの死神が立つ。
 辛うじて逃げ果せた一機のマイザーが、街の中へと消えていった。

「ルイン君っ、駄目だよ……街の外でも、駄目。もういいから、あとはわたしが」
《おやおや、狂犬クンのヒミツはそれか。危ないなあ、飲み込まれちゃうよ? ふふふっ》
《っせぇよ……うるせぇ、んだ、よぉぉぉっ!》

 シヨを置き去りに、両者は一対一で激突した。既に中破したテムジン422号機は、左手一本でスライプナーを振るう。しかしソードカッターを先ほどの一撃で封じられ、パワーボムも使用不能……ただ無軌道にブリッツセイバーを灯して、噛み付くように躍りかかる。
 対するスペシネフは、構えるアイフリーサーを持ち返る。乗り手の趣味か、零距離での格闘戦に応じるべく身を屈めた。握るは光波が揺らめく死神の鎌。

《タチバナ三査、街へと侵入した敵機を追え。そこはコーニッシュ三査に任せるしかない》
「でも隊長っ、ルイン君は……それに、なんか黒いのが……もやもやって」
《? ……落ち着け、シヨ=タチバナ。先ずは略奪を阻止すること。その為にも――》
「ごめんなさい、隊長。わたしっ、ルイン君を助けにいきます」

 優雅な声が一瞬、息を飲んだ。しかしその気配を耳の奥に封じ込めて、シヨは激しく切り結ぶ両者の間に割って入ろうとする。しかしその動きは、余りにも正直でありすぎた。セオリー通りにソードカッターを発して、その後に続いて前進するテムジン421号機。
 隻眼のスペシネフが肩越しに振り向き、妖しく光った。

《んー、狂犬クンはだいたい解ったよ。次はエース様が見たいな……もういいや、キミ等は》

 デタラメな狂犬をいなして、あっさりとその胴を薙いで吹き飛ばすスペシネフ。その圧倒的な制圧力に、踏み込むシヨは戦慄を覚えた。白骨化した亡霊のような影が、死神の鎌を構えて向き直る。
 その機体から巨大な暗黒の球体が現れたところで、シヨは全身で感じる本能的な危機感に従う。しかしマニュアル通りの回避運動を何度試しても、怨嗟の呪音で唸る球体は近付いて来る。助けに入るはずが気付けば、シヨは必死で逃げ回っていた。

《えー、旧暦洋画劇場の時間ですが、このまま現場からの中継を続行しますっ!》

 奈落にも似た闇の深淵に機体を包まれたところで、シヨの意識は鮮明さを失った。

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