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 マシュー艦隊所属、高速補給艦ロシナンテ。その広い甲板上に躍り出て、エリオンは強烈な殺気に身を強張らせた。瞬時に彼を内包するテムジン411号機が、スライプナーを構えて射撃体勢を取る。

《やぁ、来たね。やっぱりボクの相手はキミって訳だ……MARZのエース君?》

 広域公共周波数に滲む声は、艦首方向から。
 小高い艦橋を背に、舳先へ正対するテムジン411号機が、僅かに身を屈める。瞬間、ターボスロットルをレバーに叩き込むエリオンの口から、言葉が走った。

「今週こそはっ! その海賊行為を、鎮圧するっ!」
《やってごらんよ。悪いけどボク等、今週は本気も本気っ! 全力全開だよっ!》

 ――最後、だから。
 視界に大きくなる敵影が、マントのように羽織った移送シートを、小さな呟きと共に脱ぎ捨てた。瞬間、広げた翼にオペラピンクの皮膜が光を帯びる。モノクロームの死神は今、手にする鎌を唸らせ、怯む事無く猛然と向かってきた。
 全速で真正面からぶつかり、粒子の刃が激しい火花を散らす。そのまま互いに弾くように距離を置くや、一呼吸もおかずに反転して、エリオンのテムジン411号機は地を蹴った。対するスペシネフも、隻眼を燦々と輝かせて、滑る様ににじり寄ってくる。

《ハハッ! いいねぇ、小細工ナシの真っ向勝負……フフ、滾ってきちゃうなあ》
「この間の様にはっ! いつも、やれるとぉ……思うなぁーっ!」

 眩いビームをスパークさせながら鍔迫り合い、二機のバーチャロイドが甲板上を乱舞する。限界までチューニングされたVコンバーターが金切り声の輪唱を奏で、手にする武器が獰猛な咆哮をあげた。当れば必殺の一撃を、互いに避けながら繰り出す。そうして二機は、互いの尾を食い合う獣のようにもつれながら、苛烈な格闘戦を演じ続けた。
 目まぐるしく視界が上下左右に揺れる中、エリオンは必死でぼやける敵の輪郭を追う。バーチャロイドに適正のある人間として作為的に精製された彼でさえ、今の敵を追うのがやっと……極限まで鍛えて尚、敵とのハードウェア的な差は明らかだった。
 片や、前世代型をチューニングした中古のテムジン。
 片や、試作機とはいえ採算度外視の強力なスペシネフ。

「目で追えない攻撃が出てきた? 全ポジション、マニュアルにスイッチ。M.S.B.S.補正……」
《この、興奮っ! 最高だよ……さあ、まだまだいっくよぉ! 追いついてこれ――》
《エリオンッ、頭下げてっ! 側面、ドンピシャ……当れっ!》

 聞き慣れた相棒の声に、エリオンは肉体的な反射行動で応えた。大きく横薙ぎに振りかぶられた、アイフリーサーの斬撃に機体を屈ませる。そのまま地を這うように、半ばスピン状態で一旦エリオンは距離を取った。
 視界の隅に、僚機がスライプナーを展開するのが見えた。リーインの412号機が、甲板を転がりながらも身を立て直し、ラジカルザッパーの体勢で援護に入る。
 その背後に――

「リーイン、後っ!」
《無粋だなあ、ボク等の蜜月の時間に水を指すなんて……バイバイ、お邪魔虫さん》

 母艦直援のマイザーが、足を止めたリーインのテムジン412号機に殺到した。それは恐らく、彼女のレーダーにも映っていた筈……今頃、コクピットをけたたましいアラートが満たしているだろう。
 それでも、振り向くスペシネフへと向けて、リーインは二つのトリガーを同時に叩き込んだ。
 一際強力なスライプナーMk5から、眩い光芒が迸り、夕焼けの空を真っ白に染める。それは、死肉に群がる獣の如く、数機のマイザーが襲い掛かるのと同時だった。あっという間にリーインの412号機は、リアルカラーに髑髏をあしらったマイザー達に埋もれて見えなくなった。四方から串刺しにされたテムジンが、未だ集束するビームを放ち続けるスライムナーを落とした。

《おっと、キミの相手はボク……ボクだけを見てくれないとヤだなあ。いくよっ!》

 言葉にならない絶叫と共に、気付けばエリオンはリーインに駆け寄っていた。瞬時にマイザー達が四散して飛び去れば、戦闘不能になったテムジン412号機が膝を突く。
 しかし、両者の間に悪意が、殺意が音もなく滑り込んだ。

「そこをっ、どけぇぇぇっ!」

 加速する怒りが熱を帯び、冷静な判断力が遠ざかる。テムジン411号機は今、荒ぶる意思の奔流に飲まれて、身を軋ませながら限界性能を引きずり出された。
 それでもまだ敵の、キャプテン・ノルエのスペシネフの方が、速い。
 そして、さらに速度は増し、繰り出される一撃は重くなる。今やモノクロームの死神は、巨大な翼を広げて大鎌を手に肉薄してくる。それはまるで、決して離れぬ影のよう。両者は小刻みにジャンプとターンを繰り返しながら、ごくごく狭い空間内で、上下左右を問わず斬り結んだ。

「よくもリーインをっ!」
《だってほら、邪魔するんだもの。それより、もっと楽しもうよ。最後なんだしさ》
「黙れっ! いや、いい……黙らせるっ!」
《あは、いいねぇ。やって、みてっ、よぉっ!》

 不意に敵機が距離を取り、それに合わせて無意識にエリオンがスライプナーを構える。ゆらりと妖しく後退するスペシネフへ、容赦なくニュートラルランチャーを屈んで斉射三連、パワーボムの投擲と同時に再度接近。
 その時、敵機が発する不協和音と共に、エリオンは本能的な危機感にレバーを押し倒した。
 金属の甲板上を猛烈な勢いで、バティカルターンでテムジンが疾駆する。

《ほぉら、本気だしちゃうよ? どうしたの? ねえ……ボクもう、フフフ》

 隻眼のスペシネフ、その頭部に髑髏マークをあしらわれた眼帯状のパーツが弾け飛んだ。同時に距離を取るエリオンの視界に、不吉な数字が浮かび上がる。

《あと、13秒。バイバイ、MARZ……毎週、好きだったよ。それじゃあ、ネ》

 ギラリと光るスペシネフの双眸が、その輝きだけを残して突然消えた。次の瞬間には、咄嗟に身構えたテムジン411号機を衝撃が襲う。余波に揺れるコクピットの中で、エリオンは幾重にも迫る敵の影に戦慄した。まるでリミッターを外したかのような敵機の機動は、送信されてくる数字が小さくなる度に鋭く、速くなる。

《んふふ、あと10秒、9、8……ほぉら、すっ飛んじゃえっ!》

 大上段から、死神の一撃がエリオンを襲った。直感で避けるも、粒子の刃は頭部を半分蒸発させ、返す刀で繰り出された石突が、コクピットを直撃する。テムジン411号機は何度もバウンドしながら、甲板の端へと転げ落ちていった。
 だが、不屈のエースが、そう呼ばれる重責がエリオンに最後の一歩を踏み止まらせる。海賊とアダックス直営部隊、MARZが入り乱れて乱戦となった下界に、ぎりぎり落ちそうなところでテムジン411号機は……両足を大きく開いて踏ん張り、左手で甲板を掴んだ。
 その刹那、エリオンが下した最後の決断――最終手段。

「――グリンプ・スタビライザー、パージ。マインド・ブースター、オーバーチャージッ!」

 バクンッ! 身を屈めて手を突く、テムジン411号機の背から羽根が……羽根を模したグリンプ・スタビライザーが宙を舞った。同時に、轟音と共にマインド・ブースターが余剰出力を吐き出し、それは巨大な光の翼となって天に屹立する。
 現在の仕様に改修時、エリオンが自ら設定した奥の手……マインド・ブースターの稼働率を上げるグリンプ・スタビライザーを強制排除することで、一時的に出力を暴走させるオーバードーズ。狂ったような雄叫びをあげるVコンバーターと共に、テムジン411号機が宙へと舞い上がった。

《ははっ! なんだ、そっちにもあるじゃない……あと3秒っ、悪いけどボクの――》
「MARZ戦闘教義指導要綱11番……『一点突破』っ!」

 点から点へと瞬間移動するかのように、甲板上を滑る異形のスペシネフ。自己崩壊を始めたその細身を、残像を纏った羽撃きと共にエリオンは穿った。手にするスライプナーを前へと突き出し、上空から一気に急加速、そのまま刺し貫いて縫い止める。
 その勢いは止まらず、スペシネフを貫いたまま、一気に甲板を引き裂きテムジン411号機は翔んだ。
 強制送信されてくる視界の数字が0になっているのにも気付かず、エリオンは我を忘れてトリガーを押し込み続けた。やがて二機は空へと放り出され、限界を超えたテムジン411号機のマインド・ブースターが、爆発と共に脱落する。

《嘘だ……無敵、だって……話が、ちが……はは、やだ……萎えるなあ。監督の、嘘吐き》
「ハァ、ハァ……これがMARZの流儀だっ! い、今なんて……それより脱出を! 爆発する!」
《各小隊、母艦に戻……現時点で指揮権を、木星圏の本隊、に……やだな、もう》
「脱出しろっ! こっちの機体はまだ持つ、拾ってやるから!」
《ふふ、優しいじゃないか……エース君。そゆの、好きだな。でももう――》

 宙で揉み合う二機のバーチャロイド、その片方……スペシネフが眩い光と共に爆散した。爆炎と煙を纏いながら、辛うじて乗り手の意識に制御されて、テムジン411号機は着陸する。墜落に近い形でパーツをばら撒きながら。
 戦闘不能を告げる真っ赤な視界の中、エリオンはヘッドギアのバイザーを上げて額の汗を拭った。
 そんな彼の耳に残る、海賊の最後の言葉。

「確かに、言った……また、監督、か……いったい……」

 仲間達の気遣う声や、WVCの喧しいレポーターの声が遠ざかる。
 大破した愛機の中心で、エリオンは疑念を抱えたまま意識を失った。

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