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「何事だっ!ええい、騒がし…火竜?なんと、この王都ヴェルドにか!?」
「砲兵を集めろ、騎士団緊急招集!おおそうだ、こんな時こそ軍師殿を…」
「しかり!おい誰か!お呼びし…ああ、もう去られて半年か。ええい!落ち着け」
「フリックならもうおらぬぞ?ええいどかぬか!通せ…この姫が言うておる!」

 混乱を極める城内で、窓という窓に張り付く人々。その視界を遮り、巨大な影を落として飛翔する一頭の飛竜。慌てふためく騎士達は従者を急かし、兜を小脇に階段を駆け上がった。その先頭で双眼鏡を手に走るのは、誰であろう第三王女その人。我侭なこの国の姫君である。彼女を守るべく、何より王城を守るべく。我先にと男達が塔を揺るがす…数名を除いて。

「姫はあの竜もお望みになるでしょうね…ああ!それで?…だから軍師様はお暇を?」
「何が軍師だ、ありゃペテン師の類だぜ?女のケツ追っかけて出てったんだよっ!」

 少年従者を引連れ、一人の騎士が重装備の仲間達とすれ違う。転がるように階下へ…今は去りし旧友へ悪態をつきながら。はみ出し者の雇われ騎士である彼は今、全てを察したように中庭を目指していた。姓は渡辺、名は清信…東方のシキ国よりこの地に流れ着いた、チンケでヤクザな男である。

「ワタナベ殿!何をしているか、早く城を…姫様をお守りせんか!」

 廊下ですれ違うのも困難な、大タルに手足が生えたような騎士と鉢合わせ。しかし、怯む顔も見せず一喝するキヨノブ…古参の大騎士様も流石に怯んで仰け反った。立派に手入れされた口髭が揺れる。

「あの竜は雌だっつーの!そこんとこ考えりゃ解るだろーが、このビアダル野郎っ!」
「副団長殿、ごめんなさいっ!」

 キヨノブは無礼にも老人の頭上を跳び越した。続く少年従者も巨体の股下を潜り抜ける。そう、少し考えればわかる事だ。城の大砲を向けたとしても、竜の舞う空へは届かない。無論、剣や槍では言うまでも無く。

「それとなぁ、オッサン!俺ぁワタリベだっつーの!覚えとけぇ!」

 何より考えなくとも解るべき…男なら。大空を舞うあの竜はそう、后龍の名を冠する大自然の女王。女なのだ。プライドの高い彼女を、この騒がしい俗世へと駆り立てる理由が、この城には存在する。塔に登って槍で空を突き、姫の目に映るよう自慢の鎧を輝かせるよりも。その理由をこそ、早急に処理すべき。中庭の大半を占める巨大な檻に…それはずっと、ただ静かに鎮座していたから。

「クソッ!震えてきやがったぜ…おうボウズ!俺の槍と、あと馬を適当に頼むぜ?」

 転がるように追走する少年従者へそう叫んで。重々しい扉を開け放った瞬間、キヨノブの武者震いは吹き飛んだ。音とは思えぬ衝撃に気圧されて。鼓動は止まり呼吸が詰る…その足元を、発狂寸前の形相で這い回る衛兵達。この城の真の玉座は、恐ろしく頑丈なこの檻かもしれない…光り差す中庭でそれは、今にも内側から引き裂かれようとしていた。
 城中の誰もが初めて耳にした。この地に飼われて以来始めて、焔龍リオレウスの咆哮が空を裂いたのだ。壮麗なシャンデリアが落ちて砕け、ステンドグラスは粉々に光りとなる。半年間、一声も鳴かなかった焔龍の、その憎悪と怨嗟に滾る灼熱の怒号。呼応するように空では、后龍リオレイアが翼を広げて高度を下げる。

「へ、へへ…俺ぁ何考えてんだ?逃げてぇがそうもいかない、ってか?たは、ははは…」

 暴君おわします鋼鉄の玉座に、后龍の火球が降り注ぐ。灼熱の吐息に揺らぐ空気の中、まるで飴細工のように捻じれて溶ける格子。紅蓮の業火が照らす城壁に、巨大な影が首をもたげる。その狭き檻より解き放たれて、一際甲高く吼える焔龍。捕獲時に千切れていた尾も、第三王女の命令で今は完全に繋がり翻っていた。

「ワタリベ様ぁ〜、馬はダメです!みんな怯えちゃって…とりあえず槍もって来ま…」
「バーロォ、出てくんじゃねぇ!」

 戸口に顔を出す少年従者と、その手に抱かれた合金製のランス。だが、起き上がる焔龍から目を逸らさずに、キヨノブは制止を叫んだ。怒れる銘入の火竜を前にしては、人間など虫ケラですらありえない。
 絶対的な暴力の結晶が今、懐かしそうに空を見渡していた。幽閉の日々で強張った翼をほぐすように、身を揺すりながら首を伸ばす。その姿を迎え入れるように、低空で羽ばたく后龍。一転しての静寂にしかし、弓を番える者も槍を繰る者も居はしない。

「ウホッ!…イイ女じゃねーか。やるね旦那…ん?見逃してくれるってかい?」

 それはまるで、両手を広げて最愛の人を迎えるように…一際大きく羽ばたくと、后龍の巨躯は瞬く間に大空に消えた。周囲に集まりだした人間を一瞥すると、それを追うように今。久しく空を忘れた翼が舞う。よろける事無く、以前にも増して雄雄しく…焔龍リオレウスの復活。それは同時に、焔龍リオレウスの逆襲の始まり。まだ誰も気付かぬ内に、幕を開ける新たな闘争。雌雄一対の火竜はあっというまに、地平の彼方へ飛び去った。

「…行っちゃいましたね。でも流石はワタリベ様!僕はもうダメかと…」
「あ?ああ…見逃してもらったんだぜ、俺等。そういやボウズ…信じられるか?」

 あの焔龍を捕らえ、姫に献上して褒賞を得た者は…名も無き一人のモンスターハンターだという。しかも女の。ふと、どれほど強面な女か興味が湧く。先程舞い降りた后龍の羽ばたきに、母性と気品さえ感じた反面…件のハンターが生物学的に女性であるかどうかさえ疑わしく思うキヨノブ。

「…アンタのかみさんもイイ女かい?我が友、親愛なるペテン師フリックよ」

 この日、王室よりの勅命クエストがハンター達に突き付けられる。金髪の少女ハンターは自室で、歴戦のガンナーは狩場で…名家の令嬢は蒼髪を梳かしながら、鉄槌を振るう女闘士はコゲ肉に咽ながら。誰もが等しくその時を迎えた。雌雄一対の銘入、二頭同時討伐…王直筆の依頼状を読み上げる城の使いは、ハンター達が集う山猫亭の酒場で声高に叫んだ。天に焔龍、地に后龍、されど天と地の覇者…即ち我等人の子なり!と。

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