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「せっ、先輩!大変ッス!ツゥさんから速達が来たッスよ!」
「ノック位しろってーの!ったく、騒がしいやっちゃ」

 幸せな二人の愛の巣は、もうすぐ三人目の家族を迎えるというのに。今現在の三人目は、事の他騒がしく喧しい。たとえ新婦が家族のように思っていても、どうにも新郎には許容し難かった。静かな新婚生活を望むフリック=セプターにとって、つまりサンクとはそういう存在である。
 ここは数多の英雄達を輩出してきた、ハンター達の故郷…ココット村。この地に妻を娶って居を構え、ようやく穏やかな日々を過ごせる筈が。忘れた頃にやってくるサンクに、いつもフリックは心乱されてばかり。今回も昨夜遅くに転がり込んだと思えば、今またバタバタと出て行こうとしている。

「…もう行くのか?サンク。いや…帰るのか」
「ういス!こーしちゃおれんスよ。急いで帰らないと…みんな待ってるスから」

 クリオに便箋を預けると、サンクは急いで着衣を脱ぎ捨てる。身重の妻に代わって、渋々フリックは部屋の奥へ…サンクが身に付けて来た、今は綺麗に磨き上げられた甲冑を取りに。重々しい大剣と一対のそれは、共に焔龍リオレウスの素材より削りだした逸品。甲殻を鱗で紡ぎ、翼爪と翼膜で飾られた武具。竜をもって竜を征す…ハンター達は皆、強大な竜の一部を身に付け、更に強大な竜と戦うのである。

「…話は聞いている。サンク…次は討伐、しかも二頭同時にだ。無理はするな。それと…」
「先輩、自分もう吹っ切れてるスよ。次はもう、ただの飛竜とただのハンター…討伐あるのみッス!」

 もうすぐ母親になるクリオの、既に母親であるかのような眼差し。クリオの前では何時でも、サンクは手のかかる子供のようなもの。そんな彼女も今では、立派な一人前のハンターである。焔龍との死闘と、何より仲間達の存在が、サンクを大きく成長させていた。多少は増長もさせていたが。

「クッ、クリオさんっ!大変っ!王都から新聞が届いたんだ!」
「だからノック位しろと…どうしてこの村の若い娘は」

 手にする新聞は昨日の日付…ここは俗世の後ろをゆっくり歩く村だから。それでも最新情報に違いないそれを握り締め、一人の少女が飛び込んで来た。小柄で華奢ながらも、鍛えられ引き締まった四肢。その身を覆う武具は青い鱗に彩られ…背にはライトボウガン。一見して少年かと見紛うガンナーはしかし、僅かに幼さを残す声で師の名を叫んでいた。

「王様の勅命!悪名高き焔龍は空へと飛び去り…遂に夫婦そろって討伐対象に、ってアレ?」

 村の新米ハンター、トリムは目を丸くした。この村出身のハンターで、トリムが名を知らぬ者など居ないが。その中でも、第三王女に焔龍を生け捕って献上したハンターは、最も憧れる先達の一人。それが今、目の前で忙しく防具を身に付けている。フリックが両手で抱える大剣を受け取れば、すぐにもそれを背負って飛び出して行きそう。

「…ああ、サンク。この子が昨日話した…」
「おおう、こんなちっこい子がッスか!?いやー、たまげたッス」

 クリオとサンクが口々に交わす言葉は、半ばトリムには届いては居なかった。聞こえてはいるが入ってはこない言葉。ただあるのは、言い様の無い高揚感と、始まりを予感する熱いキモチ。王都ヴェルドを未曾有の危機が襲い、古今例を見ない危険なクエストが世間を騒がせている。そして今、そこへ飛び込まんとする者が眼前に。今がその時、その瞬間…鬨の声が堰を切った。

「先輩っ!オレも…オレもミナガルデに連れてって下さい!」

 一瞬の沈黙…それは口を挟もうとするフリックを、クリオが制して長く続いた。何より、当のサンク本人が驚き固まっていた。まるで何年も昔の自分を見るような。先輩という言葉も、言われる側に立てば感慨深い。黙って見守るクリオもそれは同じ。二人の前で、少し顔を赤らめながらも、目を逸らさず半ば睨むように…少女はじっと見詰めていた。逸る気持ちを抑えながら、その言葉を待ちつつ。

「ええと、トリムちゃん?」
「オ、オレッ!…村じゃでんこって呼ばれてます。クリオさんもそう呼ぶし」
「んじゃ、でんこちゃん。どうしてミナガルデに行きたいんスか?遊びに行く訳じゃないスよ」

 幼子を諭すような言葉を、すぐにサンクは後悔する事になる。対等のハンターにそれは、失礼を通り越して侮辱に近い。互いに着込んだ防具が、互いが一人前のハンターである事を如実に語っていた。
 真新しい出来立ての、少しブカブカのランポスシリーズ。自分の手で素材を集めた、自分だけの戦う鎧。そこに素材の良し悪しや価値の有無など有ろう筈も無く。何より少女の一言が、サンクの胸を強く打った。強く、ただ強く。

「オレはこの村で育ったハンターだから…ただ竜と生きる、一人のモンスターハンターだから!」

 気付けばトリムは息を弾ませ、身を乗り出して叫んでいた。それは必ず、相手の琴線に触れる…そんな真っ直ぐな想い。まだ返事は無い。それどころか、何のリアクションも。焔龍に睨まれ竦んだ、あの日のサンクのように身を硬くするトリム。

「そ、それに…オレ、夢見てんだ。ううん、必ず実現する…オレはっ!」
「それ以上は、今は聞けないスね。ただ…自分はもう、でんこの夢を聞いてみたくなってるスよ」

 村の子供の名では無く、それはもう同じハンターの名。声にはもう仲間としての含みがある。長身のサンクは少し屈み込み、トリムの顔を覗きこんで笑った。みるみる表情が明るくなり、少女は満面の笑みで頷き返した。言葉にならない喜びの数だけ、何度も何度も大きく頷く。そのまま三歩下がって一礼すると、弾かれたように家を飛び出てゆく。

「鐘三つの刻、村の入り口で…ううん、出口で!オレ、待ってます!先輩っ!」

 振り向き叫んで手を振る少女は、あっという間に見えなくなった。見送るサンクの背中がクリオには、少しだけ大きく、少しだけ遠く感じる。一抹の寂しさを覚える彼女の肩を、フリックはそっと抱き寄せた。その時もう、フリックは全てを理解したのだ…傍らの伴侶が感じ取るように。この村で一人前となるハンターの、その定められた旅立ちを。

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