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『普通はゴネるんだけどねぇ…ほんとイザヨイは素直な子だよ』

 ああ、またこの夢だ…今と変わらぬ姿の師。今はもうイザヨイ所有のクロオビ防具を身に付け、ナル=フェインは愛弟子に優しげな表情を向ける。その眼差しを一身に受け、はにかみ笑うのは…遠い過去の自分。まだ幼い少女の肩で羽ばたくのは、忘れる事の出来ぬ蒼い翼。

『こんなに大きくなったから。だからもう、自然に帰してあげないと』

 大人びた物言いの節々に、僅かに滲む子供の本音。本当はずっと一緒に居たい…だがそれは適わぬ理屈。何故ならもう、イザヨイは学び始めていたから。自らがこれから生きてゆく、狩人としての道を。人は自然と生きる為に、互いの距離を知らなければならない。だから今日で笑ってお別れ。
 今でもはっきりと覚えてる…夢見るたびにその記憶は、鮮明さを取り戻す。何度も何度も。師であるナル=フェインに付き添い、初めての狩りに出た日の事だ。イザヨイは偶然、傷付き落ちた一羽の雛鳥を見つけた。それは怪鳥と呼ばれてはいるが、立派な飛竜の眷属。

『お別れは済んだかい?ま、これもいい経験さね…』

 始めて見せた師への反抗。結局イザヨイは、蒼いイャンクックの雛を連れ帰った。胸に抱いた小さな命…しかしそれは、僅かな期間で驚くべき成長を遂げる。熱心に世話するイザヨイは、際限なく育ち続ける友人から、数多くの事を学んだのだ。

『はい…じゃ、お別れだよ?元気で…』

 既にもう、肩に乗るイャンクックはズシリと重い。まだまだ幼いが、人の世ではもう生きられない…イザヨイはそっと抱き締めると、ゆっくりと友人を解き放った。戸惑い振り返りながらも、蒼い翼が故郷へと羽ばたき、何度もイザヨイの頭上を旋回する。あたかも名残を惜しむように。
 ここまでは綺麗な思い出。そしてこれからが…度々イザヨイを悩ませ苛む、悪夢の始まり。繰り返すあのシーンが、再び今夜も彼女を蝕む。第二幕の始まりは、耳を劈く火竜の咆哮。眼を閉じてまどろむ夢では、その瞳を逸らす事も適わない。

『!…イザヨイ、戻るよっ!早くおしっ!』

 その手を離れた幼い翼。それに対して牙を剥くのは、余りにも強大な空の王。未練がましく、まるで衛星のようにイザヨイの上空を巡る小さなクックを、獰猛なリオレウスが襲ったのだ。突然現れた嵐の暴君に、なすすべも無く立ち竦むイザヨイ。悲痛な鳴き声を残して、蒼い翼は森へと飛び去る。圧倒的な速度で迫る、死という名の捕食者を引き連れて。別れはこうして引き裂かれたのだ。
 追って駆け出す少女を、ナルは力ずくで引き止める。行ってはいけない…そこはもう、自然の摂理が支配する領域。もう既にイザヨイの手を離れ、蒼いクックは自然へと帰ったのだ。幼くか弱い雛なれば、常に死の危険が付きまとう。それが大自然…強者と弱者の存在を前提に、あらゆる面で平等な世界。

『およし、イザヨイッ!自然に帰すって…約束したろ?』
『でもこんな…私が放したから!やっぱりまだ…ううん、ずっと…』
『あれでいいんだよ、イザヨイ…弱肉強食、それが大自然の流儀さね』

 解って居ても納得できない。知識を詰め込んだ優等生をかなぐり捨て、イザヨイはあの日絶叫していた。不快な寝汗に濡れて絶叫し、ベットから跳ね起きる今と同じく。愛らしい小さな、どんどん大きくなる友人の名を。

「またあの時の…やだな、最近毎晩。これと言うのも…」

 呼吸を整えながら、現実世界でイザヨイは呟く。カーテンの隙間から差し込む、蒼く冷たい月明かりに一人。気付けば今も、悪夢の引き金は彼女の傍らに…寝巻きの袖に齧り付き、安らかな寝息を立てている。腕を上げてもしっかりと、噛み付いて離れずぶら下がる蒼い幼竜。苦笑しながらそれを引き剥がすと、隣で眠るメル=フェインへと押し付けるイザヨイ。

「懐かれてる…のかな?ふふ、困るんだけどな。キミもいつか、あそこに帰るんだもの」

 もそもそと温もりを求めて、幼竜は毛布に潜り始めた。寝返りを打つメルは僅かに唸ると、胸元に擦り寄る幼竜を抱き締め眠り続ける。仲睦まじく、まるでホンモノの親子のように。それが嘗ての自分に思えてならないイザヨイ。その先に待つものをまた、彼女は知っていたから。物憂げに一人と一匹を見守りながら、再びイザヨイは眠りについた。

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