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「ニャ、ニャ…ニャフルッパァ!ううー、調子悪いニャ」
「…クシャミ?あらやだラムジー、風邪でもひいたのかしらん?」

 首元のスカーフで鼻を拭うと、ラムジーは気だるい身体へと気合を入れる。今日も山猫亭は大忙し…酒場は荒くれ者の無頼漢で溢れかえっている。その中に勿論、あの日の恩人の姿。無論、相変わらずの無装備生活。今日こそと思うものの…未だラムジーは声を掛けあぐねていた。

「んー、上手くいかないスね」

 ポーチの中身を卓上に散りばめ、サンクは何やら細かい作業に没頭している。もどかしげに繰る不器用な指先は、まるでイモ虫のように鈍重。何度も何度も調合に失敗しては、その度に零れる溜息。手元のガラス瓶からは、どんどん不死虫が消えていった。
 この世界において脆弱な人類が、唯一圧倒的に勝るモノ。それは文明の知恵。その手に道具を持ち、それを使う術を得てから…人類は辛うじて、厳しい大自然の中で生きる事を許されたのだ。決して許され続けてはいないが。

「こーら、バカサンク!これ読んだ?」

 ぼふ、と頭部に感じる重量感。振り向けばそこにメル=フェインの姿。その手には分厚い古びた書物が握られていた。ハンター必須の書にも、身に覚えのないといった視線をぼんやりと投げかけるサンク…呆れたメルは何度も何度も、繰り返しそのガランドウの頭を本で叩いた。竜人族の英知を記した本で。

「『不死虫は雌のみを用いて調合すべし』って書いてるんよ。やってみ?」
「おおー!さっすがメルメル、あったまいいスねー」
「『竜の牙は先端のみを用いるべし』…サンちゃん貧乏性でしょ?先っちょだけでいいんだって」

 イザヨイも表紙の違う調合書を片手に、サンクの手元を覗き込んだ。余りの悪戦苦闘っぷりに、見かねて遂には助け舟…テーブルの上にはもう、山程積まれたもえないゴミ。数多の素材に混じって、蒼い稚竜が楽しそうに弄んでじゃれ付いていた。

「んやぁ、始めて調合するスから…お、出来たっぽいス。次は…」
「待ちなさい、サンク。まさかそのまま次へ進むつもり?…困ったコね」

 完成したのは"生命の粉"と呼ばれる薬品。不死虫に竜の牙を加えたそれは、不思議な生命力に満ち溢れている。単体での用いる道具では無いが、更に加工を加える事で"生命の粉塵"へと姿を変える。無論、その調合難易度は高いが。
 ハンター達は暇さえあれば、調合の研究に余念が無い。何故なら、手元で生まれる道具のどれもが、自らの命を繋ぎ留めるものだから。調合を疎かにするハンターは、決して長生きは出来ない。サンクのように無知で無頓着なハンターは、非常に稀有な存在と言えよう。

「ほへ?後は簡単スよ?これからランポスの爪を…」
「ランポスの爪じゃなくて竜の爪でしょ?しっかりして頂戴」

 呆れながらもブランカは、素早く調合書を紐解く。長年にわたって使い込まれたそれは、紙面の端が擦り切れた年代物。日に焼けて変色した羊皮紙が、彼女の日々を無言で物語っている。慣れた手付きでブランカは、目当ての頁を探り当てた。

「『竜の爪は色が変わるまで磨り潰すべし』…ほら、手元がお留守よ」
「よっしゃ、超ゴリゴリ磨り潰すッス!」

 乳鉢から煙が出るかと思われる程に。サンクは必要以上に力を込める。忽ち乳白色のエナメル質が、にわかに色付いて輝きだした。早速先程の粉へと、それを加えようとするサンク。

「少々お待ちをサンク様、これによれば『…に…ながら…』…???」
「どれどれ、オレが。んーと『徐々に掻き混ぜながら加えるべし』だってさ」
「『竜の爪6に対して、生命の粉を4の割合で配合』カ…一番最後ニ一番大事ナ事書イテアルナ」

 アズラエルやユキカゼ、ツゥも各々に調合書を覗き込む。五冊セットで現在に残る、遥か太古の知識の結晶。嘗て竜人族が書き記したとされる、あらゆる調合の秘伝。入門編から初級、中級、上級…そして達人編まで。現存する稀少なオリジナルから、幾つもの写本が作られ世に出てゆく。ハンター達の生きる力となる為に。
 額に汗を浮かべながらも、真剣な表情で調合に挑むサンク。見守る仲間達も皆、固唾を飲んで行方を見守る。ラムジーが見守る酒場の一角は、一種異様な沈黙で周囲から切り離されていた。その中心人物が今、乾いた唇を舐めながら…その表情を綻ばせる。巻き起こる歓声と、零れる安堵の溜息。

「上手に混ぜましたーッス!っふぅ、これって手間のかかるモンだったスねぇ」
「ふふ、普段は使われる側だから気付かなかったでしょ?お疲れ、サンちゃん」
「危なっかしいなぁ、調合。見てたら喉渇いちゃった。ヘイ!ラームージィ〜」
「はいニャ!ただいま参りまニャ、ニャ、ニャ…」

 ボフン!黒猫のクシャミで舞い上がる、小一時間の奮闘の産物。気まずい沈黙と同時に、ラムジーの風邪が完治した。キョトンと見詰めるサンクと、ごまかし笑いで見詰め合うラムジー…その直後彼は、いにしえの秘薬が必要な程にとっちめられた。見守り疲れた多くのハンター達によって。

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