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 多くの騎士達を引き連れ、王女は砦の外門へと出た。老山龍が来る方角へと、数多の火器を向けた巨大な門。異形の対古龍兵器、龍撃槍が稲光に黒く浮かび上がる。バリスタに腰掛け雑談していた衛兵達は、突然現れた王女に慌てて身を正した。

「何をしておる、開門だ。開門っ!…いいから開けてやれ」

 王女は城壁から身を乗り出して叫んだ。下のほうから復唱が返り、重々しい音が響く。老山龍の質量にも耐えうる、強固で堅牢な合金製の門。ゆっくりと開け放たれるその隙間から、待ちきれない様子で一匹の走竜が躍り出る。

「うわっ、真っ暗ッス…月も星も見えないスねぃ」
「嵐ガ来ルナ。ツーカ、マタコレニ乗ルノカ。マヂ勘弁…」

 夜空を低く這う雲は、まるで地平線に吸い込まれるように飛んでゆく。その先にあの村がある事は明白なのに…天空に瞬く光を遮られ、風吹き荒ぶ山野は闇そのもの。手綱をぎこちなく繰るサンクは、進むべき道を探して当りを見回した。煌々とたいまつが灯る砦だけが、僅かに闇を切り裂いてそそり立つのみ。その城壁の上に王女を見付けて、彼女は大きく身を乗り出して手を振る。腰にしがみ付くツゥなどお構い無しに。

「おばちゃーん!こいつ借りるスよぉ〜!この脚なら夜明け前にココッはうっ!」

 バリスタの矢が地面に突き立った。驚くランポスを宥めながら、サンクはその場をグルグル回る。

「不届き者めが…殿下、撃ってもいいですか?」
「撃ってから言うな、バカモン」

 配下の騎士が衛兵に代わって、どうやらバリスタを撃ったらしい。その兜を拳骨で殴りつつ、王女はサンクに応えて。闇夜に目を凝らして探した。高貴な血を持つ彼女は気付けば、超常の血を持つ少女を探していた。狩人達の生き様は皆が皆、一様に気高く美しいが。とりわけ異彩を放つ蒼髪の少女。尋常ならざる自身を受け入れ、絶望的な決戦に挑む仲間を当たり前だと言い切った、そんな彼女が気になるのだ。

「返さずともよいが、決して死なすな!それよりあの娘は…」
「あ、来た来た…いっちゃーん、乗れてるスか?慣れれば速いッスよぅ」

 部下が恭しく渡す松明を、見もせず受け取って翳したその時。開きかけた城門を蹴り押して、一頭の走竜が暴れ出た。その背に靡く蒼髪は、僅かな明かりを照り返す白鱗に見事に映える。一回り大きなドスギアノスは、背の人物が主では無い事を知るや、激しく暴れて走り回った。

「慣れれば、って…馬とは勝手が違う見たアッ!」

 瞬く間にイザヨイは振り落とされ、その周囲を心配そうに蒼火竜が飛び回る。王女は慌てて下へ飛び降りようとして、血相を変えた騎士達に制止された。件のドスギアノスは、王女意外に背を決して許さない…走竜騎士団の屈強な男達が、何人も再起不能にされた暴れ竜。一日千里を駆け抜ける名騎だが、例え熟練のハンターでも御する事は適わない筈。

「アワワ、イッチャン大丈夫カ…ホレミロ、ヤッパ馬カ牛ニスルガ吉」
「おば…じゃない、殿下ねーちゃん!もっと大人し可愛いの無いんスか?」
「イタタタ…ん、だいじょぶダイジョブ。それより急がないと…」

 腰を摩りながら立ち上がり、肩に舞い降りる蒼火竜を撫でながら。気性の荒いドスギアノスを見据えて、イザヨイは再度近寄った。不用意に見えるそれはしかし、自然と接近を許されて。少女は無理によじ登ろうとはせず、そっと冷たい鱗へ触れる。こんな時は誰であれ、王女以外なら噛み付き蹴り倒すのだが…暴れる様子も無く、徐々に落着きを取り戻すドスギアノス。誰もが皆、固唾を飲んでその様子を見守った。本来の主である王女ですら。

「ごめんね、知らない人に乗られてビックリしたんだよね?」

 走竜騎士団の団員は皆、自分の走竜は自分で世話をする。王女といえど例外では無い。走竜は本来人に懐かず、警戒心が強い野生の動物なのだ。だが今、天敵である筈のハンターを前にして、徐々にドスギアノスは落着きを取り戻す。いぶかしげに目を細める王女は、少女の瞳が僅かに色を違えたように見えた。

「んじゃ、自己紹介。私はイザヨイ…貴方は?お名前なんてーの?かなっ?」

 甲高く一声嘶くと、その巨大な身を屈めてドスギアノスが唸る。ゆっくりと跨ると、イザヨイはそそり立つ城壁を見上げた。その淵から覗き込む顔ぶれの中に、王女を見つけ出して一礼する。

「殿下、轟天号をお借りしますっ!」
「なっ、な…ええい、さっさと行かんか!」

 シュレイドの白い魔女が駆る、白銀の竜騎…轟天号。常人ならぬネーミングセンスと共に、初めて公となったその名。周囲の衛兵や騎士達は、王女へついつい視線を集めてしまった。

「殿下の大事な轟天号ですから、必ず生きてお返しします。では、殿下も御武運を」
「何度も呼ぶでないっ!まて大蛇丸、轟天は貸すが…これはくれてやるっ!」
「感謝を、殿下!村に伝えます…殿下の心もまた、皆と共にあると!さ、征こう?轟天号」
「う、うるさいっ。こ、これが治世というモノだ。思い上がるなよ、大蛇丸っ!」

 マントを剥ぎ取ると乱暴に丸め、王女は夜空へ放り投げる。受け取るイザヨイはそれを纏うと、礼を述べながら走り出した。ドスギアノスは闇夜を切り裂き、瞬く間に見えなくなる。慌てて追うサンクとツゥのランポスが、少し重そうな仕草で走り出した。

「フン、小気味良い娘だ。しかし轟天が背を許すか…異能の血なぞ眉唾と思うたが」
「殿下、あれがいっちゃんの素です。というか、天然…血とかじゃなくて性格かな」

 あるいは、持ち前の優しさか。気付けばブランカが隣で、三人のハンターを見送っていた。王女はフムと短く唸って、肌を刺す夜気の寒さに、代えのマントも身に付けず身を晒し続けた。

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