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 遺跡平原を駆け抜けるアズラエルは、焦っていた。
 自身が己に、らしくないと感じて思いながら。
「私としたことが、何故……らしくないですね」
 改めて口に出してみたら、自然と笑みが溢れる。
 平原も奥へ行くほどに山岳地帯になり、その稜線と傾斜を利用した都市部遺跡が出迎えてくれる。かつて栄華を極めし都の華美な建造物も、今は風化に身を任せて朽ちて崩れるのみ。
 それでもアズラエルは、未だ文明の残滓(ざんし)を感じさせる段差を軽い足取りで飛び越えた。
 随分と山手の方へと来たが、周囲を見渡しても黒触竜(こくしょくりゅう)ゴア・マガラの気配はない。
 そればかりか不思議と、今日はケルビ一匹、ジャギィ一匹見かけない。
 生命の活力に満ち溢れていた遺跡平原は今、不気味な静寂に包まれていた。
「生き物の気配がありませんね。これは」
 ふと脚を止めたアズラエルが、周囲を見渡す。
 やはり、自分以外の呼吸も鼓動も感じられない。
 だが、再び走り出そうとしたアズラエルを、漆黒の影が包んだ。
 咄嗟にアズラエルは自らを放り投げて、煉瓦(れんが)が残る遺跡群の上を転がった。
「クッ!? 来やがったか!」
 思わず北海育ちの粗野な言葉が口を突いて出る。
 共用語も忘れるほどの緊張感が、あっという間にアズラエルの肉体を包んでいた。
 そして、今までアズラエルが立っていた場所に巨大な黒い竜が舞い降りる。
「ゴア・マガラ! ……やはりいましたか。では、狩りを始めるとしましょう」
 即座に身を起こしたアズラエルは、アイテムポーチから発煙弾を取り出す。これはハンター同士が離れていても連絡を取り合えるように、各個に指定された色の煙幕を上空に打ち上げるための道具だ。
 アズラエルが筒の紐を引き抜くと、発煙弾はピコンピコンと独特な音を発しながら空にアズラエルの色を振り撒く。
 同時にアズラエルは、油断なく盾を構えてランスを背から抜き放った。
「さて、一当てしてみましょうか。手負いなれども、油断はできそうもありませんね」
 恐らく、援軍は来る。
 そう時間をおかずに、オルカたち三人も散開してゴア・マガラを探しているだろうから。遺跡平原は広いが、ハンターが四人で回れば把握するのに時間はかからない。遅くても五分ほどで誰かがやってくるだろう。
 だが、その五分間を生き残れるかどうかは、アズラエル次第だった。
 早速ゴア・マガラは、絶叫を張り上げるや周囲の空気を波立てる。
 ビリビリと盾を揺るがす咆哮に、迷わずアズラエルは距離を詰めて突進した。このまま先制してチャージアタック、あわよくば助走を勢いにジャンプして乗りかかる。
 そういう目論見もあったのだが、手負いのゴア・マガラは俊敏は動きでアズラエルの直線攻撃をかわした。
「……なるほど、多少は学習能力があるということですか」
 アズラエルは急停止で振り返って、身を翻すゴア・マガラの放ったブレスに直面する。まるで凍てついた炎のような黒い一撃は、ガードの上からアズラエルを焦がして凍えさせた。
 不愉快な衝撃に腕を痺れさせながらも、アズラエルは慎重にガードを固める。
 防御力に定評のあるランスならば、大概の攻撃は防ぐことができた。
 だが、ゴア・マガラはアズラエルが一人だと知るや、圧倒的な質量を次々とぶつけてくる。翼にも見える巨大な副椀からの爪が、二度三度とアズラエルを削っていった。時にステップで避けていなし、無理はせずに盾での防御を念頭におく。防戦一方の中でもアズラエルは、焦らず冷静にスタミナを維持してチャンスを待った。
 ゴア・マガラの攻撃は切れ目なく、なかなか攻撃の機会を与えてはくれない。
 だが、勢いを増すゴア・マガラの踏み込みが、突如飛来した矢に遮られた。
「おまたせっ、アズラエル! 援護するよっ!」
 見れば、対面の崖、ゴア・マガラの背後の高みにノエルの姿があった。
 彼女は的確な射撃でアズラエルからゴア・マガラを引き剥がすと、高台から降りて走りつつ次の矢を(つが)えては放つ。
「助かります、ノエル様。挟撃しましょう」
「オーライッ! 挟み撃ちだね! お望み通り麻痺でも毒でも、なんでもござれだいっ!」
 矢継ぎ早に攻撃を放ちつつ、ノエルはゴア・マガラの機動力を潰してゆく。まるで影を縫い付けられたかのように、ゴア・マガラの脚が止まった。
 同時に注意がノエルへと逸れた、その瞬間をアズラエルは見逃さない。
 咄嗟に懐へと肉薄するや、ランスの一撃を真っ直ぐに突き立てた。
 ゴア・マガラの悲鳴にも似た絶叫が迸る。
「やはり、副椀の内側は肉質が柔らかいですね。ノエル様!」
「あいよっ! もうすぐ、麻痺、するっ!」
 熟練のガンナーであるノエルが、射る矢の数を数えながら攻撃を続ける。鏃には麻痺ビンの薬液が滴っており、これで貫かれたモンスターは大概が神経性の毒で麻痺するのだ。
 ランサーであると同時に各種ボウガンを使うアズラエルも、その道理が身に染み付いている。
 だから今は、麻痺するゴア・マガラを最適なポジションで攻撃すべく、立ち位置を気遣いながらステップで反撃を避け続けた。
 そして、アズラエルが踏み込みつつ盾で強撃を弾いた瞬間、
「よっしゃ、麻痺ったよ!」
「ありがとうございます、ノエル様」
 突如ゴア・マガラは身を痙攣(けいれん)させ、その場に崩れ落ちる。
 同時に、まるでそれがわかっていたかのように頭部に張り付いたアズラエルが連続攻撃を開始した。目の前の無貌(のっぺらぼう)をひたすらに連撃で突き、あっという間に漆黒の表皮を切り裂く。麻痺で無力化された飛竜への攻撃など、熟練狩人のアズラエルには朝飯前だ。
 そしてさらに、背後で頼れる友人の声がこだまする。
「アズさん! 援護するっ」
「オルカ様!」
 猟虫(りょうちゅう)クガネを放つと同時に、オルカがそばを駆け抜けた。やはり、オルカたち三人も別個に散開して、手分けしてゴア・マガラを探していたのだろう。
 オルカは猟虫の集めるエキスを受け取りつつ、次の印弾(いんだん)を放ちながらゴア・マガラへと襲いかかる。操虫棍はこういう時には絶え間ない打撃を繰り出せるし、その華麗な立ち回りはまるで踊るよう。
 アズラエルは火力のあるオルカに頭部を譲ってステップアウトしつつ、
「そういえば……エル様はどうされたのですか?」
「あれ? そういえば来てない、ねっ!」
 全身の回転運動を乗せた棍の一撃が、絶え間なくゴア・マガラに出血を強いる。
 黒く爛れた体液が周囲へと飛び散った。
 同時に、毒ビンへと攻撃を切り替えたノエルが叫ぶ。
「アタシ、来る途中で見たけど……エルの奴、ピッケルで採掘してたよ!」
「お、おう」
「そうですか」
 遺跡平原も場所を選べば、良質な鉱物が採集できる。
 もっとも、こういう狩りの場で採集を優先するハンターなど数えるほどしかいないが。だが、アズラエルはエルグリーズという人間の人物像を思い出し、納得するしかない自分をさらなる攻撃へと駆り立てた。
 だが、ハンターたちの猛攻もここまでだった。
 麻痺の呪縛から解き放たれたゴア・マガラは、絶叫と同時に宙へと浮かび上がる。
 たちまち強烈な風圧が三人を襲い、誰もが身動き取れず態勢を崩した。
 そして、無防備になったアズラエルたちは、空中からのブレスで吹き飛ばされる。
「うわっ! ……感染したかも。これが、狂竜ウィルス?」
「ノエル、大丈夫かい? 俺もだ、あの時と……ザボアザギルと戦った時と同じ!」
「三人共感染してしまったようですね」
 宙空で羽撃(はばた)くゴア・マガラは、三人を嘲笑うかのように飛び去った。
 武器を背負い直すアズラエルは、身体が重くなってゆくのを感じつつ、襲い来る倦怠感に抗った。相当なダメージを与えたにもかかわらず、狩りはまだまだ長引きそうだった。

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