オルカが仲間たちとシナト村に帰り着いたのは、激闘の翌日だった。
「オルカ様、シナト村に到着しました。……大丈夫ですか? お疲れですね、かなり」
「ん……ぁ、もう到着か。アズさん、ありがと……アズさんは元気だね」
「いえ、私もかなり消耗しました。早くベッドでぐっすり眠りたい気分です」
見れば、ト=サンがまだ眠りこけてるジンジャベルを背負って先に荷車を降りてゆく。オルカはアズラエルと二人で道具類や武具を降ろして、帰ってゆくギルドの荷車を見送った。
その時にはもう、周囲に人だかりができていた。
「おお……おお! ハンターさんたちが帰ってきたぞ」
「なんと、よかったのう。無事に帰ってきなすったか」
「なに? あの
次々と村人たちが集まってきて、オルカたちは半ば英雄扱いだ。
その歓声にオルカは、不思議と少しだけ疲労が和らぐのを感じる。
そして、親しい仲間たちの声もオルカを出迎えてくれた。
「オルカー! みんなも! 無事だったね、よかった。もー、ハラハラさせてくれてー」
「よぉ、アズ。どうだ、大変だったろ。お疲れ様だな」
ノエルが跳びはねるように駆け寄ってきて、オルカの前で急ブレーキ。彼女が目を輝かせているので、オルカもアズラエルも自然と山積みの狩果を見せてやる。上質の鱗や甲殻の山を見て、ノエルは息を飲むや「やるじゃん!」とバシバシ二人の胸板を叩く。
そんなノエルのあとから杖を突いて、キヨノブが脚を引きずりやってくる。
キヨノブを追い越し駆ける小さな影は、あっという間に宙を舞った。
「
「騒々しいですね、ユキカゼ」
キラキラと宙を舞ったメラルーのユキカゼが、真っ直ぐアズラエルへと飛び込んできたのだが……アズラエルは無造作に伸べた片手でその顔面を
「ああ、この無造作にぞんざいな感じ……間違いなく旦那さんだニャア!」
「ユキカゼ、心配をかけましたね。全員無事です、村は変わりないですか?」
「えとえと、まだアルベリッヒの旦那さんが、エルグリーズ様が帰ってきてないニャ」
我らが団の執事猫、アルベリッヒの姿が見えない。どうやら彼は彼で忙しく、イサナ船が変形した飛行艇で仕事をしているようだ。
そうこうしていると、騒ぎを聞きつけてきたのか我らが団の団長がやってきた。
「ガーッハッハ! 少しイイ面構えになったな、オルカ! アズラエルも」
「お疲れ様です、団長。村に変わりはないですか?」
「ああ! なに、さっきト=サンがジルちゃんを寝かせにいった。すぐ戻ってくるだろう。それより、だ……」
団長は周囲の村人たちへと視線を逸らす。
自然とオルカとアズラエルも、自分たちを囲んでお祭り騒ぎとなった村人たちに目を細めた。
シナト村の民は皆、誰もが興奮の熱気に包まれている。子供たちは大人の間ではしゃぎまわって、荷車から降ろされた巨大な火竜の甲殻や鱗に目を光らせていた。鱗一枚とっても、小さな子供では両手で抱えても持ち上げるのも困難だ。それでも無邪気な幼子たちは、周囲を駆けまわりながら跳ねまわっている。
そして、そんな子供たちを見て頷き笑う大人たちにも、活気が満ちていた。
静かなひなびたシナト村は今、久しく忘れていたかのような熱気に沸き立っている。
「いい狩りだったみたいだな、オルカ! アズラエルも! ガッハッハ」
「ええ。でも団長、珍しいですね……物静かな竜人の村人たちが、こんなに」
「私も驚きました。まるで、感情が爆発したみたいです」
モンスターハンターこそが、この世界の経済と流通を
ただモンスターを狩り、飛竜や古龍と戦うだけがハンターではないのだ。
「で、だ……我らが団としてもな、オルカ。そろそろ……例の謎を解き明かそうと思う」
団長が表情を引き締め、ちらりと視線を走らせる。
その見詰める先には、村でも一番の親切な青年の姿がある。初めてオルカたちがこの地に来た時、応対してくれた青年だ。
団長は黙ってその青年へと近付いてゆく。
青年は団長を見て、微笑を湛えた表情を僅かに固くした。
「どうかされましたか? 団長さん。よかったですね、団員さんたちは皆無事ですよ。村もこんなに潤って……久しく忘れていた感覚です」
「ああ! 我らが団のハンターたちは、その土地を元気づけるからな! それで、だ」
「……あのお話ですね?」
不思議と青年の顔が真剣さを帯びる。
オルカはアズラエルと顔を見合わせたが、どうやら団長は訳を知っているようだ。
団長はオルカたちに肩越しに振り返って頷くと、青年へ言葉を続ける。
「この近辺、
「ええ……今や天空山は無法地帯です。狂竜ウィルスの存在は生態系そのものを破壊し尽くしてしまうのですから」
「そのことで、俺は思ったんだがよ。そろそろ……
団長の言葉に青年は息を呑む。
自然とオルカは、村の奥へとそびえる寺院を見上げる。閉ざされたその奥には、村長とは別にこの村へ長らく君臨する、竜人たちの大僧正がいるという。彼ならばあるいは、天空山の異変についてなにか知っているかもしれない。
そして、団長の言葉に青年は重々しく頷いた。
「……どうやら時が来たようですね。ご案内します、大僧正様に会ってください」
それだけ言うと、青年は寺院へと脚を向ける。
黙って団長は顎でオルカたちを促し、自分もその背を追って歩き出した。
オルカは狩りの疲れも忘れて、アズラエルと共に続く。
「アズさん、大僧正はなにか知ってるのかな?」
「さあ? どうでしょう。ただ、なにかしらの進展があるのでは」
「狂竜ウィルスの謎と、感染個体を襲う正常なモンスターたち……今、あの天空山でいったいなにが起こってるんだろうか……ん?」
ふと視線を感じて、脚を止めるオルカ。
振り返るとそこには、幼い少女がじっと立ち尽くして自分を見詰めている。暗い瞳に不思議な光を湛えたのは、ミラだ。ト=サンが連れて来て旅団に加わった娘で、人とはあまり打ち解けないが家事などを手伝っている。
そのミラが、周囲の喧騒の中でオルカとアズラエルをじっと凝視してるのだ。
なにごとかと声をかけようとした、その時だった。
大騒ぎの中でもはっきりと伝わる、不思議な声がオルカとアズラエルに浴びせられる。
「飛竜は
「ミラ? いったいなにを」
「シッ! オルカ様……なにか異様な気配を感じます。……以前から不思議な娘でしたが」
ミラは最後に「滅びへ全ては回帰する」と言い残して、走り去ってしまった。その背へ伸ばしたオルカの手が、虚しく宙を泳いだ。
ミラが見えなくなってしまって、その不思議な言葉にオルカはアズラエルと共に黙り込む。だが、先を歩く団長が呼ぶので、急いでその背中に追いつくのだった。