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 暗雲垂れ込める低い空は今、暗黒の中に無数の紫電を(ひらめ)かせる。
 妖しげな稲光に照らされ、天に()える黒龍ミラボレアスがモンスターハンターたちの前に屹立していた。その巨体は、正しく失われた神話の時代に星をも燃やしたドラゴン……古龍の中の古龍だ。
 だが、オルカたちは裂帛(れっぱく)の気合で鋼の意思を束ね、毅然と立ち向かってゆく。
 その全身を震わす原初の恐怖は、克服することのできない死に至る病。
 しかし、人は遺伝子がもたらす未知の恐れ……(おそ)れすら超克(ちょうこく)しようとするのだ。
「オルカ、やばいよねこれ……震えが止まらない!」
「私もですよ、ノエル様。なんて恐ろしい。呼吸も鼓動も支配されてるような圧迫感」
「だが、この恐怖すらも乗り越えるべき壁」
 ノエルが、アズラエルが、そしてト=サンが共に走る。
 オルカと同じく、(むしば)むように全身に伝搬した恐怖に抗って、馳せる。
 その先で首をもたげる巨大な黒き龍は、オルカたちの脳に直接言葉を注ぎ込んできた。
『愚か……汝らに裁定を下そうぞ。我への反逆は、それすなわち悪逆! 悪徳! 故に罰する。神威をその身に刻むがいい』
 後ろ足で立ち上がるミラボレアスの口から、苛烈な光が迸る。
 夜空に燃える星々が落ちてきたかのような、火球の連続波状攻撃。徐々に崩落をはじめてゆくシュレイド城の広場で、四人のモンスターハンターは各個に散開するや、散り散りに逃げ惑った。
 正しく神にも等しい、ミラボレアスの圧倒的な攻撃力。
 だが、オルカたちは神をも忘れた時代を生きる蛮勇の徒……恐れ知らずのモンスターハンターだ。その肉体が連なる血の果てに遥かなる記憶を引き継いでいても、今という時代を駆け抜ける意思がそれを振り切り走る。
「悪いけどアタシたち、宗教とか信じてないし! アタシたちが信じるのは……鍛えた己と武器防具! そして……仲間、だーっ!」
 ノエルの絶叫が天へと無数の矢を放つ。
 にらぐ大地と化した灼熱の業火が、ノエルの矢を空へと吸い上げる。
 (やじり)の重さが重力を囚えて、驟雨(しゅうう)となってミラボレアスに降り注いだ。
 そして、逃げ惑うオルカは目撃した。
「ノエルの矢が、弾かれてる……距離か! なら。アズさんっ!」
 叫ぶと同時にさらなる加速で、走るオルカが風になる。
 同時に、アズラエルが槍を構えて突進し、助走をつけて地を蹴った。跳躍する長身が、轟く雷鳴の中にシルエットを刻んだ。
 そして、その姿を追うようにオルカも猟虫(りょうちゅう)クガネを解き放つ。
 同時に、地へと突き立てた操虫棍(そうちゅうこん)がしなってたわみ、オルカの肉体を空へと解き放った。
「乗りを狙います……オルカ様、あれを」
「あれは……ト=サン? なにを……!? そうか!」
 宙へと舞う二人は、視界の隅に黒き影を見詰める。
 蘇った封龍剣を手に、ト=サンがミラボレアスと逆方向に走っている。その身は今、漆黒の鎧に包まれ、瘴気にも似た黒い波動を全身から吹き出ささせていた。まるで、ミラボレアスが(こぼ)した甲殻や鱗が、元の主を呼んでいるようだ。そして、真っ黒な煙を燻らし、暗黒そのものとなるト=サンが背の巨大なタル爆弾を下ろす。
 その場所を記憶して、オルカは飛翔の最高到達点から急降下。
 絶叫で迎え撃つミラボレアスの、その頭上へと操虫棍を振り下ろした。
「クッ! 乗り損ねた! でも、乗るならあそこだ……次こそは!」
「オルカ様、こちらです。ノエル様の矢が引きつけているので……ト=サン様の爆弾がある、あの場所へ!」
 空中で火球と牙を避けつつ、先に着地したアズラエルが身構える。
 彼は、オルカの着地地点に陣取って、狙い撃つような尻尾の一撃を受け止めた。大地に戻ったオルカを襲った、鞭がしなるような剛撃が巨大な盾に激突する。
「ありがとう、アズさん」
「いえ、お気になさらずに……さあ、こちらです!」
 一撃でアズラエルの盾が、ひしゃげて砕けた。
 既に使い物にならなくなった盾を捨てるや、彼はランスを背負って走り出す。
 そのあとを追うオルカに、戻ってきた猟虫クガネが追いついてきた。忠実な狩りの友は、ミラボレアスの全身に満ちる力の一部を持ち帰り、自分の中で濾過(ろか)して凝縮したエキスとしてオルカに齎す。
 猟虫が生成したエキスの香りを嗅ぐことで、操虫棍を使う狩人の力は増幅する。
 オルカにも今、無慈悲な古龍の神にも似た力の一部が宿った。
 そして、全力疾走する先にト=サンが手を振っている。
足掻(あが)け! 藻掻(もが)け! 絶望に屈せぬ愚かさを振りかざすがいい……我に飲み込まれ、この星と共に死に絶えよ。汝らの未来も明日も、今この瞬間すらも罪! 罪悪! 害悪である!』
 オルカの脳裏に響く声が、何重にも滲んでぼやけながらも圧してくる。
 泣きじゃくる赤子のようでもあり、嘆く老婆のようでもある、声。
 だが、オルカは相変わらず自由の効かぬ身体に鞭打って、走った。
 その背後を、全身を地に伏して四つん這いになったミラボレアスが、猛烈な勢いで追いかけてくる。その先に待つ罠も知らずに、オルカとアズラエルを飲み込まんと土煙をあげていた。
 そして、滅びし亡国の繁栄の残滓が、久方ぶりに鎖を鳴らして響く。
「ナイスだ、ノエル! いいタイミングだ……こい、ミラボレアス! ミラを、返してもらうぞ!」
 吼えるト=サンのシルエットが、溢れ出る気迫で背中に龍の翼を象る。
 黒龍そのものを纏う彼は、背に巨大な黒き十二翼を羽撃(はばた)かせた。
 そして、オルカはその横をアズラエルと共に駆け抜ける。
 追いすがるミラボレアスの頭上には……轟音を響かせ巨大な質量が落下してきた。
 衝撃音が鳴り響く中で、ト=サンの封龍剣がタル爆弾を切り裂く。
小癪(こしゃく)! 小癪なああああああ……我を相手に、小細工を! 小賢(こざか)しい!』
 ミラボレアスの巨体が、落下してきた巨大な城門の扉によって潰される。神さながらに全てを支配するミラボレアスとて、物理法則には抗えない。ノエルが断ち切った鎖の先には、かつてシュレイド王国華やかりし頃の巨大な城門がつながっていたのだ。
 刻を忘れたままに錆びて朽ちゆく巨大な鉄と木の板が、落下。
 さながら断頭台(ギロチン)の刃のように、ミラボレアスの巨体を大地と共に挟む。
 同時に、ト=サンが着火したタル爆弾が大爆発の火柱を屹立させた。
「や、やったか……!」
「オルカ様、そのようなことを言っては……来ます!」
「あーもぉ、今ので死なない! 倒せない! ト=サンは……!?」
 爆炎が広がり黒煙を巻き上げる中で、ミラボレアスの絶叫が空気を沸騰させる。
 城門は枠組みごと崩れ、巨大な瓦礫(がれき)煉瓦(れんが)が次々と降り注いだ。その衝撃音の中へと消えたミラボレアスと、ト=サン……だが、オルカは油断せず緊張感を解かない。
 伝説の黒龍と呼ばれし、古の災厄ミラボレアス。
 その神をも超越する力が、これしきのことで倒せるとは思えない。
 それに、ミラボレアスの圧倒的な覇気はまだいささかも衰えておらず、オルカたちモンスターハンターを震わせる悪寒は止まらない。原初の恐怖がその身を苛み蝕んでいるということは、その根源がまだ健在ということだ。
 そして、瓦礫の山が突然内側から木っ端微塵に吹き飛ばされる。
『汝らに神罰を下す! 我の憤怒を知るがいい……虫ケラにも等しい人間の分際でえええっ! 死! 死を! 死を持って償え! 我は真理にして摂理、我の意思は星をも超える神の決定なり!』
 響く絶叫に立ち竦みながらも、オルカは見た。
 翼を広げて飛び上がろうとした、ミラボレアスを。
 そして、その背を……長い長い首を駆け上る、暗黒に身を委ねた怒りの狩人を。
「……ゼロきょり(ほうふつ)、取ったぞ。貴様が神ならば、俺は……俺たちは神さえ狩ろう。封龍剣の痛みを、思い出せっ!」
 黒い防具を鮮血に染めながら、ミラボレアスに乗ったト=サンが吼える。
 その手に逆手に握った封龍剣が、絶叫を張り上げる乙女のような声ですすり泣いた。世界の全てが嘆いて叫ぶような、幾重にも入り交じる声が濁流となって刀身を震わせる。
 ト=サンが封龍剣を突き立てると、ミラボレアスの身体が大きくゆらめく。
『こ、これは……封龍剣! 絶一門! おのれ、おのれえええええ……数千年の刻を経てまた、我に楯突くか! 呪われし封龍士の忌まわしき剣!』
「感じるぞ、ミラボレアス……貴様より削り出した鎧を纏う俺には、わかる。貴様の痛み、苦しみ……ならばっ! 我らモンスターハンター! 全力で狩らせてもらうっ!」
 ト=サンの雄叫びが今、オルカを走らせる。
 同時にアズラエルが回り込むような動きで馳せるや、その間の空間を矢が幾重にも走った。ノエルの援護射撃を受けながらも、激しく暴れるミラボレアス。その首筋にしがみつくト=サンが、死力を振り絞って封龍剣を突き立てた。
 獣のような咆哮を張り上げるト=サンの背から、吹き出る瘴気が翼のように突き立つ。
「ミラを、返せ……俺たちの、仲間を、返せっ!」
『貴様の物ではあるまいに! 人間ッッッッッ!』
「ミラは誰のものでもない! だが、俺の命は今、ミラのもの……ミラを救って助けるために捨てる!」
 突き立てた封龍剣を、横一文字にト=サンが振るう。かっさばかれた傷口から赤黒い血が霧となって吹き出る中で……ト=サンはもう片方の手がもつ盾を放り投げた。同時に、ポーチごと傷口に大量の爆薬を捻じ込む。
 ト=サンが飛び降りると同時に、烈火の(ほのお)が無数の爆発で閃光を走らせた。
 その衝撃波が地を這う中で、爆心地が巻き上げる空気の渦に、気付けばオルカは飛び乗り地を蹴っていた。

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