深い森の奥、山野を分け入ったその先へ……道なき道が続いている。
陽光は眩しく天からの光を注ぎ、青葉は茂ってのびのびと広がっていた。まだ人類の文明が
その中を今、オルカは仲間と一緒に黙々と歩く。
重装備ながらも、その足取りは軽い。
そして、
「アズさん、ト=サンも……間違いないね、これは」
オルカはリーダーとして、左右の仲間を振り返る。
アズラエルは歩きながらの弾薬調合をやめ、手を止めると小さく頷いた。一方でト=サンは、少し後ろを気にしながらもオルカへ返事をよこす。
「ああ、久々に当たりを引いたな。……オルカ、俺たちへの遠慮は無用だ。いつもの流儀でやってくれて構わない」
「わかってるよ、ト=サン。悪いけど俺も、そう器用に加減ができるようにはできてないんだ」
軽口を叩いて笑いつつ、オルカは緊張感を昂ぶらせてゆく。
同じく、アズラエルもいつも以上に寡黙で沈黙を保ったし、ト=サンも後ろを振り向くのをやめていた。
探索を再開させた三人の行く手には、恐ろしい敵が待ち受けている。
そのことはもう、事前の依頼で調査済みだった。
「オルカ様、ト=サン様も。恐らく、確実にこの奥に……」
「うん」
久しぶりに口を開いたアズラエルは、道具を整理して虫あみやピッケルを捨てた。同じように、携帯食料を口に含んで、オルカも戦闘に備える。
狩りの時間が始まろうとしていた。
否、既に始まっていた。
ギルドで依頼を受けて街を出た瞬間、そこから先は狩りの理が支配する無慈悲な世界だ。人間は大自然の前では無力に等しく、些細なイレギュラーであっさりと命を落とす。それを知ってて尚、知恵と勇気で挑んでゆく者たちが文明を築き、文化を発展させてきた。
大自然と戦いながら共存し、時には共闘する者たち。
「……近いな。血の臭いがする。それも、新しい血だ」
ト=サンの言葉に、オルカは身構える。腕から解き放った
あれからもう、何年が経っただろう?
相変わらず世界は、普段と変わらぬ日々を続けていた。
巡る星は既に、いくつもの季節を見送って久しい。
昇る太陽と月も、その都度輝きで大地を見守ってきた。
大きな戦争もあったし、大災害もあった。その間にもモンスターハンターたちは、野山で害獣と戦って糧を得て、竜を狩りて心身を鍛えて武具を揃えた。時には古龍とさえ戦って、多くが死ぬ中で少数が英雄として讃えられた。
そんな当たり前の日常を続けて、気付けばオルカも一人前のハンターになっていた。
「そういえばさ、ト=サン。アズさんも。遥斗からこのあいだ、手紙が来てたよ」
「ほう?」
「なんと言ってました?」
自然と多弁になるなかで、オルカは慎重に
そんな中、集中力を高めながらも雑談に花が咲く。
異様な雰囲気に虫も鳥も、木々でさえも震えて竦むような気配。いい天気で快晴、青空が広がる中でも凍りつく戦慄が漂っていた。
その中心へ飛び込むハンターたちの言葉が、なんでもない話を紡いでゆく。
そうすることで三人共、緊張に強張る心身を解きほぐしていた。
「デカい
「ほう、やはり腕を上げてるな。負けてはいられん」
「ト=サン様、撃退程度で喜んでいるようなら、話にならないかと。遥斗様には悪いですが……私たちの方が、強い」
不敵なこともずけずけと平坦に言ってのけるが、アズラエルがそれだけこの仕事に掛ける意気込みが強いということだ。
否、彼らにとって……オルカを含める三人、そして世界中に散らばる仲間たちにとって、ある獲物だけが特別な意味を持つ。それは仕事と言うにはあまりに凄絶で切実で、そして哀しい……いうなれば、
運命の相手を求めて、オルカたちはある時は手を組み、ある時は競ってクエストを受け続けた。生活は潤い名声は高まり、しかし終わらぬ狩りがオルカと仲間たちを駆り立てる。彼らだけが求める、本当の獲物……絶対に勝たねばならぬ相手へと走らせる。
「クシャルダオラは毒が有効だ、そこに気をつければ難しい相手ではない」
「ええ。ト=サン様の言う通りです」
「そう思うだろう? でも、遥斗が撃退したクシャルダオラは……普通じゃなかったらしいよ? 体表が錆びて朽ちたかのような、普段より肉質の硬い鱗と甲殻の個体だったそうだ」
オルカの言葉に、「ほう?」とト=サンが兜の下で笑う。反対にアズラエルは面白くなさそうに鼻を鳴らした。
そうこうしていると、より強い死臭が鼻を衝く。
開けた場所に出ると、ひだまりの中に巨大な死骸が横たわっていた。
それは、並のハンターならば砦や城塞を用いて狩るハメになる、恐るべき古龍……その
「大きいですね、オルカ様。……並の個体じゃない、この大きさは」
「ああ……俺もハンター歴は長いが、こんな大きさは。
感嘆に驚きを隠さぬアズラエルとト=サンに、オルカも黙って頷く。
目の前に今、巨大な
まだ死んでから、そう時間も経っていない。
流れる血は乾いてはおらず、恐るべき
三人が警戒心を最大限に高めた、その時……背後で声がした。
「ハァ、ハァ、ハァ……父さん、オルカさんもアズさんも。やっと、追いつき、まし、た」
一人の少女ハンターが、巨大な剣を背負って現れた。
その姿に、僅かだが三人は緊張感を和らげる。膝に手を当て前屈みに、少女は呼吸を貪りながら汗を地面に落とし続けた。だが、胸を抑えて起き上がると、そこには
「ごめんなさい、遅れました。あの……ちょ、ちょっと、鉱石を」
「……相変わらず地雷ですね、オルカ様。だから私は以前から」
「まあまあ、アズさん。俺たちはもう、狩猟時間の短縮に目くじらをたてるレベルじゃないさ。それに……まだ狩りは始まってすらいない」
そう、まだ獲物には遭遇していない。
だが、その獲物がここに先程までいたことは確実だ。オルカたちが長年追っているその敵は、恐るべき力を持っている。人知を超えた古龍の化身、荒ぶる星の意思にも等しい暴力の権化……世界中で次々と古龍を抹殺し、殺戮の限りに蹂躙し、そして吸収する。
そう、古龍が古龍たるその因子を奪い続ける、
「ミラ、採集はハンターの基本だが、打ち合わせの際に一言断っておくべきだったな。オルカやアズラエルはなにも言わんが、血気に逸る者たちには快く思われない」
「はい、父さん! あの、オルカさん、アズラエルさんも……すみませんでした!」
ぴんと背筋を伸ばした少女、ミラは深々と頭を下げる。それで、背中の大剣の重みに負けて、頭からでんぐりがえしに転んで転がった。
だが、恥ずかしそうに赤面しながら立ち上がろうとしたミラが、突如血相を変える。
「こ、これは……父様! 封龍剣が!」
身を起こしたミラの背で、唸るように鳴動する剣が光っていた。
それは、太古の昔に鍛造されし、この星で最強の個人兵装。携行できる武具の中でも最も強く、恐ろしい
そして、今はもう昔話になってしまった遠い過去……始まりの戦いを呼んだ刃。
この剣を手に、彼女は戦ってくれた。皆のため、星のため……なにより、自分のために。オルカたち全員がそうであるように、彼女も望みを持って願いを胸に、自分のために戦ったのだ。その結果、彼女は自分の宿業を自ら受け入れ、そうしてミラを救った。
そして、不気味な明滅を繰り返す封龍剣と共に、周囲の気配が一変する。
鳥たちが飛び立ち鳴きながら逃げ失せ、動物が遠のいていく気配にオルカは息を呑む。
「気をつけて、アズさん! ト=サンはミラを!」
「お任せを。……さあ、お互い楽になりましょうか。久しぶりですね」
「ミラ、こっちへ! 今の俺たちには、こうしてやることしかできん。……来いっ!」
身構える三人の中へミラは混じって、背の剣を抜くや声を張り上げる。
「わたし、来ました! ハンターになって、来たんです! お相手します……全身全霊で、あなたにもらったこの命で! 勝負です、エルグリーズ!」
瞬間、空が真っ赤な炎に彩られた。それは、空気さえ燃やして沸騰させるなにかが、高速で頭上を通り過ぎた証。目視すら叶わぬ音の速さが、オルカたち四人の上を通り抜けた。一拍遅れて吹き荒ぶ風圧に、思わずオルカは目元を守る。
気付けばもう、周囲には身も凍るような気配はなかった。
「……振られた、かな? 行ってしまったね」
「まだあれは……エル様は集めるつもりでしょうか? 更なる古龍の因子を」
「ああ……本当に奴は、全ての古龍を狩って、自分の中に集める気だ。そのあとで、恐らく……」
だが、オルカは悲観もしていないし、寧ろ気持ちが高揚するのを感じている。生まれ始めている最強の古龍……人の姿に次々と集めた龍の因子で、人を脱して龍へと
「よし、行こう。戻ってギルドに報告だ」
オルカの声に「はい!」と、ミラが一番の元気で返事をしてくれた。
そうして狩人たちは、また歩き出す……望む未来、願う明日へと続く道を。道なき道と知って切り開き、遮る全てを打ち破って。時には乗り越え、時には潜り抜けて。
――モンスターハンターと!