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「問題はまぁ、あと一人メンバーが見つかるかって事だがよ」

 半ば投げ出すように匙を置き、溜息交じりに呟く男。寒冷期は既に終わり、米虫もオンブウオも旬の時を終え…春の訪れを好ましくない形で感じつつ、彼は大好物だったヒーヒーカレーをテーブルの隅へと追いやった。給仕のアイルーが駆けて来て、それ見たことかと笑いながら食器を下げてゆく。出来れば皿と一緒に、自分の頭を悩ます問題も片付けてはくれまいか…無精髭の顎を摩りながら、アレックスはその思いを口には出さず、押し黙るリーダーの返事を待った。

「ジゼは帰ってくるよ!多分、絶対…きっと、必ずっ!」

 頭痛の種が席を立ち、バン!とテーブルを叩きながら叫んだ。仲間思いの少年ハンターは、大きな勘違いに気付く事も無く。アレックスに代って、彼等のリーダーに言葉を求める。が、返事は無い。新たな季節の到来で、熱気に沸き立つ大衆酒場において…うかれた春気分とは無縁の男がそこには居た。

「アレクとジゼと、僕とゼム…いつものメンバーでいいじゃないですか」
「いつもの狩りならな。話は最後まで聞けよ、ファーン。ゼムも何とか言ってくれや」

 ファーン少年を宥めて座らせつつ、アレックスは改めて自分達のリーダーに向き直った。白い端整な顔付きに、神経質そうな細い眼。黒い長髪から覗く耳は小さく尖り、亜人種の血を僅かに感じさせる。年齢、経歴、本名全て不明…この地の民でも発音出来るよう、リーダーはドンドルマではゼムとだけ名乗っていた。

「ゼム、ジゼを待って出発しましょう。もし万が一の時は三人で…」

 ジゼことジゼットが護衛する商隊が、砂漠で消息を絶って三日目…漆黒の巨大角竜現るの報に、ドンドルマのハンター達は熱狂した。交錯する情報はどれも正確さを欠き、犠牲が出る度に狩猟報酬は跳ね上がる。高騰する角竜の取引価格にハンター達が殺到し、その全てが新たな犠牲者として、更なる価格高騰に貢献していった。失われた命を惜しみつつも、誰もが祭の興奮に酔いしれる…主役は勿論、熱砂の大地に君臨する双角の暴君。

「ジゼを待って討伐に加える。が…それでも一人足りん」

 短い返答に耳を打たれ、ファーンの漠然とした疑問は確信へ変った。彼にとってまさかの、想像しようもなかった形で。自分同様にゼムも、仲間の生還を疑う気持ちは無い。ジゼットを加えてそのうえ、メンバーが一人足りない?四人一組が鉄則の狩場で?答えは一つしか、ファーンの脳裏に浮かんではこなかった。ジゼットやアレックス同様、自分も絶大なる信頼をゼムに寄せてはいるが…必ずしもそれが、双方向の信頼関係を保障するものではない。

「僕じゃ力不足って事…ですかっ!?」
「そうだ」

 内容そのものより、表情一つ変えぬ即答がファーンには堪えた。兄の様にゼムを慕う、駆け出しハンターへと突き付けられた現実。思わず二人から目を逸らし、アレックスは気まずそうに髪を掻き乱す。だが、自分がゼムの立場だったとしたら、やはり同じ結論に達しただろうと彼は思った。アイテムを駆使しつつ、狩猟中の小物を片付け、メンバーと飛竜の戦いを支援する…ファーンのチームに対する貢献度は軽視出来ぬ物があるが。華奢で小柄な片手剣使いを、今回ばかりはメインターゲットから守ってやれる自信が無い。ゼムにすら無いと暗に言っているのだから、アレックスも同様であった。

「ジゼは良くて僕は駄目ですか!歳だって僕と二つしか…」
「諦めろよ…お前さんは留守番さ。ジゼット嬢は若くして大ベテランだしなぁ」

 アレックスの慰めを最後まで聞かず、少年は酒場を飛び出していった。重装備のハンター達が犇く中、あちこちに肩をぶつけながら、その小さな背中が見えなくなってゆく。引き止める事無く見送り、ゼムは溜息を噛み殺して飲み込んだ。巨大角竜の討伐という熱病に侵され、多くのハンター達が無謀な狩りに命を散らす中で。黙々とゼムは地道な準備を進めてきた。情報を集め、装備を整える傍らで…今もまた、不安要素の一つを取り除いたに過ぎない。

「さて、俺も行くか…相手が相手だしよ、コイツじゃ屁のツッパリにもなりゃしねぇし」

 傍らのブロードボーンアクスを担ぐと、アレックスも椅子を蹴った。今はまだ、討伐へ出発する時期ではない…繁殖期はまだまだ始まったばかりであり、準備を焦る気持ちとこそ、今は戦うべきなのだ。急いては事を仕損じる…アレックスの性分から言えば、直ぐにでも砂漠にすっ飛んで行きたい気持ちなのだが。仲間が一人戻らず、さらに一人を欠き、自らの得物にも不足を感じている。機はまだ熟しては居ない。

「一週間後だ、アレク…一週間後にまた会おう」
「ああ、解った。ファーンにもそう伝えとくぜ?」

 ゼムは頼むとは言わなかったが、駄目だとも言わなかった。ただ無言で頷き立ち上がると、愛用の大剣を担いで店を出る。今はもう、その後を子犬のように追いかける少年も、付かず離れず黙って付き従う少女も居ない。その光景に眼を細めていた、いつもの自分すらもう居ないのではないだろうか?ふと根拠の無い不安を感じ、アレックスは無精髭を撫でる。思案を巡らす時に出る癖だが、胸中の暗雲を払う妙案は、今のところ何も浮かんではこなかった。

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