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「いいだろう、コイツはすぐだからな…問題はアレだ」

 真っ白な口髭から手を離し、タンクメイジを受け取って。ドンドルマの職人達を率いる親方は、渋い表情で眼前に佇む防具一式を見やった。台座に飾られたそれは、辛うじて人型を保ってはいるが…既にもう、その役目を終えているとしか思えぬ破損状態で。修繕しようにも、どこから手をつけて良いか解らぬほどの有様。並みの職人なら見るまでもなく、廃棄処分以外の依頼は受けないだろう。

「先ず外装は一度引っぺがす。骨格の歪みも見にゃ…こりゃ新調した方が早いぞ、御嬢」

 赤々と燃える炉の火に照らされ、物言わぬハンターの抜け殻が僅かに光沢を燻らす。カンタロスと呼ばれる巨大な昆虫の、何十匹もの甲殻と羽を集めて作られたガンナー用の防具。製作に多大な手間と時間を必要とするだけあって、軽くて頑丈と評判のカンタロスシリーズは…砕けて尚、装着者から高い評価を得続けていた。評価する装着者がこうして、生きて再びドンドルマへ生還した故に。

「でも修理を…強化を。これで」

 包帯に包まれた細い手が、大きな袋を突き出してくる。躊躇も後悔もない意思の表れを、親方は受け取り覗き込んだ。貯蓄した貴重な素材を、全て惜しみなく注ぎ込んだ…その意気込みが見て取れ思わず、ニヤリと口元を綻ばせる親方。職人の熱き血潮が、静かに胸中へ押し寄せ沸き立つ。
 眼前のハンターは誰が見ても、満身創痍の重傷人だが。その顔には生還の安堵感も、再び死地へ挑む恐怖感も見て取れない。相変わらずの無表情はしかし、瞳に強い光を灯して。物言わぬジゼットは今、言葉以上に明確な眼差しで、頑固で気難しい職人魂を揺り動かしていた。

「いいだろう、生憎と例の角竜騒ぎで大忙しだが。超特急で仕上げてやる…先ずはコイツだ」

 親方は手早くタンクメイジのシールドを取り外しながら、パワーバレルの口径を指定して手近なアイルーに声を掛ける。毒怪鳥の翼を加工した、弾性に富むしなやかなシールドはもう、既に原型を留めていない。近頃になって急増した廃棄物の山へ、それは放り投げられ見えなくなった。工房の隅に詰まれた武具の塚は、たった一匹の飛竜によって築かれたもの。
 燃え盛る炉の火に、長い影を揺らす狩人達の墓標…ジゼットはふと、残骸の山を詩的に表現した自分に驚いたが。それが感傷的な表情を演じさせるには到らなかった。運が悪ければ、自分の武器防具もあの場所に積まれていたかもしれない…それは彼女にとって結果論に過ぎず、想いを巡らすに値しない。第一、彼女にとっては「生き残ったからこそ」という物が無かったから。生きてる限り狩り続ける…ただそれだけ。

「よし…御嬢、出来たぞ。精度と威力は増加する反面、標的との零距離正面対峙は…オラそこぉ!」
「アニャァ!す、すみニャせん〜!あんまし重くて手が痺れたニャ」

 パワーバレルへと換装されたタンクメイジを、半ば放り出すように手渡して。突如響いた鈍い音に、親方は工房の奥へとすっ飛んで行った。カウンター越しにジゼットが覗き込めば、一匹のアイルーへと振り下ろされる親方のゲンコツ。その足元には鍛造したばかりの、特異な形状のシリンダーが転がる。重金属特有の輝きを放つそれは、親方の剣幕から直ぐに、彼自身の手による逸品と見て取れた。
 デルフ・ダオラ…コンマ数ミリの狂いも無く穿たれた、六つの穴を見詰めてジゼットは呟く。鋼龍の甲殻より削り出した新機軸のリボルバー式ボウガンは、圧倒的な火力を誇るという。そればかりか補助弾の運用にも長け、何より反動が少ない。複雑な機構から装填には手間取るが、それを補って余りある破壊力と聞く。彼女程の腕を持ってしても、絶対に入手適わぬ業物。だが…

「気付いたか?そう、こいつぁドラグライト製さ…デルフ・ダオラ用じゃねぇ」

 アイルーが苦労して運んできたシリンダーを、親方は軽々と抱えて丹念に点検し始めた。非力な猫が落っことした程度で欠ける用では、そもそも実戦運用なぞ夢のまた夢。何故ならそれは砲身に収まるべき物では無く…飛竜や牙獣の脳天へ向けて、全力で振り下ろされる鉄槌なのだから。

「ミナガルデの工房によ、馬鹿みてぇなハンマーを考えた大馬鹿野郎が居てな」

 そして今、ここドンドルマに…性能未知数の試作品で漆黒の暴君へ挑もうという、超馬鹿野郎がいた。顔をくしゃくしゃにして、俺は馬鹿野郎が大好きだと豪快に笑う親方。ジゼットには自分もその一人だという自覚が有ったが、あえて否定も肯定もしなかった。親方には全て解っていたが。
 二人は言葉少なげに必要な事項だけ確認しあうと、それぞれ為すべき事を為しに戻ってゆく。親方は再び額に汗を浮かべて鉄を打ち…ジゼットは包帯で真っ白な身を引き摺るように、ゆっくりと家路を辿った。彼女にとっても既に、狩りは始まっていた。否、まだ終わってはいなかったのだった。

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