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「こ、これが英雄の剣!?」

 驚きの声を上げるファーンの姿を、道行く誰もが振り返った。が、さして珍しい光景でもなく…村人達にとってそれは、ごくありふれた日常。伝説を聞き付け訪れるも、失望と落胆だけを土産に帰って行く…そんな狩人達以外、この村は人の出入りなど無いに等しい。

「どーしたの?おにーちゃん。おかお、まっさおだよ?」
「い、いや…何でもないよ。でも参ったな…ホントにこれで?まさか、なぁ」

 案内してくれた村の子供が、俯くファーンを心配そうに覗き込んでくる。その頭を撫でてやると、幼子は無邪気に白い歯を見せた。屈託無く笑うその姿には、微塵の警戒心も感じられない。ドンドルマであれば、華奢な少年ハンターでさえ…無頼の輩と女子供は避けるものだが。やはりこの地はハンターにとって、特別な場所なのだとファーンは実感していた。ココット村…古くは村長の一角竜退治に始まり、数多の奇跡的な狩猟譚を生み出してきた聖地。

「これが仮に錆びて朽ちる前の状態だとして…いや、無理だよ」

 じゃれ付く女の子に構わず、ファーンは再び冷静に観察してゆく。一角竜を討ち取り、今は石碑に突き立つ伝説の剣を。それは華美な装飾に彩られているものの、特別な素材でこしらえた物では無い。僅かばかりの属性も無ければ、特殊な効果が有る様にも見えない…ただ鋼を鍛えただけの片手剣。
 少年の予想は脆くも崩れ去った。以前より耳にしていた、ココット村の英雄伝説…同じ片手剣使いとして、ファーンもこの話が真実だと信じて疑わなかったが。ココットの英雄は勇を持ってのみならず、知と理に長けた狩猟巧者だったのでは?と…そう思っていた。獲物の弱点を見極め、的確な属性の武器を使い分ける。伝説の剣は一振りではないと、確信していたのだが。

「抜いてみる気にもならないや…多分抜けないし。さてどうしよう…」
「フォッフォッフォ、折角じゃから試してみぃ?ハンターは皆、一度は抜いてみるもんじゃて」
「あ!そんちょーだ!こんにちわ、そんちょー!」

 特徴的な声に振り向き、視線を足元へと落とせば…小さな老人の姿。ファーンは無意識に数歩下がって、気付けば頭を垂れて礼を尽くしていた。自分でも何がそうさせたのか解らずに。改めて顔を上げてみれば、どこにでも居そうな好々爺。ココットの村長と言えば、それは伝説の英雄と同義語だったが…少年にはそれが、俄かには信じられなかった。ともあれ老人の強い勧めで、彼は剣へと手を伸ばす。

「…ほらね、やっぱり抜けない。抜けたとしても持って行く訳にはいきませんしね」

 持って行く必要も価値も無いし、と心の中で付け加えて。ファーンは肩を竦めて溜息を一つ。英雄の剣を欲した訳では無いが。孤高の一角竜を屈服せしめた一振りを、是非この眼で見ておきたかったのだ。どんな材質の、どんな属性なのか…それは恐らく、今季の砂漠に君臨する漆黒の双角竜にも、恐らくは通用するだろうから。是非参考にしたかったが、その希望は木っ端微塵に打ち砕かれた。

「フム、抜けないかのぉ…じゃが、抜こうとせねばそれすら、解らぬ事じゃて」
「いえ、まぁ、見れば解りますけどね。さて、鍛冶屋でも覗いて帰るとするかな…」
「狩りとて同じじゃよ…先ずは角竜と闘わねば、狩れるかどうかも解らぬ事じゃて」
「…ぼ、僕等だって角竜位、何度も狩ってます。しかし今度の相手は普通の角竜じゃ…」

 そう呟いた口を思わず、ファーンは手で押さえて黙った。出来るのなら吐いた言の葉を、全て余さず拾い戻してしまいたい…じっと見詰める老人を前に、少年は頬が熱くなるのを感じる。ゼムやアレックス、ジゼットと共に、何度も狩った事はあるが。彼は一度も、直接角竜と対峙した事は無かった。無論、周囲の邪魔な小物の片付けや、罠の設置にサブクエストの達成…どれも大事な仕事だが。

「若い者は皆、知識だけで飛竜を計りたがる…恐れに曇った知識と知らずにの」
「…実践して経験が伴い、初めて知識は成立すると…ふふ、御老人はそう仰る」

 知る事とは、見聞きした事柄で虚像を内に作る事ではない。真に知識を得るとは、自ら経験した事実を身に刻む事。無言の笑顔でそう語る老人はやはり、間違いなくこの村の…否、狩人達の英雄その人だった。ファーンにはその姿に、憧れ慕うチームのリーダーを垣間見る。

「おーいっ、マリーッ!ゴハンだぞぉー!」
「あ、パパよんでる!それじゃ、おにいちゃんバイバイ!そんちょーもバイバイ!」

 額が地に付くかと思う程、元気に一礼して女の子は去って行った。広くは無い村で、その背はどんどん小さくなり…やがて父親の胸に飛び込んでゆく。手を振り見送ったファーンもまた、踵を返して歩き出した。ギルドの受付嬢が退屈そうに欠伸を噛み殺す、酒場のカウンターへ向かって。

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