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 その集落はまだ存在し、存続し続けていた。もう地図からは消されてしまったが。のどかで平和な、しかし重く澱む停滞感。酒場には年寄りが身を寄せ合い、港には建造途中の巨船が朽ちて眠る…ここはジャンボ村。嘗て日の昇る勢いで栄え、今は落日の黄昏に沈む地。

「ゼム!この野郎、散々待たせやがって…噂は聞いてるぜ?相当ヤバイ双角竜だってな」

 旧友の熱烈な歓迎を受けながらも、他の鋭い拒絶の意思を感じて。ゼムはしかし、眉一つ動かさずにその視線を受け止めた。この村の全てに…今こうして肩を抱き合う旧友にさえ、自分を恨む権利があるように思えたから。そして何より、無言で睨み付けてくる妙齢の女性にとって、それは義務に等しいものであるから。

「さぁ、早速見せてくれ…何が不満だ?何が物足りない?何でも言ってくれ」
「威力は充分だが、耐久性が足りん。相手は双角竜…刃を研ぐ間も惜しい」

 一振りのアッパーブレイズを挟んで、男達は熱心に意見を交わし始めた。普段から冷静沈着なゼムも、この時ばかりは僅かに、言葉の節々に熱が滲む。遠巻きに見守る村人や、険しい表情で佇む女性も意に介さず、二人は長らく語り合った。久しく失われていた光景が、数年ぶりにジャンボ村へ蘇る。狩人と職人…過去の栄光の残滓はしかし、他の誰の目にも眩しすぎて。心を揺さ振られる者など誰も居ない。それが今のジャンボ村。

「OK、俺に任せとけって…久々に腕の振るい甲斐がある」
「ああ、存分に振るって欲しい。衰えてないなら、な」
「抜かせボケェ!まぁ、久々に姉貴の手料理でも食いながら待つんだな」
「…ああ」

 並ぶ無数の刃に目を細めて。確かな目利きで使い手の腕を再確認しながら、男はそのままアッパーブレイズを担いで、工房へと走り去った。村人達も直ぐに興味を失い、元の日常へと戻ってゆく…唯一人を残して。憎悪を滾らせ、それを押さえつけるように自らの肩を抱く女。

「何しに来たの?また弟をいいように利用して…用が済めば帰るんでしょ?ドンドルマへ」

 刺々しい言葉がゼムに突き刺さる。だが、亜人の美丈夫には微塵の動揺も見て取れない。

「弟も最近、やっと真面目に仕事し始めたのよ…造るのは農具だけど、ね」

 嘗て辺境のこの地に、竜人族の男が村を拓いた。その話は風に乗り、噂を聞き付け集う多くの人材…その中心に若きモンスターハンターの姿。彼の狩りは村の発展に直結し、その成果が村を潤した。が、それも今は昔。開拓の原動力は突然、ジャンボ村から失われた。一瞬で。永遠に。村の英雄は、自身がライバルと認める男と共に、風翔龍の討伐へと雪山へ。その日を境に、この村から開拓の灯火は消え失せたのだった。

「ゼム、あの人の墓に詫びて…そして出てって。もう二度と来ないで頂戴!」

 堰を切ったように、積年の恨みが噴出した。この村の時間は、そして彼女の時間は…あの日に止まってしまったのだ。銀嶺に散った一人のハンターは、この村と彼女にとって全てだったから。故に村人は恨み憎んだ…生還した後、村を捨てて街へ旅立ったゼムを。

「…明日、村を出る。生涯もう二度と、この地に足を踏み入れる事も無いだろう」
「明日と言わず今すぐ出てって!あの人だけじゃなく弟まで…私から奪わないで」

 良識あるハンターであれば…少なくとも普通のハンターであれば。言われるまでもなく、この村に顔を出す事を躊躇っただろう。だが、ゼムは冷酷なまでに狩りに忠実だった。過去から現在に到るまで一貫して。彼は自らが認めた職人にしか、自らの武具を触らせる事は無い。そしてこの村には確かに、野に埋もれた才能が人知れず息衝いていた。強敵を前により強力な武具を欲して…ゼムは自然とこの地へ舞い戻った。相応の覚悟を持って。

「おーい、ゼム!コイツを見てくれ、どう思…姉貴っ!」
「何してるの?出てってよ…出てって!あなたはこの村の疫病神なんだから!」

 両手一杯に強化用の素材を抱えて、若き職人は戻ってきた。彼は泣きながら駆けてゆく姉を止めようと、無意識に手を伸べる。何かの翼膜と思しき、焔色の素材が無数に散らばった。それが何であるか、それが何になるのか…直ぐに察してゼムは、一瞬で追憶を振り払った。同時に冷徹なまでの頭脳が確信する。経験と理屈を伴わぬ、天才肌の職人が確かに存在するという事実を。その男は天性のセンスだけで、直感的に武具を生み出してゆく。一度その手による剣を握れば、解る者には解るのだ。

「気にすんな。姉貴も皆も、本当はゼムを恨んでるんじゃねぇ…本当に恨んでるのは…」

 本当に恨んでいるのは、誰もが皆…己自身。少なくともゼムの古い友人は、そう言い聞かせて研鑽を積んできた。ただ古龍討伐成功の報が待ち遠しくて、村の明るい未来が輝かしくて。最悪の結果も考慮せず、ろくな準備もさせず送り出した。あの日を誰もが、未だに深く悔いている。その呪縛が重く圧し掛かり、ジャンボ村は衰退していったのだった。

「それよりコレだよ、コレ!珍しいだろ?コイツとゼムが持ち込んだ鋼龍の…ゼム?」

 無言でゼムは踵を返し、村の外れへと歩き出した。一瞬もしやとも思ったが、男は止めずに黙って見送る。ゼムで無くともモンスターハンターなら、使い慣れた武具を置いてゆくことなど有り得ない。何より、その足が村外れの墓地に向いていたから。完全無欠で冷静沈着の、超が付く程の一流ハンターたるゼム…だが、鎧に覆われた彼の背が今は、驚く程に小さく、頼りなく男の眼に映った。

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