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「…いや、まぁ…その、何だ…そう来たか」
「悠長な事を言っておるから…当然の結果じゃな」

 街門を埋め尽くす人混みを、二人は掻き分ける必要が無かった。その巨躯は恐らく、街中からでも容易に目にする事が出来たから。西に傾いた日の光に、長い影を引き出される黒い飛竜…既に息絶えた双角竜を前に、アレックスは全身の力が抜けてゆくのを感じていた。肩を竦めるセツカを気にも留めずに、落胆の色を隠そうともしない。

「畜生っ、短ぇ祭だったな。」

 巨大な亡骸の上では、何人かのハンターが誇らしげに手を振っている。今日という日を語り継ぐ詩は、彼等の名と共に歌い継がれるだろう。栄えあるドンドルマの歴史に、新たな一頁が刻まれた瞬間。しかし、今宵その歌を聴く者の多くは、苦い酒を味わう事になる。勝利の栄冠をただ仰ぎ見るだけの、まだまだ長い繁殖期を毎晩。

「さて、どーすっかなぁ?いっそ今季はオフにしちまうってのは…」
「フン、好かんな…」

 同意を求める訳でもなく、休暇を望んでる訳でもなく。イレギュラーな結末に隠せぬ動揺を、何とかアレックスは取り繕おうとしたが。帰って来たのは手厳しい一言。が、それも自身に吐かれた物では無いと知り、改めてセツカの目線を追う。背筋をピンと伸ばして見上げる彼女の、細めた瞳はただ一点を見詰めていた。

「好かん!ただ狩ればいいという物でも無かろうに…無粋な」
「そっかぁ?俺ぁ別に気にしないけどよ。生きるか死ぬか、だしな」

 小山程もある漆黒の暴君…その亡骸にはまだ、角竜のシンボルである角が片方残されていた。尾も切断されておらず、巨体をより一層引き立てている。熟練のハンターともなれば、尾を切り角を砕いて、狩りの成果へ華を添えるのが定石とされてきたが。少なくとも傍らの女剣士にとっては、それでこその狩りと自負するだけの、気概と実力があるらしかった。
 だが、アレックスは違う。セツカのそれが報酬目当ての気持ちでは無く、真剣勝負に対する彼女なりの礼節だと…シキ国の剣士特有の信念だと知ってはいたが。どうしても素直に同調する気にはなれない。もし自分が、この巨大な双角竜と対峙したとしたら。とてもじゃないが、そこまで気が回らないだろう。そして恐らく、今日誕生した英雄達もそうだったのだ。

「まぁいい…御主、これから暇なんじゃろ?今度はワシの狩りに付き合うがよい」
「あ?あぁ、考えとくわ…しっかしこれはなぁ。連中が見たらどんな顔をするか」

 冷静沈着なチームのリーダ、ゼムにとって、これも予想の範囲内だろうか?或いはひょっとしたら、普段は見られぬ姿を見てしまうかもしれない。ファーンはどうだろうか?これを逃した好機と見るか、内心胸を撫で下ろすかで、この一週間の成果が見て取れるだろう。そしてジゼットは…考えるまでもなかった。歓声と落胆が入り混じる人混みの中…彼女は今、表情の無い顔を夕日にさらして、黙って二人と同じものを見ていた。

「これは…違う」

 小さな小さな一言が、アレックスの鼓膜を揺さ振った。それは騒がしい街門の中で、一文字一句違えずハッキリと聞こえた。その証拠に、視線に気付いて振り向いたジゼットは、仲間の姿に無言で頷いてみせる。驚きと同時に込み上げる喜びに、気付けばアレックスはジゼットへ詰め寄っていた。様々な装備の狩人を掻き分け、セツカを放り出して。

「ったく、ワシは乳臭い小娘以下か…待てアレク!待てと言うておろうに」
「ちょっ、悪ぃ!通してく…おいジゼ!」
「大きいけど、大き過ぎはしないもの」

 それは周囲には恐らく、若年ハンターの負け惜しみに聞こえただろう。しかしアレックスには、何よりも信憑性を帯びた現実に聞こえてならない。その目で件の双角竜を見て、生還を為しえたジゼットの言葉だから。

「ふむ…ならば尚のこと、ワシの狩りに付き合ってもらうぞ、アレク?勿論相手は…」
「へへ、その話ならよ…悪いが俺じゃなくアイツに…リーダーに相談してくれや」

 無精髭に覆われた顎を、アレックスは嬉々としてしゃくる。その指し示す先にセツカは見た。地平に沈む夕日を背負って、角竜の骸に眼も留めずに。一人のモンスターハンターがドンドルマへ帰還するのを。

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