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「で、どうするよ?悪かぁねえ話だが…」

 承諾以外眼中に無いセツカと、相変わらず無表情に腕組み俯くゼム。その両者を交互に見ながら、手に馴染む無精髭の感触を確かめつつ…アレックスは言葉の続きを飲み込んだ。冷たいエールの苦味と共に。爽やかな喉越しと共に、酒気が五臓六腑に染みてゆくが…今夜は不思議と酔いが回らない。熱く滾る身も、猛り逸る心も、鎮まる気配すら見せないのだ。

「四人目を探しておると聞いたが…ワシでは不満か?ゼム殿」

 腕に不足は無い。セツカは信頼に値する、超の字を重ねて冠したい程の一流ハンターだ。以前、ゼムの口から語られた事が本音ならば…もし四人目のチームメンバーを探すなら。これ程に恵まれた選択は無いだろう。同時に、何より狩りの成功と安全を期するゼムには、断る理由もまた無い筈だった。
 ただ、アレックスの目にはいま、まるで別人のようなゼムの姿が映っていた。おおよそ躊躇とは無縁な男が、まるで何かを迷っているかのように…いたずらに沈黙を守り続けている。そう見えないか?と無言で視線を投げかけると、向かいに座る金髪の少女が同意を目で訴えた。

「不満は無いが…今回は遠慮して戴こう」

 意外な一言に思わず、互いの顔を見合わせるアレックスとジゼット。だが、セツカは小さく鼻を鳴らすと、やれやれと肩を竦めてみせるだけだった。無論、断られるとは思いもしなかったが…彼女とて、ゼムが断る理由に心当たりが無い訳でもない。むしろ、そんな些細な事に拘るゼムの、意外な一面を見れたことの方に小さな喜びを感じていた。

「ワシを袖にするか…ま、それも良かろ。で、何処の誰じゃ?御主らの四人目は」
「ただの…馴染みの仲間、さ」

 いつものな、とアレックスがゼムに続く。ジゼットは黙って席を立つと、カウンターにもたれてバーテンダーを呼ぶ。もはや興味を失ったかのように、話の続きに加わろうともしない…その態度は無言で、ゼムの決定が当然だと支持するかのようにも見えた。

「ハン、てっきり連れては行かぬと思っておったが」
「ま、最初はそう言ってたんだがよ…どーゆー風の吹き回しよ?」

 話は終わりと言わんばかりに、食事に手を付け始めるゼム。その口に食事以外の仕事をさせるべく、アレックスとセツカは問い掛ける。無論、満足の行く答えは返ってこない…少なくともゼムの口からは。

「…本人に聞くんだな」
「は?っておい…あー」
「ふむ…呆れた奴じゃな、何しておる!」

 ゼムの視線が示す先に、その少年は立ち尽くしていた。振り向く二人に向けて、曖昧な笑みで気まずそうに頭を下げる。その様子から察するに、大方の事情は察しているのだろう。

「いや、席も埋まってるし…大事な話かな〜、って…」
「ま、大事っちゃー大事だがよ…しっかしお前なぁ〜」

 呆れかえるアレックスとは裏腹に、ゼムは一瞥しただけで声は掛けなかった。彼に代わってセツカが、まじまじとファーンを観察する。防具は砂に薄汚れ、新しい生傷に塗れた肉体…間違いなくそこには、狩場から生還した一人のモンスターハンターが立っていた。華奢な印象はそのままに、以前より僅かに逞しさを感じる。

「何しておる、と言っておろう!…御主の席じゃ、座れ少年」
「…え?あ、ああ!ス、スミマセン!」
「で、どうよ?その様子じゃ狩ったんだろ?孤高の一角竜、モノブロスをよ」
「いや、角を折るのが精一杯で…命からがら逃げ帰ってきましたよ」

 毅然と立ち上がるセツカに急かされ、少年はいそいそと席に着いた。同時に、五つのジョッキを持ってジゼットが戻り…一週間ぶりにチームの面々が揃った。ファーンはどこか気恥ずかしく、同時に何故か誇らしげで。一同を見渡し、ゼムに言葉を待つ。セツカは収まりのいい光景に目を細めながら、ジゼットからジョッキを一つ引っ手繰った。

「明日、日の出と共に出発する」

 何故、ファーンの同行が許されたか…語る事無くゼムは、ジョッキを二つ受け取り、片方を少年へ差し出す。頷き受け取る彼には、いかなる言葉も無用に思えてならなかった。祭の終わりを見送る酒場の雰囲気に、意気揚々と乾杯の声が高らかに響く。その夜の内に新たな犠牲者が増え、ドンドルマは新たな祭の夜明けを迎える事となった。

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