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「っしゃぁ、もう一丁ぉ!今度は…どーでぃっ!」

 景気のいい掛け声と共に、合金製のハンマーが唸りをあげる。それは有機物とは思えぬ硬度の黒い表皮へ、吸い込まれるように叩き付けられた。インパクトの瞬間、野蛮な狩猟鎚は精密機械の一面を覗かせる。緻密な金属音をカチリと響かせ落ちる撃鉄。轟音と爆炎を残して、アレックスは横っ飛びに身を宙へ躍らせた。
 これが何度目だろう?ディアブロスの巨大な顎へ、一撃離脱を繰り返して。横に流れてゆく漆黒の巨躯は、傍目には弱った様子を微塵も感じさせない。ただ手の内のハンマーだけが、目に見えて劣化してゆく。獲物の巨大さ故に今回は、角を叩き折ろう等とは試みなかったが…何度頭部に直撃を食らわしても、熱砂の女王は依然として、脳震盪に膝を付く無様を見せない。

「クソッ!ガードの固ぇ貴婦人だ。砥石…いや、もっかい行ける?だろぉ!」

 周囲に目配せして仲間の位置を確認し、背後にガンナーの援護射撃を確認。砂塵を巻き上げ着地するや、アレックスは全身の筋肉に鞭打って踵を返す。間髪入れずに再度、頭部への集中打を試みる…まだハンマーに打撃力の感触が残る内に。身を低く屈めた屈強な狩人が、血走る眼光鋭く双角竜に肉薄する。その瞬間、アレックスは周囲の空気が急激に吸い上げられるのを感じた。視界の端ではファーンが、小さな盾を身構え何か叫んでいる。

「危ないアレク、逃げて!」

 嫌に冷たい汗が首筋を伝った。何を無理な、と気付けば笑っていた。後には引けぬ速度で、零距離に踏み込むアレックス。同時にディアブロスは長い首を巡らせ咆哮し、空気は瞬時に沸騰した。砂漠の海を長時間潜行する角竜達…その強靭な肺活量は、群がる狩人に見えない凶器となって牙を剥く。アレックスは咄嗟に口を開いて鼓膜を守ったが、もはや攻撃どころでは無かった。理屈では説明出来ぬ恐怖が肉体を支配する。あらゆる思考が霧散して、鍛え上げられた四肢から力が抜けた。
 ゴム質の小さな盾が、大気の震動に激しく揺さ振られる。その陰に隠れて視界を阻まれながら、ファーンは必死にポーチを漁った。常に最前線でハンマーを振るっていたアレックスは、体力もそれなりに消耗している。その彼が今、無防備な状態で…その命を暴君の手に握られている。最悪の事態が脳裏を過ぎり、生命の粉塵を探す指がもどかしい。既に咆哮は過ぎ去り、僅かだが永遠にも感じる時間…暴君だけの時間が始まっていた。絶叫の洗礼を受けた狩人はこの数秒、震えて祈る事しか出来ない。

「くっ、せめてネコタクに乗っ…」
「痛ぇ!くおお、俺の一張羅がぁっ!」

 訪れた静寂を打ち破ったのは、聞き慣れた砲声と悲鳴。恐る恐る盾の陰から、顔を覗かせたファーンが見たものは。激痛に顔を歪めて、背を丸めて屈みこむアレックスの姿。その無防備な獲物を前にディアブロスは、真正面に大剣を構えたゼムと相対していた。その巨大な刃で咆哮をやり過ごした後、リーダーは仲間を背に暴君に立ちはだかる。

「御嬢っ、ナイスと言いてぇが…もっとこう、別の弾ぁ無かったのかよ!」
「…知らない」

 立ち上がったアレックスはすぐさま、ゼムの邪魔にならぬよう回避に専心。砂塵を巻き上げ切り結ぶ一人と一匹を避けながら、背後の射手へ怒鳴り散らした。見れば彼の鎧は、背に張ったゲネポスの鱗が四散し、マラカイト製の地金が大きく窪んでいる。ファーンは瞬時に理解し、すぐさま行動を起こした。細い指から零れる生命の粉塵は、熱風に煽られ場に満ちる。
 吼えるディアブロスが支配する空間で、唯一自由を与えられた者が居た。改良を重ねたタロス防具に身を包み、絶叫の荒波に溺れる事無く引鉄を引いた射手。ゼムやファーンが防御に身を固める中、ジゼットは冷静に練習用の弱装弾を装填、照星にアレックスを捉えて撃ったのだ。

「畜生っ、こうなりゃ女王様にゃ素っ裸になってもらって…」
「剥いだ甲皮で鎧でも造るか?アレク、いい案だが一つ言っておく」

 鋭い角の一撃を避け、暴れる尾の乱撃を見切りながら。ゼムは体勢を立て直したアレックスのぼやきに応える。余裕とも取れる口調は決して乱れず、普段と同じ淡白な声。だが、その肉体は忙しく左右に揺れて甲冑を鳴らす。巨大な剣に重装甲の剣士は、見た目からは想像し難い軽快な体裁きで刃を振るう。

「ディアブロメイルは…死ぬ程重いぞ」
「へへ、違いねぇ!それに鎧だけ立派で他が貧相だと、街を歩くのも恥ずかしいしな!」

 全力の突進をいなしながら、ゼムは下がりつつ言い放つ。入れ違いに再び前面に押し出たアレックスは、リーダーの冗談とも本気とも取れる忠告を笑い飛ばした。もはや用を為さない鎧を脱ぎ捨て、破れたインナーを引きちぎる。鍛え上げられた肉体を灼熱の太陽に曝して、振り向く双角竜を待つ。

「アレク、これ以上の無茶は…ああ、もうっ!でも悪いペースじゃない。なのに…」

 正しく激闘と呼ぶに相応しく、過去に経験した狩りのどれよりも過酷。だが、今の所は危いながらも、徐々に双角竜は追い詰められつつある。人智を超えた無尽蔵の体力で、群がる狩人達を一蹴してはいるものの…ダメージは確実に通っている筈。弱った素振りを見せはしないが。
 自分達は上手くやっている?抜群のチームワークと個々の技量を駆使して?このまま集中力を切らさず、地道に追い込めば、期限内ギリギリに狩る事が出来るかもしれない。ファーンはしかし、何か言葉にならない違和感が胸の内に生まれるのを感じた。それを自覚するや、すぐに広がり知と理に結びつく。

「何故誰も狩れなかった?この暴君を誰も…」

 高名な凄腕の狩人達は皆挑み、誰一人帰って来なかった。それなりの腕の者もまた挑み…何故か、僅かに生存者が存在する。今、最後の貫通弾に手をつけたジゼットもそう。疑念が生まれつつあったが、それが何か解らず、ファーンはリーダーの背を求めて視線を彷徨わせた。その瞳に映ったのは…残酷な現実と、暴かれた真実だったが。

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