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「ぷっはー!美味ぇ!やっぱ夏は冷えたコイツに限るわナ」

 冷たい黄金芋酒を満たして、発露に覆われたジョッキをあおって。アレックスは久々に訪れる酒場を見渡し、その懐かしい雰囲気への帰還に酔った。顔見知りを見つける度に、悪態と皮肉で挨拶を交わしながら。癒え始めた傷が僅かに疼き、その完治が待ち遠しい。今も混雑を極めるギルドカウンターを見詰めては、焦れる気持ちを抑えきれない。
 季節は既に暦を飛び越え、今日明日にも温暖期の到来が宣言されるというこの時期。既に灼熱地獄へと変貌しつつある砂漠へ、駆け込みで英雄を目指す者達が絶えない。それは長蛇の列を連ねて酒場を貫き、ギラついた眼の狩人達は店の外までズラリと続く。その混雑を掻き分け、一人の少年が入店したのを見つけて。大声で手を振ったアレックスは、肩の鈍い痛みに僅かに呻いた。

「もう良いんですか?出歩いて…ま、じっとしては居られないでしょうけど」
「ああ、お前さん達の確認した顛末も気になるしよ…」

 向かいの席を勧めながら、アレックスは何時に無く神妙な面持ちで無精髭を撫でる。久々に会うファーンもまた、何から話そうかと会話の糸口を探りながら、さして興味の無いメニューを手に弄んだ。もう既に店のオススメは皆、温暖期が旬の料理が並ぶ。午後の狩りには参加しないつもりだったので、黄金芋酒を二つ追加する仲間に、少年は黙って頷いて。走り去るアイルーの背が見えなくなってから、アレックスは重い口を互いに開き始めた。

「悪ぃ、真っ先に知りてぇ…奴は?見つかったかよ」

 それを伝えに来たのに、いざ聞かれてみると躊躇われる…が、ファーンは一瞬の間も置かずに事実を伝えた。あの日、報酬の全てをネコタクに巻き上げられつつ、九死に一生を得てから。その足で調べ上げて確認した現実を。言の葉を紡がず、ただ首を横に振って。

「…そうかよ。ヘッ、参ったねこりゃ…ドでけぇ借りを作って、しかも返せないってか」
「遺体が見つかった訳では無いんです。ただ、街には戻ってないとギルドでは…」

 女王の秘密が暴かれ、雌雄一対の双角竜が荒れ狂う狩場で。その男は終始冷静だった。戦闘不能になった仲間を庇いつつ、回収へ走るネコタクを援護しながら…正に心身を削るような攻防の中、ジゼットやファーン、そしてアレックスをキャンプへと逃がした。アレックスが見たリーダーの、それが最期の姿。あの日を境に、ゼムを見たと言う話は冗談にも聞かれない。未熟な歌姫見習いの、つたない即興の歌にさえ。

「御嬢がやられてお前さんが吹っ飛んで…でも奴は俺に言ったんだぜ?攻めろってヨ…」
「僕等もそのつもりでした。雌に狙いを絞って、あともう一太刀と思ったんですが」

 三人目の脱落者を責める言葉では無かった。如何に屈強な狩鎚使いといえど、防具を破損した状態ではマトモに闘えないから。現にアレックスは、繁殖期の残りを全てベットの上で過ごす羽目に。それでも生きてこうして、再び会い見えて言葉を交わせる…奇跡的とさえ思えるこの瞬間は、余りに大きな代価を彼等から奪っていった。黙って突然、容赦も慈悲もなく。

「あと…これはジゼがその眼で確認してきた事なんですが」

 沈黙に抗いながら、ファーンは伝えるべきを急いだ。熱砂の暴君が仕組んだ強かなる罠を、見破り知りえた者の、その義務を全うする為に。今、去り行くこの繁殖期が伝説であるように…その真実が狩人達の歴史であるように。遺産とも遺言とも取れる、事の顛末の真なる結末。

「ギルドに届出は無いんですが…雄の双角竜が一匹、誰かの手で狩られ朽ちてました」

 比較的小さめの…と、ファーンが言うより早く。アレックスには心当たりがあった。わざわざジゼットが調べて報告する、今の時期誰もが見向きもしない雄のディアブロス。小柄となれば尚更…だが、それこそが正に、彼等のリーダーが残したモノに他ならない。この街の誰もが挑む熱砂の暴君の、誰もが知らぬ真実。

「は、はは…何てこったい!こりゃ傑作だ!…格好イイ真似してくれんじゃねぇのヨ」
「随分ゲネポスに食い荒らされてたそうですが…死体には剥ぎ取られた跡があったそうで」

 仲間が全て力尽き、消耗し切って心身が限界に近付く中で…その男が狩りの掟から解き放たれた瞬間。踵を返して街へ戻るより先に、彼にはやるべき事が見えたのだろう。或いはもう逃げ切れぬと悟ってか。

「あそこに並んでる連中、知らねぇんだろうな…」
「実は『四本の角』に挑まされてました、なんて」
「ガラじゃねぇな、ゼム…あの連中の面倒まで見てやるなんてよ」
「自分で見破れない罠を、誰かに見破れとは言わない人ですから…」

 ゼムは最後の力を振り絞り、限界を超えて女王の罠を食い破ったのだ。全ての狩人達に、何より仲間達に栄光を託して。恐らく今季を生き延び、近い将来再び熱砂の暴君は姿を現すだろう。その時誰もが思う通り、恐るべき敵は女王ただ独りなのだ。同じ手が通用する程、彼女もまた人間を甘くは見ていないだろう。あるいは更に強力なパートナーを従え…しかし、その手をもう知るものがここに居る。勇者の遺産を継ぎし者達が、明日を見据えて牙を砥ぎだした。

「んじゃま、気合入れて静養すっかな…頑張って休むぜぇ?」
「待ってますよ、アレク…来年はハナから『四本の角』に挑むつもりで居てください」

 狩人達はひたすらに、その時を待つ。我が身と武具を鍛え、その知識と経験を研ぎ澄ましながら。大自然の驚異に打ち勝ち、ただその栄光を誇る為だけに。再び狩りの季節は巡り始め、新たな目標を前に男達は走り出す。ある者は我が身の傷を癒し、ある者は心の傷を抑えながら。
 運ばれたジョッキを、今は居ない男へと捧げてから。一気に飲み干し、ファーンは席を立った。小柄なシキ国の女性剣士が、アレックスを見つけてすっ飛んで来るのが見えたから。明日からまた、狩りの為の狩りが始まる…それこそが、狩りに生きる狩人の運命。砂漠のクエスト受注締め切りと、温暖期の到来を叫ぶギルドの声に背を押されて。少年の背は強い午後の日差しへと飛び出していった。

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