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 ユクモ村を山へと続く、北側の入口にして出口。その周辺は今、村民達の人だかりで賑わっていた。定期的に巡ってくる行商人達が荷を解いて露店を開いているからだ。
 柳の社での仕事もそこそこに、ミヅキもまた大勢の村民達に混じって品物を物色していた。勿論、妹のルナルがお勤め中の彼女を強引に連れ出したので、紅白の小袖に袴という巫女装束のままで。
「あんちゃん! トラップツールをこんだけちょーだいっ!」
「豪気な買い物するなあ、ルナルちゃんよう」
 杖を突いてミヅキ達を出迎えたのは、一足先に買い物へ訪れていたキヨノブだった。彼は身を乗り出して三本指を立てるルナルへ表情を崩す。
 モンスターハンターにとって、狩猟で使う道具は生命線とも言えた。傷を癒す薬から解毒薬に始まり、各種モンスターの生態を記した文献に、護符の類や細々とした道具。優秀な狩人ほど、狩りに際して道具を惜しまない。武器一つでの狩りを良しとする一派も存在するが、基本的には消耗品の数々を無駄なく有効的に使う者こそ一流のモンスターハンターと讃えられた。
 人混みの中で一生懸命、ルナルが小さな身をぴょこぴょこ跳ねさせ腕をあげる。その姿を見た行商人の一人が、帳面に何かを書き足した。
「えへへ、トラップツールは常に3セット常備しとかないとね。あとはそだな〜」
「えっ、ちょっとルナル、3セットって……」
 ルナルから勘定を貰って、行商人は商品とは別に備蓄してる在庫を大きく動かした。彼女の買い物は3セット……つまり、トラップツール99個を3セットという意味だった。勿論この数は、決して多いとは言えない。
 現にミヅキも、自宅の収納箱に生命の粉塵を10セット以上ストックしてある。
 それでも、ミヅキにはルナルの買い物がどこか無駄遣いに見えてしまい、ついつい姉として口を出してしまう。もう天真爛漫な妹のいる生活にも慣れたもので、気付けば何かと世話を焼いてる自分が少し楽しくもあった。
「ルナル、トラップツールはいつでも買えるでしょ? そんなの、収納スペースの無駄よ」
「ちっちっち、解ってないなあお姉ちゃん」
 ミヅキと同じ表情を浮かべるキヨノブに対しても、ルナルは人差し指を口元で振ってみせる。
「箱に入れておいたほうが調合とか便利じゃん?」
「……そうかなあ。調合する時、お店で買えばいいと思うんだけど」
「お姉ちゃんはじゃあ、クエストの度に道具屋に行くの?」
「そうしてるけど」
 露骨にルナルが表情を歪めた。多分擬音にしたら「うへぁ」とか「うぇえ」とか、「な、なんだってー」とか、そういう類の顔だ。だがすぐに彼女は愛らしい童顔の美少女に戻ると、不思議そうに小首を傾げるキヨノブにも解るように説明を始めた。
「連続して集会所で狩りをする場合は、箱にストックがあった方がいいの。いちいち外に出る手間が省けるでしょ。他の人との待ち合わせの時間も短縮できるし」
 少なくともドンドルマではそうしていたとルナルは胸を張る。幼子じみた愛らしい顔とは裏腹に、立派に実った二房がたゆんと揺れた。
「ま、確かにミナガルデの時もそうさなあ。酒場の箱に移しておけば、そこで調合出来たな」
「っしょ? ほらあ、おっちゃんもそう思うっしょ?」
 納得顔のキヨノブが、僅かに懐かしむように目元を細めた。
 その寂しげな顔にふとミヅキは、周囲の喧騒を忘れる。
「俺はでもまあ、店にふらりと出るのも嫌じゃなかったけどな」
「えー、おっちゃんそれは狩りのメンツに悪いよう」
「そっか?」
「連続してクエストを請け負う時は、サクサク狩りたいって時じゃん?」
 確かにルナルの言うことも一理あるのだが、どうやらキヨノブが現役だった時代と場所では少し違うらしい。確かミナガルデという街、それもモンスターハンターの街だとミヅキは聞き及んでいた。
「ドンドルマじゃー、ちょーっとそれは通用しないよ? あたしこう見えてもプロだもんね」
「へぇへぇ。まあしかし、お姉ちゃんのことは、ミヅキちゃんのことは待ってやるんだろう?」
「そ、それは……お姉ちゃんじゃなくても待つよ。仲間だもん」
 変に照れて頬を朱に染めると、ルナルは陳列してある角笛を手に取った。
 ルナルは常日頃から狩猟笛を使う傍ら、大小様々な笛を持ち歩いている。角笛に様々な素材を組み合わせた、狩りのサポートをする為の笛だ。今もその材料を選ぶように、彼女は口をつけて二、三度軽くならしてみる。
「あたしの流儀はドンドルマの流儀、でもそれって押し付けるもんじゃないじゃん?」
 歯切れが悪いのは多分、やっぱり照れくさいから。ミヅキがそう思って自然と頬を緩ませてると、その生温かい視線に気付いたのか、ルナルはことさら真っ赤になって角笛を吹き始めた。
 普段、ルナルがオカリナで吹いているメロディが旋律となって周囲を満たした。自然と人の群れがルナルを中心に輪と広がる。
 不思議なことにミヅキはこの時やはり、ルナルがいつも吹いている曲を知っているような気がした。どこかでいつか……遥か遠い昔、聴いたことがあるような。ミヅキが追憶にリズムとテンポの源流を探して沈んだ、その時だった。
「あら、みなさんもお買い物ですか?」
 不意に声がして振り向けば、そこにモノクロームの麗人が立っていた。
 普段の格好が格好なだけに、ミヅキは最初言葉を発した眼前の人物が誰か解らなかった。常にアロイシリーズで全身を金属に覆い、猛禽を思わせる鋭角的なフルヘルムで人相を隠した、スタイル抜群の謎の狩人。確か、ドンドルマの古龍観測所から来たという……名はアウラ。
 彼女はシスターの格好で顔以外に露出ななく、白磁の如き真っ白な顔で微笑んでいる。
「ドンドルマは常日頃から対古龍を想定した要塞都市なので。ルナルさんみたいな効率を優先するハンターさんも少なくないんですよ? まあ、みなさん上手くやってるのでギスギスはしませんが」
 ――上手くやらないと死にますから。ニコリとアウラは恐ろしい一言をくれる。ミヅキは異国の城塞然とした街を脳裏に描いて、僅かに顔を引きつらせた。古龍との戦闘を前提とした街……それは果たして、いかなる場所なのだろうか?
 ミヅキはそもそも、古龍という伝説の存在を見たことがなかった。古龍……それはこの世の生存戦略の頂点に君臨する絶対強者。分類不明のありとあらゆる最強の生物に与えられる、一種の称号。まさしく神話に謳われた龍としか思えないものから、神獣や霊獣の類まで様々らしい。
 さる古龍を祀ったとされる柳の社で巫女をしながら、ミヅキにはその恐ろしさが想像だにできない。
「まあでも、ルナルさんみたいな親切なハンターさんが多いですね、比較的」
「そ、そうなんですか。その、アウラさんは」
「わたしですか? わたしもそうですね、常備する道具はなるべく収納するタイプでしょうか」
 ミヅキは軽やかな、角笛から発せられているとは思えぬ音色に聞き入りながらもアウラと言葉を交わす。自分もこの村では特異な金髪碧眼だが、目の前の麗人は整い過ぎた顔立ちがまるで人形のよう。加えて、紅色に輝く瞳以外は、白と黒で綺麗に塗り分けられている。
「さて、わたしはええと……あ、あちらのようですね」
 アウラは行商人達の中に、キセルに紫煙をくゆらせる一匹のアイルーを見つけ出す。陣笠にマント姿の旅ガラスは、確か手紙を世界各地に届けてくれる生業だったとミヅキは記憶している。
 アウラは懐からゼニーの束を出すと、手紙と一緒にそれをアイルーへと手渡した。
「……小さい子供達がいるんです。たっくさん、故郷に」
「えっ!? ア、アウラさんて、その、ええと……」
「ふふ、わたしの子供じゃないんですけど。狩りで親を亡くした子供達が待ってるんです」
 聞けばアウラは、古龍観測所の職員としての給与や、狩りで得た金銭を全て孤児院に寄付しているという。それが彼女の、モンスターハンターとして生きる全てだとミヅキは聞き入り胸を打たれた。
 では、自分は? ミヅキは、何の為に狩りを生業として生きるのか?
 その答を胸中に探すミヅキを、晩秋の強い北風が襲った。買い物客達は一同に小さな悲鳴を叫ぶ。
「キャッ! あ、あっ――」
 その時、アウラの頭巾が風に煽られた。首元までを覆ったそれは、北風の悪戯で天へと舞い上がる。
「あっ、や、やだ。困ります……ルナルさん? み、見ないでください、わたし」
 天高くヒラヒラと漂う黒頭巾を見上げていたミヅキは、不意に眩しい光に目を細めた。それは驚くことに、アウラの顕になった頭皮に反射する陽光だった。
 ……恥ずかしそうに頭を両手で抱えるアウラは、その頭に一本の毛も生えていなかった。
「あ……よし! うん、じゃあ……つる子!」
 ルナルがズビシィ! と指をさす。
 勝手に仲間の呼び名を決めてしまうルナルの、満面の笑みで放たれた言葉がそれだった。ルナル以外の仲間達が信頼するライトガンナーは、こうして約一名から「つる子」と呼ばれるようになったのだった。

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