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 モンスターハンターの狩猟生活は昼夜を問わない。それは無論天候もそうなのだが、余程の理由がない限り雨天の狩場に出かけるものは少ない。必定、雨の夜が訪れたこの場所、轟く遠雷亭の賑わいは若き狩人達の声と歌だった。
「あっ、つる子の防具が変わってる!」
「はい、この間ノジコさんに付き合ってもらって、砂原に行ってきたんです」
「ラングロ仮面だ〜! ……って、やっぱり顔、とゆーか頭は隠すんだ。ってか全身」
「まあ、その、古龍観測所の皆さんに『絶対に身体を人に見せるな』って言われてるので」
 カウンターでは相変わらず賑やかなルナルが、隣にアウラを捕まえて果実酒を舐めている。相手のアウラはといえば、これも相変わらず全身をくまなく赤い防具で覆い、目の前に出された水のグラスに手も付けない。
 よく見れば既製品ではなく、より露出の低い作りだとアズラエルはぼんやり眺めていた。
「アズさん?」
「はい。すみません、ちょっとよそ見を……どこまで話したでしょうか」
 同席するオルカの声に、アズラエルは正面の人物へと視線を戻す。涼やかで端正な顔には生真面目な無表情が張り付いており、雨に煙る外の湿気をまるで感じさせない。ただ淡々とテーブルの上に肘を突いて手を組むと、アズラエルは思案顔で細いおとがいを指に置く。
「ミヅキとルナルに私もついていくことにしてな。それでもう一人探してるのだが」
 二人の対面に座っているのは、既にほろ酔いで白すぎる肌を紅潮させているサキネだ。彼女が二人に持ちかけてきた話は、件の渓流に居座ったリオレイアの狩猟。緊急クエストを一緒に受けないかと誘っているのである。
 無論、狩りは最大でも四人でというモンスターハンターのしきたりというか、ジンクスのようなものがあるので、二人同時にという訳にはいかない。
「ノジコも誘ってみたのだが、アウラと少し書類の整理があると言っていたな」
「ああ、あの二人は、ええと、学者さん? でもあるからなあ」
「うむ、しかしノジコは親切にアドバイスをくれたぞ。流石は将来私の子を生む嫁だ」
「……まだ諦めてなかったんですか、サキネさん」
 呆れ気味にオルカが肩をすくめて、濃い色の熱い茶をすする。このシキ国の茶葉らしく、ゆらぐ湯気に入り交じる芳香がアズラエルの鼻孔をくすぐった。
 そういえばキヨ様がお茶を切らしていたようなきがする、などと思惟は目の前の話題をすり抜けた。
 モンスターハンターにも多種多様な人種がおり、その多くは自らの生業に大小の差こそあれ誇りを持つものだ。極端な者もいるが、そうでない者が大半で、隣のオルカもその一人だ。
 だが、どこの世界にもマイノリティは存在する。
 ただ食うために狩る、そんな主義の人間がアズラエルだった。無論今は、キヨノブと二人この村で、つつましくささやかでも、静かに暮らしていければとさせ考えている。その現実離れした端麗なる容姿とは裏腹に、アズラエルは酷く生活感に溢れ、同時に生活力に満ちた狩人だった。
「そういう訳で、どうだ? 二人のうちどちらか、一緒に狩らないか?」
「うーん、お誘いは嬉しいし、リオレイアには凄い興味もあるんですけどね」
 アズラエルは顔をサキネに向けたまま、ついと瞳を細めて横目にオルカを見やる。
 オルカは腕組み眉根を寄せて、考えこむ表情で唸り俯いた。
「オルカ、お前も毎日心身と武具を鍛えるべく凍土に赴いてるではないか。それは何の為だ?」
「そりゃ、リオレイアと戦う準備ですけど……それが、ちょっと、その」
「狩る気があるなら、共にゆこう。私の活躍を見ればきっと、オルカも婿入りしたくなる筈」
「あ、それはないです。絶対。断言できますって」
 苦笑交じりに頬を緩ませるオルカは、口ではああは言っているが気を悪くしてはいない。サキネの嫁婿探しは連日連夜続き(流石に夜這いをしたという話は聞かないが)切実なものだった。同時に、ハンター仲間の間ではもはや挨拶の一種にすらなっている。
 無論、まだ誰もサキネと子をなす人間は現れていない。
「俺、それより先にやることができたんですよ。アイツをこの手で仕留めないと」
「アイツ? ああ、そういえば連日通ってるが……なんだ、まだだったのか?」
 オルカは背後に手を回し、折り畳んだスラッシュアクスをテーブルに置いた。それはアオアシラの素材で強化された青熊斧改だが、工房の老人の話では、
「氷牙竜の素材があれば、アイツの素材があれば……もっと強化できるんだ。防具も作れる」
「ふむ、ベリオロスだな。手こずってるようだが。よし! 婿の為だ、そろそろ私が手を貸そう」
 それはアズラエルも先日から、やんわりと申し出ていたことでもある。
 だが、オルカは頑として首を縦に振らないのだ。せいぜい、アズラエル達仲間のオトモを借りるくらいだ。アズラエル自身としては、その非効率的なこだわりが解せぬとさえ思う。
「矛盾してるかもしれないけど、俺はアイツに勝たなきゃいけない。そんな気分なんです」
「仲間に頼ることは恥ではないぞ? 私はオルカだから助けたいのだ。皆、そう言っている」
「気持ちは凄く嬉しいです。でも……強敵を前にまず自分でどこまでやれるか、俺は知りたい」
 熱を帯びたオルカの言葉に、サキネも身を正すと真剣に頷いた。
「ふむ……まあ、そこまで言うならしかたないな。オルカ、死ぬなよ」
「はは、最近はネコタクにも乗り慣れたものですよ。それだけは確実に上手くなりましたね」
 冗談交じりに笑うオルカに、アズラエルは呆れつつも感心して声をかけた。
「消耗の激しいアイテムは、よければうちの在庫を使ってください。キヨ様お手製です」
「アズさんもありがとう、手持ちが尽きたら頼るかも。……そろそろ結果、出さないとね」
 モンスターハンターである前に人であり、人なればこそその片方、男なのだ。オルカは俗にいう、男として譲れない一線を前に毎日戦っている。それがアズラエルには解るのだが、知識としてしか頭を回らず、実感として胸を焦がすことはない。
「ではアズラエル、お前はどうだ? リオレイアは狩ったことがあるのだろう?」
「ええ、何度も。私でよければお付き合いしますが。リオレイアの素材は高額ですしね」
「お前という奴は……武器こそ少しマシになったが、防具を作ったりはしないのか?」
「冬までに絨毯を新調したいですね。あと、キヨ様に安楽椅子があるといいのですが」
 アズラエルが剥ぎ取ったり受け取った素材は、手にした側からゼニーへと換金されてゆく。それは主に普段の食費や生活費に消えてゆくのだ。モンスターハンターならば武具や道具を調達しつつ、それなりに暮らしていけるのだが。アズラエルはキヨノブと二人、出来る範囲でゆとりのある生活を心がけていた。キヨノブには贅沢をさせてあげたいとも思う。
「むうう……その、アズラエル。前から不思議だったのだが」
「何でしょう、サキネ様」
「外の人間は、男と男では子供を作れないそうだな?」
 サキネは真剣な表情で真っ直ぐアズラエルを見詰めてくる。
「……ええ、まあ」
「夫婦というのは、男と女で成立する習わしではないのか?」
「そうですね」
「そこが不思議なのだ。アズラエル程の男が、どうして子供も作れない生き方を――」
 心底不思議な様子で訝しるサキネを、その言葉をオルカが静かに手で制した。
 だが、既に放たれた言葉の矢はアズラエルを捉えて刺さり、貫いていた。
「……人には思う所があるのです。サキネ様が子供を作りたいように」
「うむ、外の血を入れねば里は滅ぶ。アズラエルにもそういう、切実な理由があるのか?」
 声にこそ出さないものの、気を使ってくれるオルカの顔からも、無邪気な好奇心というか、訳を知りたがる気持ちが隠せていない。
 健康的で眉目秀麗な美青年が、足の悪い男と暮らしている。これは確かに不自然だ。
「切実……なんでしょうか。解りません。しかし私は」
 ――キヨ様の側にいたい。いるだけでいい。あの人の杖になりたいのだ。
 リオレイアの狩猟に参加する旨だけを伝えて、アズラエルはまた視線をカウンターへ逃す。
「あのさ、つる子。折角可愛い顔してんだから、顔出せば? 髪は、かつらとか」
「い、いえ……その、ちょっと色々あって。すみません、やっぱりアヤシイですよね」
「ううん、いいんだけど。……ってか、つる子。この防具さ……直接着てる? インナーは?」
「あ、いや、それは、その、ええとですね。……古龍観測所の秘匿事項に触れるのですっ!」
 ラングロトラの甲殻を使った防具は、その鮮やかな朱色が縫い目から白さを浮き立たせている。それは時々アウラが見せる素顔の白さだ。だが、隣で頬を赤らめるオルカと違って、アズラエルには何の感情も喚起させない。平素でもそうだが、今は僅かな動揺がそのことを忘れさせていた。
 当たり前だが、自分とキヨノブとでは、あたりまえの形で結ばれることはない。
 アズラエルは賑やかなやり取りを眺めながら、身の内に浮上する感情の揺らぎを噛み締めた。

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