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「見つけたっ!駄目よラグナ、女の子がそんな…今日こそ観念してもらいますからねっ」

 パイオニア2船団旗艦、パイオニア2…セントラルパーク。どの艦よりも高い硝子の空は、今日も雲一つ無い快晴。船体管理公社の手で人工的に映された蒼天は、良く見ればドーム越しに星が瞬いていた。
 腰に手を当て、今日は逃がさんと息巻くサクヤ。その声にラグナが、模擬戦用セイバーのフォトンを納めて振り返った。今まで剣を交えていたエディンは、特訓が中断されるや否や、その場にへたり込んで天を仰ぐ。肩を大きく上下させて呼吸を貪れば、全身を濡らす汗がヒヤリと冷たい。

「おーおー、頑張るじゃねぇかベイビー!どうだ?一本位はラグナから取れたか?」
「じょ、冗談を…何ですかアレ、もう…ま、まぁ、随分と、解ってきま、したよ」

 強がってみたものの、実際サッパリ解らない。解ったのは「ラグナ=アンセルムスには天地が引っくり返っても敵わない」という事だけだった。
 無理も無い…ほんの数ヶ月前まで、エディンはごく普通の学生だったから。身体能力は人並みで、武芸の覚えは無いに等しい。その自覚があるから今、こうして精進しているのだが。全てにおいてあまりに差があり過ぎて、ラグナからは何も学べる気がしなかった。

「休日まで返上してご苦労なこった…ラグナに感謝しろよ。まぁ、その心意気は買うけどな」

 そう言うなりフェイは、手にしたボトルの片方を無造作に放った。危く落としそうになりながらも、危なげな手付きで受け取るエディン。ただの飲料水だが、良く冷えたそれを喉に流し込めば、自然と腹の底から吐息が漏れた。
 一息ついたエディンの表情に、自然とフェイも頬を綻ばせる。船団中で恐れ敬われるブラックウィドウでも、こんな柔らかな表情をみせるものか、と。そうエディンが思ったのも束の間、直ぐに代金を請求されて前言を撤回する。相変わらず、金銭に関しては非情なまでにシビア。

「ヘヘ、世の中は経済だぜ?守銭奴上等、いいから払えっての」
「ヒーローってのは有料なんですか?随分と世知辛い世の中なんですね」
「屁理屈はいんだよエディン。弱きを助け貧しきを支える、それがヒーローって、もん、だ…?」
「僕は充分弱き者だと思うんですけ、ど…ね?」

 もう一本のボトルもメセタに還元すべく、振り向いたフェイは硬化した。何事かと、その視線を追ってエディンも言葉を失う。ラグナは今、怪しげな手付きでにじり寄るサクヤに、気圧されつつ逃げ出そうと機を窺っているのだった。

「ちょっと前から気になってたんだから!その頭っ、その髪っ!フェイもそう思わない?」
「お、おう?オレに同意を求められても…なぁ、エディン?」
「な、何で急に話を振るんですか、そんな…僕に女の子の髪型なんて、解る訳ないじゃないですか」

 それでも、好みの髪型と言われれば話は別だったが。エディンはフェイの玩具にならないよう、その事は黙っていた。例えばそう、長くたおやかに伸びる、どこまでも深い海のような蒼髪とか…そんな事は一言も口にしない。
 そんなエディン個人の好みを抜きにしても。確かに、ラグナの髪型をサクヤが気にするのも、しかたのない事かもしれない。出会った当初は短かった薄荷色の髪も、今は伸び放題に生い茂っている。確かに、見る人が見れば気になるだろう…御世辞にも、身だしなみが整っているとは言い難いから。

「そんな顔をしても駄目よ…ほらっ、切ったげるからこっちにいらっしゃい」

 普段と変わらぬ無表情に、拒否の意思を見出しても。断固としてサクヤは、ラグナの散髪敢行を主張した。芝生にビニールシートを敷けば、渋々ラグナはその上にフォトンチェアを出して座る。用意のいい事で、サクヤは道具一式を、クラインポケットに放り込んで来ていた。
 それはエディンにとって、どこか不思議で滑稽な、しかし穏やかで落ち着く光景だった。いつも通り最終的には、サクヤに大人しく従うラグナ…ひょっとしたら彼女の実年齢は、見た目相応の歳なのかもしれない。まるでその姿は、仲の良い姉妹のようで。新鮮な印象をエディンの心に深く刻んだ。

「お洒落しろなんて言わないけど、ラグナももうチョット女の子らしくしないとね」

 ラグナの首から下を、すっぽりカバーで覆って。取り出したハサミとクシを両手に、サクヤが腕まくり。果たして、どんな髪型になるやら…当の本人以上に不安だったが、フェイは黙って見守る事にした。その方が面白そうだったから。面白そうと言えば…

「おい、エディン。どうだ、最近は」
「え、ああ、最近ですか…」

 右に左にと、忙しくハサミを走らせるサクヤ。その姿にいつも通り見惚れていたエディンは、上の空で生返事を返す。鼻歌混じりに上機嫌で、ラグナの髪を切り揃えてゆくサクヤ…その熱心な横顔が不意に、エディンの視界から消え去った。

「ちょっ、何すんですかフェイさ…いた、いたたたた」
「最近どうなんだ、って聞いてんだよ!」
「どう、って別に…相変わらずですよ。少しは戦力になれるよう、こうして休みの日にも…」
「そうじゃねぇよ。少しはサクヤに接近出来たか、って聞いてるんだ、よっ!」

 いきなりエディンの首根っこを、フェイは小脇に抱き寄せ締め上げた。頚動脈の圧迫よりも、質問の真意に思わず顔が火照るエディン。彼は何の進展も無い旨を、何度も何度も呟きながら、必死でフェイの背中を叩いた。解放されるや今度は、抱え上げられて背骨折で絞られる。

「おいおい、エディン!お前、何やってんだぁ!?ホントにタマァ付いてんのかよ」
「いたっ、痛いですよフェイさん!お、おお、折れっ…ん?あれ?」

 上下逆さまの世界を、見知った顔が通り過ぎたような気がして。相手もエディンに気付いて足を止めた。

「あ、あれ?エディン?エディン=ハライソ…やだ、何やって…その格好、まさか」
「や、やぁ…久しぶりだね、シャーリィ。元気だっ…ンガッ!」

 背骨が不穏な音を立てた。同時に解放されたエディンは、芝生の上をのた打ち回る。悪びれた様子も無く、ゲラゲラと腹を抱えて笑うフェイ。仲の良い事だと気にもせず、サクヤはラグナの髪をどんどん切った。勢い良く、潔くハサミが、小気味良い音を立てる。
 一種異様な光景に、やや…否、ドン引きした少女が顔を引きつらせる。だが、人違いではない。シャーリィ=マクファーソンの前で、腰をさすって立ち上がる少年は、間違いなくエディン=ハライソ。嘗て同じ大学で級友だった人物。

「いてて…まぁ、見ての通り今はハンターズさ。ほら、覚えてるかい?あの事件…」
「え、ええ覚えてるわ…ってか、あの件ね。実はまだ…そうだ、エディンはハンターズなんでしょ?」
「あっ!…っちゃ〜、ごめんラグナ。うーん、ならいっそ…ん?」

 それはエディンにとって忘れられない記憶。一方的な馴れ初めは、彼が通っていた大学で起こった、とある事件がきっかけだった。その事を耳にした瞬間サクヤが、次いで前髪の消失したラグナが振り向いた。

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