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「あの人が今回のターゲットか…なるほど、確かに美人さんだなぁ」

 五番艦アマルテア、軌道レール中央駅に隣接するショッピングモール。帰宅ラッシュが始まる間際の夕暮れ、エディン達は目的の店を遠巻きに見詰めていた。その背後にはそわそわと、落ち着かないクエストの依頼主。
 その店は、パイオニア2でも珍しい花屋だったが。何よりも見目麗しい看板娘で有名だった。確かに実際来て見ると、店頭に立つニューマンの店主は美しく、その働く姿は甲斐甲斐しい。営業スマイルと解っていても、その笑みに客達は見惚れてしまうという…今日の依頼主のように。

「お願いしますよ、ハンターズの皆さん!このボクの想いを、必ず彼女へ…」
「わーった、わーった…ったく、こんなクエストにゾロゾロと大勢で」
「で、誰が行くんですか?ここはやっぱり、受注してきたサクヤさんが」
「うーん、やっぱそうよね。ええと、食事に誘うだけでいいのかしら?」

 確認するサクヤに、依頼主は何度も首を縦に振った。今日の仕事は極めて簡単…内気で引っ込み思案な依頼主に代って、高嶺の花に声を掛けるだけ。恋のキューピット役を演じるのも、時には立派なハンターズの仕事。

「あっ、あと、あの…花を買って来て下さい。ここ、こ、このお金で…一番高い奴を」
「あーもう、焦れってぇ!サクヤ、こいつ引っ張って行け!そんでもって…ん?どうしたラグナ」

 フェイのスカートを引っ張ると、ラグナがついと件の店を指す。まごまごしている内にどうやら、状況は少しばかり変わり始めているようで。物陰に身を潜めて様子を覗けば、何やら不穏な空気が澱んでいた。
 見れば同業者と思しきハンターズの男達が、花屋の店主と揉めている。手法は違えどその主張は、どうやらエディン達の依頼主と同じようだった。今にもか弱い女性の悲鳴が聞こえてきそうだったが、周囲の通行人は強面のハンターズに睨まれ、足早に通り過ぎる。

「ヘイ、ミスター!チャンスだぜ、ここで男を見せて口説いちまえよ!」
「ぼ、暴力反対!ボクは荒事は…そ、そうだ皆さん、ボクの代りに」
「依頼主を危険な目に合わせる訳にはっ!身内の恥は僕等の手で」
「まって、エディン君!ちょっと様子が…やだ、あれはもしかして」

 飛び出そうとしたエディンはしかし、サクヤに引き止められる。彼にしてみれば、同じハンターズとして恥ずかしく思い、未熟ながら己の手で何とかしたかったが。その想いを先に体現する者が今、渦中へ颯爽と現れた。その顔に見覚えがあるらしく、サクヤはじっと見詰めて思い出す。

「御婦人相手に乱暴とは見過ごせんな…ハンターズとならば尚更。その手を放したまえよ」

 静かな、しかし厳とした良く通る声。見れば壮年のヒューマーが、暴漢達と女店主の間に割って立ちはだかった。その中肉中背の姿はどこか頼り無く見えて。背には持ち主に不釣合いな目立つ野太刀が、一種異様な雰囲気を放っている。
 このフォトン科学文明全盛の世の中に、重くて取り回しの悪い実剣なぞ、滅多にお目に掛かれる物では無かったが。そんな事は気にも掛けずに、エディンは助けに入るべく駆け出した。その後にフェイやラグナも続き、意を決してサクヤも追う。

「間違いないわ、あの方は…いけないっ、助けなきゃ!」

 だが遅かった。エディン達が駆けつけるまで僅か数秒…その間に一切合切が決した。並み居る男達は皆、邪魔者に襲い掛かるなり組み伏せられて。まるで映画の殺陣を演じているかのように、次々と悲鳴を上げて道端を転がる。
 勇んで飛び出したものの、呆気に取られるエディン。鮮やかな手並みにフェイが口笛を吹くと、サクヤはやれやれと顔を手で覆った。あたかもこの結果が解っていたかのように。

「サクヤさん、助ける必要なんか無かったみたいですけど」
「この人達にはもっと、穏やかに退場して欲しかったって話よ。相手が悪過ぎ、怪我しちゃうわ」

 往来の観衆からまばらな拍手が巻き起こり、ガラの悪いハンターズは各々捨て台詞を吐いて退散。周囲の声に応えながら、ヒーローとなった男は花屋の女店主に歩み寄ると。その手を取って自らの手を重ね、満面の笑みで白い歯をキラリと輝かせた。その姿に頭痛を感じて、こめかみを押さえるサクヤ。

「あ、あの、ありがとうございます」
「なんの、お怪我が無くて何より」
「え、ええ…その」
「それにしても美しい。正しく貴女こそ、手折らざる花…あ、いや失礼」
「ま、まぁ…そんな」
「これも何かの御縁。出来れば是非、失礼のお詫びも兼ねてご夕食でも」

 これにて一件落着と、周囲の人だかりが散らばり消えると。男は何を思ったか、花屋の女主人を熱心に口説き始める。聞いてる方が恥ずかしくなるような、美辞麗句を並べ立てながら。しかし口説かれる側もまんざらでもなさそうだった。
 男は良く見れば、歳の頃は四十後半位か…精悍と言えなくも無い顔立ちは、今はキリリと引き締まって妙に凛々しい。この手の人間をナイスミドルと言うのかと、エディンが関心半分呆れ半分で見守っていると。その横からサクヤが二人に割って入った。

「おじ様、ヨォンおじ様!全く、相変わらずですわね。お久しぶりです、サクヤです」
「お?おお、サクヤか!大きくなったな…立派に、本当に立派になったもんだ!」

 どうやら旧知の間柄らしく、ヨォンと呼ばれた紳士は顔を綻ばせると。人目も構わずサクヤを幼子の様に軽々と抱き上げた。驚くサクヤにも、眼を白黒させるエディンにも構わず、彼はカカッと愉快そうに笑う。

「まー、あれだ…サクヤ、とりあえずこのイカしたオッサンをオレ達にも紹介しろよ」
「なぁに、言われる前に名乗るさ。俺はヨォン=グレイオン、見ての通り一介のハンターズだ」
「ヨォンおじ様は私の師にあたる方よ。本星では色々と教えて戴いたの」

 サクヤを下ろすとヨォンは、その大きな手を気さくに差し出した。エディンは何の気無く握手を交わして、次いでフェイが手を握る。彼女はその時一瞬で、相手の力量を察して目を細めた。それはヨォンも同じで、自然と手に力が篭る。

「ほう、お前さんがブラックウィドウの名を継いだ…ティアンは元気にしてるかい?」
「ハン、こりゃ驚いた…オッサン、ババァの事を知ってんのか?」
「俺は美人は忘れんよ。本星じゃちょいとした借りもあるしね…なに、古い友人さ」
「そうかい、まぁ気が向いたら顔出してくれや。ババァも喜ぶ、と思う。アドレスは…」
「その住所に行けばお前さんにも会えるかね?俺は美人に目が無くてね、フェイちゃん」
「なっ、どうしてオレの名を!?」

 驚くフェイにウィンクすると、さっさとヨォンは手を放してしまった。その奇妙なやり取りを訝しげに見やり、首を傾げるエディン。眼前の紳士はどうやら、サクヤと縁があるばかりでなく、フェイとも何かしらの因縁があるらしい。意外と名は通っているものの、その実謎に包まれたブラックウィドウの実態…それも気になったが。彼の視線を気にもせず、ヨォンは人懐っこい笑みでラグナの頭を撫でた。

「で、お嬢ちゃんがラグナちゃんだな?ふむ、これで全員と…」

 そう言ってヨォンは、改めてサクヤ達四人のハンターズを見回すと。ふむ、と唸って顎に手を当て暫し考え込んだ。その細められた瞳に一瞬、鋭い眼光が宿り、目が合ったエディンは思わず身を強張らせたが。その事を察したヨォンが顔を崩せば、直ぐに空気は和らいだ。
 実際、ヨォンは不思議な雰囲気を持った男だった。先程の手並みを見れば、その腕前の程は察するに余りあるが。接してみればその実力の片鱗は、些かも感じられない。妙に親しげで人当たりのいい彼は、ともすればハンターズである事すら忘れさせる程。

「それにしても凄い奇遇、まさかこんな所でヨォンおじ様に再会するなんて」
「違うぜサクヤ。このオッサン、どうやら偶然って訳じゃないみたいだ」
「察しがいいね、ブラックウィドウ。まあ、ちょいと野暮用でな」
「あっ、あのぉ…ボ、ボクの依頼の方は、そのぉ…」

 師との再会に驚くサクヤは、不意に後でボソボソと呟く声に振り向いて。今日のクエストの依頼主の事を思いだした。慌てて彼女は、依頼主の意中の人へと向き直るが。今更と思いつつ口を吐いて出た言葉より先に、フェイが依頼主を突き出した。

「よぉ姉ちゃん!コイツ、どうだ?」
「は、はぁ…あの、どうって」
「ミスター、アンタも何か言ってやれ!好きだ、とか愛してる、とか」
「そそ、そっ、そんな恥ずかしい…もうっ!何の為にギルドに依頼したと思ってるんですか!」

 依頼主は泣きそうな顔を真っ赤にしてフェイに詰め寄り、花屋の主人は頬に手を当て困惑の表情。何とかフォローしようとエディンが口を挟むが、事態は一向に好転しなかった。
 とりあえずはフェイを押し退け、エディンが依頼主を、サクヤが花屋の主人を説得に掛かる。謝罪と説明の言葉が行き交い、何度か生まれそうになる誤解をその都度解きながら。やっと依頼主は怒りを納め、花屋の主人は事情を理解する。その様をヨォンはただニコニコと、ラグナと並んで見守った。

「後はじゃあ、当人同士で話し合って貰うという事で…どうかしら?」
「そうですね、ちょっと紆余曲折ありましたが…それがいいと思います」

 そう言って互いに頷くと。サクヤもエディンも、両人を後押しして一歩下がる。後はもう、当人同士の問題…やや手違いがあったものの、クエストは無事に終了したと言ってもいいだろう。無論、依頼主にとってはこれからが正念場だったが。それもどうやら上手く事が運びそうで、聞き耳を立てていたエディンは胸を撫で下ろすと。その耳をサクヤに引っ張られて花屋を後にした。

「カッカッカ、一件落着かな?サクヤよ、毎度こんな調子なのかね」
「え、ええ…その、も少し手際のいい日もあるんですけども。それよりおじ様」

 先程ヨォンは、野暮用と言っていた。その事を思い出し、歩きながらその内容を聞くサクヤ。ヨォンはちらりと彼女の仲間達を見回したが、別段聞かれても困る話でも無いようで。ゴホン、と咳払いを前置きに喋りだした。

「実は最近、御老人方が五月蝿くてね…宗家はどこも、盟主が空位では落ち着かないと」

 どうやらサクヤの実家に関わる話らしく、エディンはそれとなく気になったが。宗家とか盟主とか、常用語とは思えぬ言葉のどれもが、どこかサクヤを遠い存在に感じさせて不安になる。直ぐ前をヨォンと並んであるく女性が、急に異国の人間になってしまったよう。

「では、おじ様は私を連れ戻しに…」
「逆さ、逆。俺が様子を見て来てやる、だから心配するな!って言ってやった」

 そう言ってまた、カッカとヨォンが笑うと。心なしかホッとした様子で、サクヤが溜息を吐く。その様子をただ、エディンは見守る他無かった。フェイが普段通り絡んで来て初めて、彼は安堵している自分に気付く。その事を見抜いたかのように、ヨォンは一歩抜きん出て振り向いた。

「まだ急いで帰る必要は無いよ…安心しただろう?サクヤも、その御仲間さん達も」

 屈託の無い笑顔で、自分でも納得したようにヨォンが頷く。確かにその通りで、誰もが安心した…あのラグナでさえ、小さな溜息を人知れず零したが。次の一言に一同は、揃って仰天する事となった。

「そんな訳でまぁ、暫くサクヤのお目付け役をする事んなった。一つ宜しく頼むな」

 この時まだ、誰もが知りようが無かった。自ら面倒な役を買って出た紳士が、本星では背負う太刀を相棒に、数々の冒険を乗り越えて来た古参の一流ハンターズだと。あの豪刀ゾークやドノフ=バズ、ヒースクリフ=フロウウェンの名に隠れて些か馴染みは無いが…剣聖ヨォン=グレイオンとは彼の事だった。

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