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 友人が教えてくれた店に、エディン=ハライソを発見。それも、友人が言った通り一人きりで。その友人はこのパイオニア2船団の事なら、何でも知っているから。だからハンターズギルドに登録された新米ヒューマーが、ここ最近一人でしか仕事をしていない事などはすぐに教えてくれる。
 それを楽観的且つ好意的に都合良く解釈すれば、消えかけた恋の炎が再燃するのを感じて。シャーリィ=マクファーソンは一人、ここ四番艦カリストの山猫亭を訪れていた。確かにシーレンが言った通り、エディンは一人で奥のテーブルに腰掛け、マグとかいうハンターズ用の機械をいじっている。周りには無愛想な子供も、粗暴なアンドロイドも今日は居ない。勿論あの、完璧な美人にしか見えない女も。

「ハ、ハイ!奇遇ね、エディン=ハライソ。元気にしてた?」

 声が上ずった。本当は奇遇でも何でもない、確信犯なのに。しかし、ぼんやりとその声に振り返るエディンは、全く不審を抱かなかった。普段から嘘を吐き慣れている癖に、人の嘘は見抜けないものだと…カウンターで見守る女将が苦笑を零す。

「あ、シャーリィ。珍しいね、カリストまで来るなんて」
「そ、そうなの!ほら、このお店って結構評判がい…エディン?やっぱり元気ないね」

 左右一対、まるで羽のようなマグの名はルドラ。餌を与えられてじゃれあう双子のようなそれを、無造作に引っ掴んでクラインポケットに押し込むと。エディンがメニューを差し出すよりも先に、シャーリィはウェイトレスを「同じ物を」と追い返す。

「今日はもう、お仕事は終わり?」
「うん、一人の簡単なクエストだったから」

 向かいに座り、頬杖付いて見詰める。浮かぬ顔で何やら、携帯端末を操作するエディンの横顔を。そこには以前の、どこか頼り無いが前向きで知的な印象は無く。エディンらしからぬ無気力さに少し驚きながら、そこにこれから付け入る自分を自覚しつつ…今がチャンスと己の良心に言い訳をして、シャーリィが口火を切ろうとした瞬間。ウェイトレスが飲み物を持って現れ、機先を削がれる。

「んっ、ちょっとエディン。これ、お酒じゃない。もうっ、日も高い内から」
「あれ、言ってなかったっけ。仕事上がりの一杯ってやつ…はい、メニュー」

 ただの烏龍茶かと思ったそれは焼酎割りで。一口飲んでシャーリィが敏感に気付けば、メニューと引き換えにそのグラスを奪うエディン。彼が躊躇無くそれを飲むので、慌てて火照る顔をメニューで隠すシャーリィ。やはり様子がおかしい。それはシーレンの予想を裏付けていると感じて。しかしそうなら自分は、友人の失恋をこれ好機と、友人以上の関係へ進展しようとしている。嫌な娘だと思った瞬間…エディンの何気ない一言が、シャーリィの耳朶を打つ。

「やっぱり世の御婦人は、諦めの悪い男は嫌いなんだろうな」
「そ、そうね。諦めも肝心よ、うんうん…諦めちゃったんだ」

 グラスを手に、ぼそぼそと呟くエディン。立てたメニューの奥から、その顔を覗き込むように窺って。シャーリィはシーレンの予想が的中した瞬間を目撃した。嬉しいような寂しいような、しかし好ましいような。非常に心苦しいが、内心ガッツポーズしてしまう彼女はしかし。次の一言に思わず声を上げてしまうのだが。

「それに…僕は責任を取らなきゃいけないんだけど。こっちも何か、嫌われたみたいだ」
「そ、そうよっ!男なら責任を…なっ、なんですって!」

 気付けば立ち上がっていた。店の視線が自分に集中するのを感じるが、目の前のエディンはどこか心ここにあらずで取り繕ってくれない。気まずい思いをしながらシャーリィは、ウェイトレスを呼んで…結局、もう一度エディンと同じ物を注文して再度席に着く。
 どうにも話が掴めない。それ以前に、シャーリィの知るエディン=ハライソは、こんな要領の悪い説明をするような人間では無かった。ちゃんと相手を見て話し、相手の話を聞く人間だったから。そんな彼が好きだったから。酒でも飲まなければ、言葉に出来ぬやるせない想いがささくれ立って、心無い一言になりそう。

「あ、いや…こっちの話」
「どしたのさ、エディン。ちょっとおかしいよ?疲れてる?」
「ん、ゴメン。何かさ、久しぶりに人と喋った気がするから」
「そうなんだ。それ、良くないよ?達者な口がエディンの取り得の一つなんだから」

 気遣う言葉に、力無く弱々しい笑みを浮かべて。似合わぬ自嘲でエディンは携帯端末を仕舞うとシャーリィに向き直る。その顔色はやはり、シャーリィには疲れて見えた。一目惚れした勢いで大学を飛び出し、ハンターズにまでなってしまった人物とはとても思えない。

「実は…そろそろ大学に戻ろうかな、って思ってるんだよね。今なら間に合うし」
「そんな、エディン…え、ええと、だっ、駄目よっ!」

 自分はバカだ、とシャーリィは思った。今も心の中で、もう一人の自分がそう叫び続けている。バカバカ、シャーリィのバカ…しかしその声を無視して、気付けば彼女はエディンを説得していた。
 エディンがハンターズという非日常の遠い世界から、自分と同じ学園生活へ帰って来る。それは夢のような話で。授業の遅れなんかはエディンならすぐに取り戻すだろうし、その手伝いをすれば自然と…しかしその可能性を何故か、彼女は全力で否定していた。自分でも不思議に思う位強く。

「駄目よエディン!貴方、今ハンターズが嫌になったから大学に戻ろうとしてるでしょ」
「シャ、シャーリィ?」
「私はね、私のた…ええと、勉強したくなって大学に戻って欲しいの。逃げ場所は私は嫌っ!」
「逃げ場所、か。元に居た、居るべき場所に戻るだけだと思うんだけど」
「それは詭弁、言い訳よ。もう、そゆのを『尻尾を巻いて逃げる』って言うんだわ」
「手厳しいな、シャーリィ。まあ、取り合えず仲間に連絡が取れてから考え…ん?何だ?」

 身を乗り出して大きな声で、エディンを圧倒するシャーリィ。しかしそんな彼女へ視線を注ぐ客は、今の山猫亭には居なかった。妙に騒がしい店内はにわかに殺気立ち、奥の若い男女の事などそっちのけで。何事かと入口へ首を巡らせたエディンは、騒ぎの渦中にある元凶と目が合う。

「やあ、久しぶりに寄らせて貰ったよ。しかし些か騒がしいな」

 エディンを見つけて微笑む男は、ぐるりと周囲を見渡して。取り囲む強面のハンターズ達を前に、穏やかな声で女将へ挨拶を述べた。青いスーツに青い髪、冷たい微笑を湛えたその男の名は…ブラウレーベン・フォン・グライアス。パイオニア2の闇に暗躍し、貪欲に己の強さのみを追い求める生粋の修羅。しかしエディンの視線を追うシャーリィには、ハンターズとは思えぬ程に温厚そうな青年にしか見えない。

「女将っ、こいつが噂の!?」
「手前ぇのせいで俺等の仕事が…」
「ハン、どんな奴かと思えば。大した事無さそうじゃねえか」

 居並ぶハンターズの何人かが歩み出て、さらにその中の一人がグライアスの襟首を無造作に掴む。以前のエディンであれば、彼等同様に解らなかっただろう…その秘められた恐ろしさに。潜む狂気に。思わず立ち上がるとエディンは、両者の間に割って入るべく駆け寄った。それを不思議そうな顔で追うシャーリィ。

「お店での揉め事はだーめ、みんな纏めて叩き出すわよん?勿論…貴方もよ、グライアス」
「出来るとは思わないが、試して欲しくはないものだな。解ったよ、大人しくしておこう」

 エディンに先んじて女将が間に入れば、グライアスは大人しくその言葉に従って。それでもまだ自分を放さぬ男の腕を握る。ただそっと、軽く手を添えただけに見えたが…腕を握られた男は顔色を変えて、飛び退くようにグライアスから離れた。

「エディン、あの人…」
「下がってシャーリィ。女将さん、この娘をお願いします…グライアス卿!」

 シャーリィを半ば押し付けるように女将へと預けて。改めてグライアスに対峙するエディン。その顔には怯えと恐れが入り混じるが…それでもシャーリィには、いつものエディンが戻って来たような気がして。だから女将の背に庇われながらも、固唾を飲んで見守る。つい先程まで無気力状態の駄目人間だった、それでも好きな人の事を。

「お久しぶりです、グライアス卿。幾つかお聞きしたい事がありますが御時間を戴けますか?」
「ふむ、何かな?実に興味深い…では道すがらゆっくり聞くとしよう」
「それは…」
「君を迎えに来た、エディン=ハライソ」

 エディンにはグライアスが何を言っているのか、直ぐには理解出来なかった。それは周囲も同様で、皆が顔を見合わせ何事かと囁き合う。女将だけはグライアスの真意を測り知り、血相を変えて口を挟んだ。

「グライアス、この子は普通の子よ!貴方の生き方に巻き込まないで頂戴っ!」
「それを決めるのは彼次第だ。私はその意思は尊重しようと思っているよ」
「そうやって選択肢を与えてるように見せかけて、今まで何人の若者をっ」
「贄と散るか、強者となるか…エディン、私は君の力を伸ばし育てたいのだ」

 それは実に優しい声で。しかし言い知れぬ魔性が潜む。女将は今まで何度も、グライアスが弟子を取るのを見て来たから。その真の意味を知るからこそ、必死で止めようとグライアスを睨む。眼前の男に鍛えられて、生き残った者は一人も居ないから。全てことごとく、グライアス自身の純粋な欲望に喰らわれ散っていったのだ。

「…何で僕なんですか?」
「才能という物を私は信じていなくてね…原石はどれも、磨けば光る。そう、磨き上げれば」
「グライアス卿、折角のお誘いですがお断りします。僕は…力なんか求めてはいません!」
「…残念だよ、エディン。無理強いも出来ぬし、今回の仕事は私達だけで片付けるとしよう」

 心底残念そうに目尻を下げて。女将に意味深な視線を送って、グライアスは踵を返す。何が起こったのかは解らないが、去りゆく青い影に強烈な不安を喚起されて。シャーリィは思わず女将の背から飛び出し、エディンのスーツの袖を握った。掴まえていないといけない…それは本能的な衝動。

「そういえばエディン…君は以前、私に言ったな。正しい事の為に力を使えと」
「ええ、でもこうも言いました。その前に言葉を、と…」

 去り際にグライアスは語った。移民IDを持たぬ者が、以前より不法に移民船の一部を占有している…その退去をさる大企業より依頼されたと。彼はその仕事を共にこなし、その後も自分の側で高みを目指すよう求めてエディンを振り返った。

「グライアス卿、退去勧告はしたんですか?移民局での手続きは…」
「気になるかね?君はいつも言葉で語り答を強請る…私はそれだけは好かぬな」

 自分の目で確かめることだ、と言い残して。グライアスはついて来いと言わんばかりに店を出た。その時エディンは気付けば、自然とその背を追って。日常へと自分を繋ぎ留める、シャーリィの小さな手に手を重ねると…優しくそれを引き剥がす。自分が行かなければ、何か良からぬ事が起こると、その時は漠然とした不確かな予感だったが。ともあれグライアスの行動を知ってしまえば、見過ごす自分をエディンは許容出来なかった。

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