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 パイオニア2の空気は今、暗く澱んでいた。跳梁跋扈するレフトハンターズの被害は、最初は些細な物だったが。理不尽な暴力に曝された市民は皆、声高にハンターズの危険を叫ぶ。それは当然、ギルドに所属する正規のハンターズ達へも向けられた。各艦の治安は急激に悪化し、移民局の対応は常に後手後手で。法と秩序が支配する移民達の方舟は今、未曾有の危機に直面していた。
 元が傭兵や冒険者等、無宿無頼のアウトローという側面を持つハンターズ。その社会的地位は御世辞にも、高いとは言えなかったから。奉仕活動等、市民との融和は図られていたが……残念ながら、ハンターズへの根強い偏見は消えず。それは寧ろ、一部の非合法な者達の手で憎悪へと昇華していた。

「おや、こりゃ懐かしいお客さんだねえ。突っ立ってないで入ったらどうだい?」

 既に日は落ち、硝子の空には不安を煽る赤い月。その弱々しい光に照らされる、突然の来客は小さなハニュエール。こんな御時勢だから、普通なら警戒して返事すらしないのが普通だろうが。リム=フロウウェンは躊躇無く戸を開け放ち、立ち尽くす影を我家へと招き入れた。

「本当に久しぶりだねえ、しかし……驚いたよ。まさか生きてるとは思わなかった」
「あらリム、お客様かしら?ごめんあそばせ、少々散らかしておりま……あら、貴女」

 その声を聞いた瞬間、ラグナ=アンセルムスは腰にぶらさがる愛用のセイバーを引き抜き。フォトンの刃が灯るそれを、迷わず声の主へと向けていた。鋭い殺気を乗せた切っ先が、無防備な姿へと吸い込まれてゆく。

「あら、遠慮は無用よ?構わずやってみなさいな。私は常在戦場、いつでも良くてよ」

 パシファエの通り魔、ストラトゥース。無法者のレフトハンターズ。何より、憎きあの男の……ブラウレーベン・フォン・グライアスの一味。静かに憎悪の炎で輝く紫色の瞳に、無防備なその姿が映る。彼女は今、来客用のソファに寛いでいた。両手に工具を持ち、その胴体は胸から腹に掛けて外装が取り払われて。脈動する人工筋肉の隙間に、さまざまなパーツとメインフレームが覗く。

「およしよ、ラグナ。あたしゃ自分の家で死人が出るなんてゴメンだよ」
「ですって、良かったわね。私も怪我人相手じゃ楽しめませんし……剥ぐパーツも無い相手なんて」

 無表情に見詰めて突き付ける剣は、小刻みに震えていた。それは恐怖でも武者震いでも無い。リムは溜息を吐いてラグナの手を取り、セイバーのスイッチを切って取り上げた。同時に大きくよろけながらも、何とか踏ん張り堪えて立ち尽くすラグナ。
 彼女は未だ、先の戦いで負った傷に苛まれていた。いかに精神力に優れるニューマンと言えど、ハニュエールのレスタでは深手の完治には時間が掛かる。しかし、それを悠長に待ってなどいられなかったが。

「そういえば聞いたわよ。貴女、グライアス卿の弟子、と言うか……作品だったらしいわね」

 自分のメンテナンスを再開しながら、ストラトゥースは流暢に語りだした。作品、という一言に一瞬、ビクリと身を震わせるラグナ。そんな彼女の華奢な肩に手を置いて。取り合えず座るよう促し、リムは精神力を紡いで束ねる。忽ち高レベルのレスタが実行され、内蔵へのダメージが癒されていった。
 正しくストラトゥースの言う通り、ラグナはグライアスの弟子の一人……否、作品の一つだった。リムは今でも、グライアスをマスターと呼んで付き従うラグナの姿を覚えている。自分を超える可能性を期待され、徹底的に戦闘スキルを叩き込まれたキルマシーン。

「そんな言い方はおよしよ?昔の話さね……」
「あら、そうかしら?まあいいわ、それよりリム。私の相棒はまだ調整が終わらないのかしら?」

 自分の調整は終わったと言わんばかりに、ストラトゥースは申し訳程度の外装を自らに被せると。パチン、とジョイントをはめ込んで接合する。本来それはキャストの内部構造を守る為、簡単に取り外し出来る物では無いが。日頃から常に中身がコロコロ変わる彼女にとっては、強度や安全性など二の次で。限界まで軽量化されたそれは、いつでも開け閉め出来るようになっていた。

「用意は出来てるよ、ただ……もう少し丁寧に扱えないのかい?グライアスを見習って欲しいねえ」
「あら、大事に使ってますわ。気に入ってますもの。頑丈ですし」
「剣は剣士の魂、だろ?ただ力任せに振り回せばいいってもんじゃないよ。もっとフォトンを……」
「ふふ、まるで私の戦いぶりを見て来たかのような言い草ですわね」

 ひとまずラグナの治療が終わると、リムは邸内の仕事場へと戻って。つい先程までバラバラに分解されて、部品単位で洗浄とバランス調整を終えた剣を手に戻って来る。随分と乱暴に扱うものだと、手を入れれば思うものの。そういう使い手だと知って渡した武器でもあるし、やはりそうだと再確認したから。持ち主に合わせて再調整されたデモリションコメットは、以前より幾分強度を増していた。
 リムは今まで無数の剣を生み出し、銃を送り出して来た。無論、フォース用のロッドやケイン、バトンも。市販品と同一規格での物から、このようなワンオフのスペシャルまで。だから彼女は、師には及ばぬと思いながらも、武器を見れば自然と使い手の力量や特性を見抜く事が出来た。ディバインアームマイスターと呼ばれ称えられる者にとって、武器は使い手を映す鏡。

「まあ、直に見るよりあたしには解り易いねえ……武器に触った方が」
「じゃあ、その貧相なセイバーで何か解るかしら?そこの出来損ないさんの事が」

 デモリションコメットを改めて受領するストラトゥースは、向かいのソファに深々と身を沈めるラグナを一瞥して。クスリと笑って立ち上がり、得物を仕舞うと同時にクラインポケットから薄汚いボロ布を取り出して。それで全身をすっぽりと覆うとフードを目深に被り、射る様な視線で睨む眼光から顔を隠す。

「あら怖い……フフ。グライアス卿の居場所なら知ってるけど。死にたくなきゃ聞かない事ね」

 自分にも、リムにも……それだけ言い残し、手短に礼を述べて代金を払うと。追い縋るように立ち上がろうとするラグナを無視して、ストラトゥースは場を辞した。元よりリムは、彼女にとっては腕利きの武器職人でしかないから。仕事が済めば長居は無用。馴れ合う必要も感じないし、利も得も無い争いは面倒なだけだった。耳障りな作動音を響かせ、一度だけ振り返ると。そのまま影が闇に溶け入るようにストラトゥースは消えた。

「やれやれ、全く。とんだじゃじゃ馬だよ。類は友を呼ぶってヤツかね」

 鼻から抜けるような溜息を吐いて、リムは肩から力を抜くと。未だ手にしていたラグナのセイバーを持ち主へと返す。しかし、身を起こして手を伸べるラグナに力は無く。震える小さな手は大事な剣を床へと落とした。身体の傷は癒えようとも、未だにその肉体に疲労の色は濃く。何より張り詰めた極度の緊張状態が続いた為、精神的にももう既に限界だった。

「そんなに擦り切れちまって、どう戦うつもりだい?止めやしないけど、いい気はしないね」

 屈んでセイバーを拾い上げ、そのままラグナを見上げるリム。その姿は本星コーラルの工房で、グライアスに連れられ出入りしていた頃と全く変わらないが。どこか雰囲気が変わったようにも感じられた。相変わらずの無表情だったが、その大きな瞳には激しい感情の起伏がありありと映り込んで。こんなにも怒りを露にし、憎悪を漲らせるラグナを見るのは、リムは初めてだった。

「この剣をラグナが持ってるって事は……辛い思いをしたね。あの馬鹿はグライアスに」

 使い古されくたびれたセイバーに、リムは覚えがあった。それはグライアスを首魁と恐れ従う、有象無象のレフトハンターズ達に配られた市販レベルの武器。誰も皆、武器ならなんでもいいという連中で、ソードやパルチザンなんかも有ったと思う。兎に角、エレメントこそ珍しいものの、それは極有り触れた合成石のグリーンフォトンで。その中からセイバーを選んだ男の事を、リムは今でもはっきりと思い出す事が出来た。
 どこの世界にも要領の悪い、場違いな人間とはいるもので。荒くれ達が我先にと、派手で目立つ武器を手にする中。その男はおずおずと、このセイバーを手に取った。じゃあ俺はこの辺で、と。グライアスの話では、何をやらせても何一つ出来ない不器用な半端者との事だったが。非合法のレフトハンターズとは思えぬ人の良さは覚えている。

「しかしまあ、随分と磨いたもんだねえ。丁寧で優しくて……とても哀しい色だ」

 リムが立ち上がってスイッチを入れれば、低周波を響かせてフォトンの刀身が形成される。繰り返し研磨された触媒たる合成石は、空気中のフォトンを吸い上げ鋭い刃を発現。その色はもう、最低ランクであるグリーンフォトンとは思えず……変色して時々、白い輝きが混じる。ラグナはその光をぼんやりと見詰めていた。
 グライアスは日々厳しく過酷な修練をラグナに課した。限界まで肉体を酷使し、限界値ギリギリまで各種マテリアルで強化……それは正しくストラトゥースが言う様に、彼の作品だったのかもしれない。或いは終着点か、はたまた更なる高みへの生贄か。貪欲に力を欲し、他者へも力を求める男の真意は、今もリムには計りかねたが。理解出来ず見過ごせず、黙っていられなかった男が一人だけ居た。
 以前の持ち主の、その気弱な面影が脳裏を過ぎり。リムはセイバーのスイッチを切る。レフトハンターズの荒事に馴染めぬ彼は、グライアスにラグナの世話を命じられていた。だから、機械の様に淡々と生きる少女に、彼は毎日熱心に語り掛けて。その黒一色に塗り潰されそうな少女の心を、何とか歳相応の人間らしいカタチに繋ぎ止めようとしたのだ。その努力は小さな芽を出し、ラグナに僅かな変化が訪れたが……花は咲かなかった。些細な、しかし確かな変化をより求めた代償に、その男は命を失った。

「復讐もいいさね、それでラグナの気が済むなら。でも今は少し休んだ方が……おや」

 気付けばラグナは、小さな寝息を立てて眠りに落ちていた。余程張り詰めていたのだろう。その手にそっとセイバーを握らせてやると、寝返りを打ってそれを胸に抱いてラグナは眠る。その小さな身体を、せめて布団で寝かせてやろうと抱き上げるリム。その胸中を複雑な思いが過ぎり、自分もまた加担者であり加害者であると知りながら。日々武器の製造と開発に追われる身でも、僅かばかりだが母性本能があるのか、はたまたただの同情か。そのどちらでもしかし、彼女にはどうでも良かった。

「グライアス、アンタはまさか……いや、違う。あれはそういう男、鬼さね」

 ふと、リムの脳裏を幼い面影が過ぎった。翠緑色の髪が眩しい、まだ十に満たぬ子供だ。それはグライアスがラグナと共に手掛けていたもう一つの作品。その作風を変え、自ら面倒を見て接し、信仰にも近い全幅の信頼を勝ち得て慕われているのは。一瞬だけ罪滅ぼしなのかと考えたが、リムは即座にそれを否定する。
 あの男は、グライアスは学習したのだ。失敗から学んだだけ。手塩に掛けて育てた強者も、些細なイレギュラーで失われてしまうなら。自らの手で管理し、手懐ける事を彼は選んだに違い無い。彼の最新作は、師をマスターと呼んで非常に懐いているようだが。一抹の不安がリムの脳裏を過ぎる……幼くあどけない、それだけに無邪気で残酷な少女は。誰も外へと連れ出してはくれないのだ。

「しかし駄目だねえ、グライアス……自分で気付いてないのかい?それは失敗、大失敗」

 ラグナを抱えて、起こさぬように静かに寝室へと歩くリム。その手の中で今、小さな復讐者が安らかに眠っていた。寝ている姿だけは歳相応に見えるが、時折眉を僅かに潜めて唸る。恐らく彼女にとって、グライアスの命をその手で閉ざすまで、永遠に安らぎは訪れない。それは唯一得られた最初の光を、永遠に奪われてしまった者の悲劇。
 だからラグナは、グライアスへと躊躇無く刃を向ける事が出来る。リム自身にとっても意外なラグナの生存に、グライアスは歓喜した筈。憎悪を全身に漲らせる、烈火の如き憤怒の復讐者との再会を。それは彼にとってまたとない闘争の相手。だが……

「クェスはラグナにはなれないよ……グライアス、解ってるのかい?」

 一人小さく呟いて、リムは廊下の明かりを消す。それでも彼女の頭から、グライアスこそ全てと毎日を生きる幼子の笑顔は消えなかった。

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