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「よお、名無しのフェイ!俺様が一つ、イカした通り名をくれてやろうか?」

 山猫亭に入るなりフェイは、馴染みのレイキャストに声を掛けられる。どこから聞きつけたのか、ビルドラプターは既にフェイが銘を返上した事を知っていた。だが、彼にとってそれは些細な事で。いつでもフェイは、気心の知れた愛すべき同業者だった。例えただのフェイになっても、寄せる信頼は些かも変わらない。両者は軽く拳をぶつけ合うと、互いに不敵な笑みを浮かべた。

「ハッ、面白ぇ。笑えるから言って見ろよ、ビル。気に入ったら使ってやるぜ」
「ブラックラグーン、ブラックバード、ブラックグラード……後はそうだな」
「オーケェ、もうその口を閉じやがれ。謹んで辞退するぜ、恥ずかしくて名乗れたもんじゃねえ」
「まあ、通り名なんて自分から名乗るもんじゃねぇしな。それよかフェイ、こいつはどうだ?」

 フェイをテーブルの向かいへと招いて。ビルドラプターはクラインポケットから一丁の長銃を取り出し、それを一度構えて見せる。カウンターの奥から女将が軽く睨むと、慌てて彼は銃を降ろしてフェイに渡した。それは手入れの行き届いた、パープルフォトンのブラスター。良く見る量販品だが、触媒である合成石も磨き上げられているらしく。フェイにとって御馴染みの、ビルドラプターの愛銃は撃つまでもなく威力の程が知れた。

「500の距離までなら、俺はコイツで狙った的は外さねぇ」
「ならオレは700、いや800はいけるぜ。しかし随分使い込んだな、ビル。いい銃だ」
「だろう?フェイならまあ、頑張れば600までは俺が保障する。いいから黙って持ってけよ」
「ビル、しかしこいつは……」

 意外な言葉にフェイは、見慣れ見飽きた顔を直視した。厳つい強面が黙って頷き、そのツインアイに灯された光が細く瞬く。ビルドラプターは「勘違いするなよ、貸すだけだ」と言いながら、照れ笑いを浮かべているようだった。しかし流石のフェイでも、旧知の仲から商売道具を取り上げるのは躊躇われたが。二人に割って入る男が、その背を微かに……確かに後押しした。

「俺のは返さなくても構わんぞ、フェイ。火力の高さは承知だが……正直、俺は好かん」

 フェイとビルドラプター、二人が囲むテーブルに雌雄一対の銃がガチャリと置かれる。その持ち主であるジンクはしかし、口ではそう言いながらもこのマシンガンを愛用していた。それは以前、VR空間で自分へ向けられたのをフェイは覚えていたから。口では銃より剣だと言うハンターは多いし、ジンクもその類の人間だったが……それでも、必要最低限の銃器は取り揃える。限界まで触媒を磨かれたそれは、彼がプロたる所以。
 鍛え抜かれたヒューキャストの、練り上げられた氣に合一したフォトンの礫。それは時として、総合的に高い攻撃力を弾き出す事がままある。どんな剣にも勝るとさえ言う者も居る程……無論、当ればだが。元より命中精度の低いマシンガンを、キャストの中でも比較的精密攻撃の不得意なヒューキャストが扱うのだ。その命中率は悲惨な物だったが。その弱点をカバーするべく、ジンクのマシンガンはグリーンフォトンながらも特別製。

「旦那、申し出は嬉しいがよ。こいつは並みのマシンガンじゃねぇ。はいどうも、という訳には」
「手数が勝負の武器だ、精度の高い銃を選ぶにこした事は無い。俺は特に、無くても困らん」

 そう言ってジンクは、自慢のダガーやパルチザンを出しては構え……やはり女将に睨まれ、そそくさとそれを仕舞う。武器や防具の交換や譲渡は構わないが、山猫亭での武器の使用は御法度だから。バツが悪そうにテーブルに腰掛けるジンクに、フェイは苦笑しつつ。厚意に甘えてマシンガンを頂戴する事にした。

「じゃあ、こいつも借りとくぜ。ケリがついたらノシ付けて返してやらあ……しっかしなあ」
「存外、俺等も御人好と思うか?フェイ、俺等にはこれ位しかしてやれない」
「まさかあの先代ブラックウィドウが、ティアン=ノースロップが……今でも信じられないぜ」

 ブラックウィドウ……その名は一時、歴史の表舞台から姿を消す。勇名を轟き知らしめた者は既に亡く、その名を継いだ者もまた返上してしまったから。だが、まだ現実にフェイは闘っていた。ただのフェイとして。ならば旧知の仲である彼等は、微力ながら支えたいと思った。既に全盛期を過ぎた、旧式のキャストとして出来る事は少なく。何よりハンターズに多対一の戦いは無いから。友が今、全てを賭けて青き死神に挑むというのなら。彼等達もまた、持てるチップを迷い無く全て賭ける。

「ババァは死んだ、くたばっちまった……けどよ、オレん中で生きてんだ。オレ自身になってよ」

 胸に手を当て俯いて。亡き恩師へと想いを馳せたのも束の間、フェイは面を上げてはにかんだ。それはおおよそ彼女らしくない、心からの素直な笑顔で。ジンクとビルドラプターは、古い仲間の始めてみせる表情に、互いに顔を見合わせて笑った。

「こいつは驚いたぜ、見たかジンク?俺等の目はある意味、節穴だな」
「全くだ……とんだ御転婆のじゃじゃ馬だとばかり思ってたが。これはなかなか」
「?……ヘイ、何だよ二人とも。ロートルが揃って気持ち悪いじゃねえか」

 フェイに小突かれても、二人の笑みが止む事は無い。表情を象る機能が無い強面が、揃って笑っていた。その意味に気付いて頬が火照り、急に恥ずかしくなったフェイ。彼女が慌てて二人を止めようと椅子を蹴った瞬間……突然、三人は多くのハンターズに囲まれた。三人は、と言うよりはフェイが。

「フェイ姐さん、これ使って下さい!アイツ等を……レフトハンターズをやっつけて下さいよ!」
「俺っ、いつか装備出来ると思ってたけど。今がその時だと思うんです。だから使って下さい」
「名無しになっちゃあ、可愛そうだからよ。いいから黙って俺様の超レア武器を貰っとけや」
「アタシのトランクルームを圧迫しちゃってね……邪魔だしこのグラインダー、引き取って下さる?」
「正直、俺等じゃ連中に刃が立たない。でも、フェイ姐さんなら!俺等の想い、この銃に託します」

 皆が皆、真っ当なギルドのハンターズだった。皆が皆、不当な社会の批判に耐えていた。ともすれば自分達は違うと食って掛かり、自らが否定する者達と同列に落ちそうになりながらも。剣聖ヨォン=グレイオンの自重を促す言葉に従って。只管にただ、耐え忍んで日々を細々と暮らしていたから。そんな彼等彼女等にとって、真正面から勝負に挑むフェイは一縷の望み。唯一の希望だった。
 誰もが皆、自分が挑めたらと思う。しかし恐ろしい……ごく普通のハンターズにとって、このパイオニア2の混乱を影で操る者達、レフトハンターズは恐ろしく強大だった。その首魁、ブラウレーベン・フォン・グライアスに至ってはもう、別次元の実力差で。正しく人を超え獣をも超えた、修羅道を邁進する現人鬼。それでも自分に出来る事をせずにはいられない。市民との共存を望み、法を守って市民の手と為り足と為って、その悩みを解決し続けてきたハンターズだから。

「随分人気があるじゃないか、ブラックウィドウ?いやさ、フェイ……大したもんさね」

 ハンターズ達の中心でフェイは、不意に自分を呼ぶ声に振り返った。そこには小柄なニューマンの女性が、カウンターに腰掛け女将を呼ぶ姿。何故、その人物がこの場に現れたのか……フェイには全て解っていたが。未だにその意味に対する、明確な答を持てぬまま。彼女は黙って仲間達の思いを、その意思を体現するアイテム群を受け取ると。大勢の視線に見守られて歩み寄る。ディバインアームマイスター、リム=フロウウェンの隣へと。

「こないだあの娘が、ラグナが家に来たよ」
「そりゃまた何故?アイツにゃアイツの剣がある、どんな名刀だってあれに比べりゃ……」
「グライアスの居場所を探してるのさ。あんなにボロボロになって、それでも復讐を果す積もりさね」
「ラグナの奴が復讐?オレに義理立てしてんのか、らしくねえ」

 フェイの勘違いにリムは、静かに首を横に振った。ラグナの復讐は、件の事件が起きる前より延々と彼女自身を苛んで来た因縁。ティアンの死はそれを加速させたに過ぎない。何よりフェイは、フェイの仲間達はラグナの真実を知らされて居なかった。今はただ無心に剣を振るうエディンも、責任ある者として強権を振るうサクヤも。

「フェイ、お前さんは以前言ったね。レフトハンターズは許せない、って」
「ああ、嫌いだね。金の為なら何でもやる、道を踏み外しちまった悲しい連中さ」
「ラグナはレフトハンターズだよ。ギルドに照会してみるといい……あの娘の名は見つからないさね」

 頭を鈍器で殴られたような衝撃がフェイを襲った。にわかに周囲が慌しくなり、その中の何人かは携帯端末を慌しくまさぐる。プソネットに接続し、ハンターズギルドの公式サイトから所属名簿を引っ張り出して……その後、誰もが言葉を失った。
 思えばラグナは、マグを持っていなかった。振り返れば、その正体のヒントは最初から提示されていたのだ。彼女はそれを隠しもせず、ただ何も言わずに……黙ってフェイ達に着いて来た。報酬が良いから?それもあるだろう……フェイと同様、ラグナもまた高額な報酬のクエストを好んだから。効率が良いから?それは当然……抜群の運動能力を誇るラグナにとって、同じレベルで動けるレンジャーやフォースと組む事は、自分の能力を二倍にも三倍にも増幅させる。

「もしやと思ったけど、やっぱりギルドに登録はしてないか。まあ、当然さね」
「どうしてだ、何故っ!そりゃ、昔はそうだったかもしれねえ、でもよ、ラグナは」
「ギルドのハンターズが人を殺せるかい?あの娘はグライアスを殺す気さね……刺し違えても」
「何があった!?知ってるな、リム=フロウウェン!教えやがれ、でないと」

 思わず立ち上がるフェイを宥めながら、女将はリムにグラスを渡す。今、その正体が全員に知れ渡った人物しか普段注文しない、彼女専用と言っても過言では無い一杯。それをリムは一口飲んで、僅かに顔を顰めながら。フェイの質問に静かに答えた。

「ラグナもまた、グライアスに大切な人を奪われた。お前と一緒さね、フェイ」

 自分が憎悪に身を焦がして復讐を誓い、その悪しき連鎖の縛より解き放たれる以前から。ずっと前から、ラグナは心に決めていた。誰にも言わず秘めていた。揺るがない殺意を、ただそれだけを。黙して語らぬ幼い彼女の、無表情の裏に潜む怨嗟……それが今、フェイには手に取る様に理解出来た。自分もまた、それに囚われ沈みそうになったから。

「クソッ、エディンの野郎。肝心な事をオレに言い忘れてやがったな……後でしばいてやる」
「フェイ、どうするんだい?あの娘を……あの娘の復讐を止められるかい?」
「決まってらあ、止めてやるぜ。どんな理由があったってな、復讐は何も生みゃしねえよ」
「だが、復讐はあの娘の全てだ!フェイ、あの娘には復讐しか無いんだよ」

 それは違うと大声で。フェイは全身全霊でリムの言葉を否定した。ラグナ自身は己を憎悪の炎に投げ入れ、燃え尽きるまで復讐を追うだけの生き方を望むかもしれない。それでも、そんな彼女を家族と慕って待つ者達がこの艦に居る。彼女を仲間と信じる自分が居る。ただそれに気付かず、過去だけを見ているだけ……ならば、その俯き涙に濡れた顔を未来に向けてやればいい。

「オレの知ってるラグナは腕の立つガキだ。仏頂面で無愛想な、可愛げの無ぇ……ただの仲間だ」

 それが例え、常日頃から忌み嫌っていたレフトハンターズでも。自分と同じ敵を、自分よりも遥か昔から追い続けていても。今のフェイにとって、ラグナは仲間以上でも仲間以下でも無く。仲間以外の何者でも無かった。きっとそれは、今この場に居ない他の仲間達もそう言い、この場で自分を見守る多くの者達が認めてくれるから。

「……言えた義理じゃないし、あたしの興味はコイツだけだが。悪いが託させて貰うよ、フェイ」

 そう言って、微妙な色の炭酸飲料を飲み干すと。勘定と一緒に真紅の拳銃をカウンターに置き、リムは席を立った。確かに言えた義理でも無く、言わせる道理もありはしないが。フェイは決意も新たに、一度は拒んだ究極の一丁を手にする。その銃身は燃えるような真紅で、彼女の手に恐ろしい程に馴染んだ。この世に二つとない特別な銃……それはしかしフェイにとって、多くの仲間が支えてくれる、その力の一つに過ぎなかったが。

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