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 僅か一年に満たぬとは言え、住み慣れたねぐらにはそれなりの愛着を感じる。それは程度の差こそあれ、ごく一般的な人間の感情。それを感覚では無く知覚で確認する自分は、その"ごく一般的な人間"では無いのだと、ストラトゥースは決め付けていた。
 旗艦パイオニア2――船団の首都たる大都市船の地下深く。新天地を夢見て眠る街に魔は巣食う。
 偽りの太陽に背を向け、閉鎖社会の細やかな法に目を瞑り耳を塞ぐ者達。ストラトゥースもまたその一人であり、実際彼女にとってこの空間は都合が良かった。迷宮と言っても過言では無い地下構造体へは、小煩い移民局の執行官達も追い駆けては来ない。

「片付けてみると存外、大して荷物も無いものですわね」

 元より殺風景だった彼女の部屋は、今はもう初めて足を踏み入れた時と同様のがらんどうで。充電と休眠に使用する盗品のケイジと、これもまたどこからか無断で拝借してきた作業台が残るのみ。それ等も持ち出せれば、それにこした事は無いのだが。残念ながらどちらも、ストラトゥースのクラインポケットには入りそうもない。
 溜息を吐きつつ未練を振り切り、ストラトゥースは擦り切れたボロ布を身に纏う。

「へーっ、姐さんとこも片付いちまいましたね。どこか行く当てはあるんですかい?」
「さて、どうかしらね。とりあえず電源さえあれば、これといって不自由はしないのだけども」

 挨拶に訪れた男は、このブロックのご近所さん……つい先程までは。一足早く引き払うらしく、彼の手にはクラインポケットに収まらぬ私物を詰めた鞄が握られていた。その背後からは、同じく今発つらしい一団が顔を出す。
 それは見る者が見れば、奇異な光景に映っただろう。居並ぶ者達は皆、厳つい強面の筋骨隆々たる男達で。それが揃いも揃って、華奢で小柄なアンドロイドの少女に恐縮している。しかしそれも事情を知れば何も不思議では無い……彼等は皆、己の腕一本で暗殺から誘拐、強盗まで金次第で何でも依頼を受ける、無法者のレフトハンターズだから。
 レフトハンターズの間にある価値観は唯一つ――強いか、弱いか。男達は皆、腕に覚えのある古参の強者揃いだったが。その誰よりも、ストラトゥースが強い。今、この場では。

「私より自分の心配でもしたらいかが? イキモノは何かと不便じゃなくて?」
「はぁ……俺等は継続組みなんで。適当な企業に、用心棒にでも転がり込みまさぁ」
「あらそう、上手くやる事ね。で……足抜け組はどれ位かしら?」
「二割強、ってとこですかね? こんな夜です、地面とお天道様が恋しくもなるってもんで」

 二割強、これはストラトゥースにとって意外な数字だった。今日と言う記念すべき日を境に、真っ当なカタギになる……或いは、稼いだ貯蓄で隠居生活に入る。そんな退屈な夢を見ている人間は、彼女が思っていたよりもずっと少なかった。

「要するに馬鹿ばっか、って事ですわね。ろくな死に方しなくてよ?お互い、ネ」
「違ぇねえ! 何せほら、あれだ――俺等、無宿無頼の無法者で通ってますよって」
「そうそう、ギルドに登録するのも今更だしよ。それに表の仕事ときたら、退屈過ぎて欠伸が出らぁ」

 社会不適合者、最底辺のクズ野郎、ヤクザ、ゴロツキ、チンピラ、ロクデナシ……彼等彼女等を表す際、いわゆる善良な市民達の語彙は豊富になる。比喩は多彩に、形容詞はことさらくどく。そしてそれは全て的を得ており、概ね正しい。
 同時に、そういった人間は厳しい管理社会である筈のこのパイオニア2で、不思議と一部の人間達に望まれていた。無論、本人達が一番自分を望んでいるが。

「グライアス卿は? もうお引越しの算段はついたのかしらん?」
「それが、さっぱり……まるで動く気が無いみたいで。今後はどうすんですかね」
「何か今、接客中みたいだったな。お嬢が締め出されたんで、御機嫌ナナメでよ」

 何者も恐れぬレフトハンターズの荒くれ達が、唯一恐れるは絶対的な力。首魁たるブラウレーベン・フォン・グライアスはしかし、今日と言う日が暮れてしまっても、一行に動く気配を見せなかった。この場所の本来の用途を考えれば、明日にも居られなくなるかもしれないというのに。

「俺等にゃ、あの旦那の事はさっぱり解らねぇからな」
「でもま、付いてきゃ喰いっぱぐれ無ぇしよ? それに、グライアス卿の側なら思う存分暴れられる」
「って訳で、新しい吹き溜まりが見つかれば自然と、集う奴は集うでしょうよ」

 男達は皆、互いに顔を見合わせて。俺はそうだと不敵に笑い合った。
 決して他者と馴れ合わず、同業者でも出し抜き踏み台にして生きるのがレフトハンターズではあるが。ギルドのハンターズ以上に厳しい実力主義は、そこで鎬を削る者達に奇妙な連帯感を与えていた。自分には全く無いと言えば、それは嘘だとストラトゥースも感じる。

「ま、せいぜい頑張る事ね。それと、私の前に立ち塞がらない事……良くて?」
「そりゃもう、俺等はキャストじゃない事をこれ程に感謝した事ぁ無いぜ? 姐さん」
「……前から言おうと思ってましたわ。その、姐さんっての……止めて下さいます?」
「いーじゃないスか、グライアス卿を除けば姐さんが一番な訳だし」

 この場の男達は皆、強い。もしギルドで真っ当に働いていれば、今頃通り名の一つや二つ位は名乗れたかもしれない。軍で上手く出世すれば英雄も夢では無い。だがしかし、誰もがそうはならなかった。
 金、女、力……欲しい物を最短距離で、確実に手に入れなければ気が済まない。そんな連中だった。男達のおかしさにストラトゥースが笑みを零せば、その身が不自然に鳴った。

「あっ、ああ、姐さんっ! まだ居てくれてますか!? 忙しいとこスンマセンッ!」

 不意に若いレイマーが、男達とストラトゥースの間に転がり込んで来た。血相を変えたその表情に、瞬時に居並ぶ面々は緊張感を漲らせる。

「何かド偉ぇガキが暴れてんです! どっから嗅ぎつけたか、一人で殴り込んで来て……」

 慌てる少年とは裏腹に、男達は失笑した。既に大半が移動してしまったとは言え、ここは泣く子も黙るレフトハンターズの根城である。それが、たかが一人の無謀な愚か者が迷い込んで来ただけで、何をうろたえる事があるだろうか?
 俺が俺がと、クラインポケットの奥に荷造りした武器を取り出す男達。しかしストラトゥースは、居並ぶ連中を手で制して。予定通り移動するよう伝えると、キュインと軽快な音を立てて部屋を出た。

「あら、私が一番なんじゃなくて? グライアス卿を除けば……早くお行きなさいな」
「あーあー、女子供に……つーか女で子供な姐さんに、後詰やらせちゃったよ」
「どうしようもないクズだな、俺等。ホント、マジでいっぺん死んだ方がいいぜ」
「違ぇ無ぇ! しゃーない、言われた通りさっさとずらかるとしようぜ……夜が明けちまう」

 口々に一時の別れを告げる男達に、ストラトゥースは言葉を返す事無く。振り向く素振りすら見せずに、突然の闖入者を求めて足早に歩く。彼女には心当たりが有った……即ち、リム=フロウウェンが口を割ったのだ。
 それ自体はいい、想定の範囲内だ。ただ、腑に落ちない事が一つ。あのグライアス卿が手掛けた作品にしては、余りにもお粗末――勝目の無い戦いに、玉砕覚悟で飛び込んでくるなどは。

「だから失敗作なんじゃなくて? そう、あれと違って――」

 自分の中に渦巻く疑問を、声に出して自答しながら。苛立ち見守る翠緑色の髪の少女に並ぶと、ストラトゥースは乱闘の現場を見下ろした。
 そこは、ラグオル開発用の資材や建築物が並ぶ空間の中央に空いた、ちょっとした広場で。いつ来ても、誰かが誰かと語り、情報を交換して、酒を飲みながら。時には喧嘩をしていたり、行き過ぎた諍いで死人や怪我人を出していたが。今は、ただ一人の少女が多数を相手に孤軍奮闘していた。

「ああ、もうっ! どうしてちゃんと出来ないの!? たった一人を相手にっ!」

 傍らのクェスはもどかしげに、ともすれば飛び出しそうになる自分を抑えながら。その忍耐も時間の問題だと、無言でストラトゥースに告げていた。その眼に、姉妹にも等しいニューマンの少女はどう映るだろうか? それはしかし、考えても詮無き事で。黙って腕組み、ストラトゥースも戦いを鋭い視線で見詰めた。
 確か、その少女はリムにはラグナと呼ばれていた。そう思い出して、一度口に出してみて。自分を振り向くクェスに、あれの名前だとストラトゥースは指差した。そのしなやかな細い指の先では、雷光が走り爆炎が舞う中……一人のハニュエールが縦横無尽に多勢を翻弄していた。

「……流石はグライアス卿の作品ってとこかしらん? 敵ながら天晴れですわネ」
「何よっ、あれ位――アタシだったら、もっと簡単に殺れるもん!」

 それは恐らく事実だろう。殺す事は容易い……しかしラグナは今、数を頼りに押し寄せる敵を前に、どうやら手加減しているようだった。テクニックを織り交ぜ、巧みに相手を戦闘不能へと追いやってゆく。その動きは見る者が見れば、万全の体調ではない事は明らかだが。無言無表情ながら鬼気迫る勢いの少女に、誰もが怯み気圧され浮き足立っていた。
 終いには背を向け、逃げ出す者も出る始末。

「じょっ、冗談じゃねぇ! お、俺はもう足を洗うって……今夜を境に、カタギになるって!」
「わ、私もよ! 溜めたお金でお店を開くの。こんな馬鹿騒ぎ、付き合ってられないわっ!」
「俺はお前等とは違うっ! クズみたいなお前等とは……俺にはもう、家族が出来たんだ!」

 四方へ散り散りに、誰からともなく逃げ出すレフトハンターズ。ラグナは逃げる者は追わなかった。その気も無いのだろうが、現実的には追う余裕も与えられなかったから。
 今夜を境に、渡世を終える……レフトハンターズを止めると言い出した者、その数僅かに二割強。つまりそれが答なのだ。レフトハンターズとは概ね、どうしようもない人間なのである。それは良く解っていたし、誰よりも自分がそうだと自覚があるから。ストラトゥースは迷わずクラインポケットからデモリションコメットを取り出すと。自分に続こうとするクェスを睨んで引き留めた。

「アタシが出来損ないは始末するの! だってマスター、あれはもういらないって……」
「ハイハイ、大人しく黙って見てるのネ……ああいう手合いは、数で押しても不毛でしてよ?」

 そう言い放つと同時に、ストラトゥースは戦いの場に身を躍らせる。高揚する戦意に応えるかのように、その華奢な身は不気味な唸りと共に震え出した。デタラメなチューニングで無理矢理取り付けられた補機が悲鳴を上げて、不安定なフォトンリアクターから大出力を引きずり出す。

「お下がりなさい! 普通の生活に戻るも良し、次なる闇に集うも良し……ここは引き受けましてよ?」

 ストラトゥースの声に振り返る大半が、その言葉の意味を理解しながら。ラグナへと殺到する事を止めない。そうして僅かに相手の体力と気力を削ぎながら、次々と吹き飛ばされてゆく。それもまた、レフトハンターズらしさだと思えば、ストラトゥースは苦笑を零した。
 自然と、広場の中央にスペースが出来て。遠巻きに周囲が見守る中、ラグナとストラトゥースは対峙した。耳障りな稼動音を響かせるストラトゥースの、その身が金切り声を上げて翻れば。手負いであれだけの戦闘にも関わらず、一糸乱れぬ呼吸でラグナが迎え討つ。粒子の刃が激しくぶつかり合い、薄暗がりに星々を瞬かせた。

「殺す気でいらっしゃいな。さもなくば、即座に貴女……ぶちまけますわよ?」

 ストラトゥースが殺気を解放すると同時に、その無軌道な動きが加速する。ビリビリと震える四肢は、完全に出力にパワー負けしているが……それを我が身とするストラトゥース自身は、その不規則で不安定な挙動を完全に手の内にしていた。
 彼女はそのまま普段通りに、未だ躊躇いを見せるラグナを強襲する。それは、とある男の造り上げた芸術作品を、徐々に覚醒へと誘った。

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